▼ 否定してほしい
こなみ先輩からリンのことを聞いて以来、リン は変な素振り──それこそ自分の命を軽視したような行動を見せてこなかったし死にたがってるような素振りも全くと言っていいほど見せなかった。
もしかしてこなみ先輩の気にしすぎ、もしくは勘違いじゃないだろうか?と疑うほどにリンはいつも笑顔で楽しそうに過ごしていたから。おれもこなみ先輩の考えすぎならいいなと思うようになっていた。
「あっ」
だからリンがおれの姿を見るなりすぐにそれを隠したのを見て、少なからずショックを受けた。隠されたことに対してではなく、勘違いでなかったことに。
「リン、なにその傷」
「え、えーっと…」
あはは、とリンは困ったように笑う。だけど誤魔化せるはずがなかった。隠した腕には切り傷のようなものが見えたし頬が腫れてるようにも見える。答える気がなさそうなリンの側に近付いて腫れてる頬に少しだけ触れるとリンは痛そうに眉を寄せた。
「誰にやられたんだ?」
「こ、転んだだけ!気にしないで、ね?」
リンの口元から黒い煙が見えた。おれのサイドエフェクトが反応した証拠だ。リンは普段はウソをつくことはなかった。それこそ最初のように笑って誤魔化して逃げることはあっても明確にウソを吐いたのはこれが初めてだった。
「リン、おれにウソは通用しないよ」
「え?」
「おれ、そういうサイドエフェクトを持ってるから」
おれの言葉にリンが驚いたように目を丸くする。そして気まずそうに目を逸らした後、観念したように小さく息を吐いた。
「…ごめん、知らなかったとはいえ嫌な気分にさせちゃったね」
「いいよ。おれに心配かけないためにウソついんたんだろ?」
「うん…」
「でも、その傷は見過ごせん。誰にやられたんだリン」
真っ直ぐと目を見て言えばリンは諦めたのか素直に話してくれた。学校の帰り道に不良に絡まれていた少年を助ける際に殴られ、持っていたナイフで切り付けられたとのこと。人数が多かったからこれでも最低限の怪我で済ませたよ、と弁明しているけれどそう言う問題じゃない。
「おれが川に落ちた時も思ったけど、リンは自分を蔑ろにしすぎだ。人のために動けるのはリンの良いところだと思うけれど、まずは自分の安全を第一に考えなきゃだろ」
それは戦闘でも同じことが言える。まず自分の安全を確保してからやっと他人に意識を向けるのが普通なんだ。けれどリンは最初から人にしか意識が向いていない。危なっかしくて仕方がない。
「…あはは、ごめん…」
あ、誤魔化してる。黒いモヤは見えないものの笑って逃げようとしてるのは付き合いの短いおれにでも分かる。なるほど。こなみ先輩はずっとこうやって心配をかけられてきたのか。
「リンは……」
少しだけ、悩んだ。
どう言えば分かってもらえるのかと考えたけど、多分どう言っても分かってもらえない気がした。だったらどうしてそう考えてしまうのかおれが分かりたかった。何より、いつも明るい斎藤リンという少女が何をそんなに抱えているのか知りたいと思ってしまった。
「……死にたがってるのか?」
ずっと疑問に思っていた言葉を濁すこともせずそのまま口にするとリンの顔から血の気が引くのが分かった。
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