触れてほしくないこと
「うん。割と良い感じかも」
そんな独り言がつい漏れてしまう。さっきまで冬島さんに次に転向しようと思っている特殊工作兵…所謂トラッパーというやつについて指導をしてもらったけれどこれは思いの外楽しそうだ。何より実戦に使ってる人も少ないし気が急くこともなさそうだし!…まあ今から冬島さん以上の特殊工作兵になれる気はしないけれど。
(色々出来るようになったらチームでも練習しなきゃな)
うちのチームメイトは大変優秀だし戦闘に関しては勘も覚えもいいからなんの心配もないだろう。唯我くんはちょっと心配だけど。
それにしてもやりたいことをやろうとするほど特殊工作兵はトリオン消費が凄まじいことになるし基本バックワームを身につけることになるから射手の時よりもトリオン消費が多そうだ。今までトリオン切れってのは体験したことないけど本番前に一度体験しておくのもありかもなぁ…
そんなことを考えながら自販機でジュースを買って近くのベンチへと腰を下ろす。ふぅ、と一息ついて冬島さんに言われたことを頭の中でもう一度整理しようとすると──
「あ、リン」
「ん?」
誰かに名前を呼ばれた。下げてた顔を上げるとそこには。
「空閑くん」
「奇遇ですな」
空閑くんも休憩中なのか自販機でジュースを買って何も言わずに私の隣へと腰を下ろす。おお、意外と距離感の近い子なんだな空閑くんは。
「空閑くんはまたランク戦?」
「うむ。今日はいい調子でした」
「へぇー空閑くんは強いからすぐにマスタークラスに上がれそうだね」
この前の時点でも普通にA級の人のような強さも凄みも感じたし空閑くんは近いうちにボーダーのエースになりそうな気がする…っていうかもうなってるのかも?
私の言葉に空閑くんはなんだか微妙な表情を浮かべた。
「? どうしたの?」
「リンは射手から他に転向するのか?」
「えっ」
なんでそのことを知っているのだろう。まだ冬島さん以外にはちゃんと話してないのに。
…なんて言おう。お世話になってる冬島さんはともかく、流石にチームメイト以外に先に伝えるのはなしだろう。
「今のところはない、かな」
「…ふーん。リンってつまんないウソつくんだな」
空閑くんの言葉にぎくりとして言葉を飲んでしまう。もしかしたらよく転向する私の噂を聞いた当てずっぽうかもしれないし誤魔化しようはあったのかもしれないけど、空閑くんの目には確信の色が宿ってる気がする…
「まあ別にいいけど。でもリンって攻撃手でも強かったし射手でも強いんだろ?なんでそんなにころころ変えるんだ?」
深く追求されなかったことにほっと息をつく暇すら与えずに空閑くんが質問を投げかけてくる。…しかも聞かれたくないことばかり。
「えっと…うちの隊は太刀川さんも出水くんも強いから」
「ふぅん。つまりリンはいちばんでいたいってことか」
「ちがっ……!」
空閑くんの言葉に反射的に否定をしようとするとまた確信を持った目で空閑くんが私を見てくる。なんで、なんでそんなこと言うの?
「リン、おまえウソつきなのか?」
「………」
ちがう。ちがうよ、そんなんじゃない。
ウソじゃない。だって太刀川さんは本当に強いし出水くんは本当に凄いんだよ。だからいちばんになりたいなんて思ってない。なれるわけがないって解ってるのに思うわけがない!
「………空閑くんの」
「ん?」
「空閑くんのばか!意地悪!デリカシーなし!」
子供のような八つ当たりをして私は空閑くんを残してその場を後にしてしまった。だってだって、今まで誰もそんなこと言わなかったのに。気付かれないように上手くやってたのに。「リンは自分の仕事をよく解ってる」って。そう思われるように振る舞ってきたのに空閑くんはそんなの無視して勝手に踏み込んできて!
自分の心を丸裸にされたような不快感は真実を口にしただけの何も悪くない空閑くんに当たり散らして逃げるという最悪の気分で塗り潰されつつあった。
「……怒るじゃん」
しゅん、怒らないって言ってなかったっけ?