遺されたものたち | ナノ


▼ むかしの話

死にたい、と思ったことは多分ないよ。
どうして死ねなかったのだろうと呪うことはあっても。

「リンは、死にたがってるのか?」

遊真にそう言われて何も言えなくなってしまう。そう問われたのは本当に久し振りだったから。どうして見抜かれてしまったのだろう。
そんなにボロを出した?私、うまく出来てなかった?

「し、」

声が引き攣る。遊真にはウソが通じない。それはさっき彼自身が教えてくれた。なら、その誠意に見合うように私もウソをつくことは出来ない。

「死にたいとは思ってない」

これが本音。私は別に死にたいとは思ってない。

「でも生きたいとも思ってないだろ」

まるで最初から答えは分かっていたと言わんばかりに遊真は核心を突いてくる。それは数年前の、そう。まだ私がボーダー隊員でもなんでもなかった時の病室での出来事を思い起こさせた。




「単刀直入に言うとね、おまえはこのままだと死んでしまうよ」

事故から奇跡的に回復した私にそう告げたのはあの時はまだ初対面であった迅だ。体力もだいぶ回復して、面会が許された初日にこれはなかなかにインパクトがあった。

「えっと…この傷で?」
「いや、今回の傷は完治する。でもおまえはこの先同じことを繰り返す。断言してもいい」

おれにはおまえの未来が見えるんだ、なんて怪しすぎる言葉を迅は続けた。正直言って半信半疑だったけれど確かに私は同じことを繰り返すとも思った。車に轢かれた怖さは覚えているけれど見過ごす恐さに比べれば可愛いものだから。そう考えてる時点で私の未来は「無い」らしい。

「…おまえのこと、悪いけど調べさせてもらった。あんな事件にあったら死にたいと思うのも無理はない」
「…!べつに、死にたいとは…」
「でも、生きたいとも思ってないんでしょ?」

迅もこなみも悲しそうな顔をしていた。まるで自分達のせいだと言わんばかりの。どうして二人がそんな顔をするのか全然分からなくて、ただただ困惑したのを覚えてる。

「あんた、ボーダーに入りなさいよ。車に轢かれるならせめて換装してから轢かれなさいよ!」
「ボーダー?かんそう…?」
「ボーダーに入れば車に轢かれた程度じゃ傷付かない体が手に入るし何より」

迅は確信を持った目をしていた。多分私の選ぶ未来が見えていたのだろう。

「怪物からみんなを守れるよ」

だから生きてみないか?
迅はそう言って手を差し伸べてきたんだ。




「リン?」

遊真の声にハッ、と我に帰る。
遊真の導き出した答えがあの日の迅と重なって少しぼうっとしてしまった。迅やこなみはあの事件のことを知っていたから私が生きることを望んでいないことに気付けたのは分かる。だけど遊真はどうして気付いたのだろう。もしかして二人のどちらかに聞いたのだろうか。

「…なんでそう思うの?」
「だっておれも同じだから」

私の想像とは全く違った答えを言い放った遊真。あまりの衝撃に私は自分のことなんてどうでもよくなり慌てて立ち上がり遊真に詰め寄った。

「え!?な、なに言ってるの遊真!ダメだよ!?」
「むっ。自分だって同じくせにおれにはダメって言うのか?リンは」
「う、うぅ…!」

あまりの正論にぐうの音も出ないとはこのことだろうか。確かに私は生きることに執着はなかった。死にたいとは思っていない。これは本心で、でも今日死のうと未練もなかった。
でも、遊真はダメだ。近界で戦争続きの毎日を送ってきて、やっとこっちの世界で穏やかに過ごせているというのに。それこそ修や千佳ちゃん、こなみとあんなにも毎日楽しそうに笑っているのにどうして私と同じ考えに至るのだろうか。

「ど、どうして…?」
「迅さんからおれの昔の話聞いてない?」
「むかし?ううん、聞いてないよ…?」
「そっか。じゃあ手当てしながら話すな」

はい座って、と促され遊真と向かい合うように座る。腕の傷と頬の傷を手当てしながら遊真は淡々と自分の過去を話してくれた。傭兵としてレプリカとお父さんと三人で色んな地を転々としていたこと。大きな戦争に参加していたこと。そして…致命傷を負いそんな遊真を助けるためにお父さんが黒トリガーになったこと。
目の前にいる遊真は生身でなくトリオン体で、本物は黒トリガーの指輪の中にいるらしい。遊真はお父さんに命を返したくてこの国まで足を運び、そしてそれが無理だと悟り途方に暮れたところを修に誘われて今に至るという。

「だから分かるんだ。おれも生きたいとは思ってなかったし、なんなら死ぬためにこの国に来たからな」

予定が狂っちゃったけど。と遊真はいつものように戯けた様子で言う。そんな遊真を直視出来ずにぽつぽつと涙が溢れた。私が泣いても仕方がないどころか遊真を困らせるだけだと分かっていたのに、どうしても我慢が出来なかった。

「遊真……」
「…つまらん話だったろ。すまん」
「ううん、話してくれてありがとう。……ありがとう、遊真」

手当てをされた腕で遊真を思い切り抱き締めると遊真は「うおっ」と少し驚いたように声を上げた。この小さな体は父親を亡くした時から成長をしていない。遊真はまだ、こんなに小さかった時に目の前で父親を亡くしてしまったんだ。
どれだけ悲しかっただろう。どれだけ悔しかっただろう。それでも遊真は折れることなく戦い続けて、そしてこの国までやってきた。父親を生き返したい。ただその思いを胸に。

「でも、やっぱり私は遊真に生きてほしい。沢山辛い思いをしたならその分幸せになってほしい。生きたいって、思っていいんだよ遊真」

遊真の本物の体がどうなっているのかは分からないけれど生きるのを諦めるのは早すぎるし酷すぎる。今まで父親を生き返すために奮闘したのなら次は自分が生きれるように奮闘してほしい。そのためなら私だって何でも手伝うから。

「……ほら、やっぱり一緒なんだ。リン」

抱き締めていた私から離れて、遊真はそう呟いた。

「おれもリンに生きてほしいって思ってる。楽しそうに笑ってるリンを見るだけで満足なんだ。…なあリン」

言いたくなかったら言わなくていい。
遊真はどこまでも優しかった。

「どうして、生きたいと思えなくなったんだ?」


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