いちばん | ナノ

君が笑う未来


「一緒に暮らし始めた!?」
「あ、はい。そんな感じです」

ラウンジで昼食を摂っている私の向かい側に座っている沢村さんの声が響く。
隊員としては戦うことが厳しくなった私は手術が決まってすぐに太刀川隊を抜けることとなった。柚宇ちゃんは「ほらぁやっぱりー!」とよく分からないことを言っていたけれど事情を説明したら皆納得して、そして心配をしてくれた今でも大好きな元チームメイト達だ。
ボーダーをやめるつもりはなかった私はオペレーターかエンジニアに転属することを考えていたけれど忍田さんの推薦で本部運営の一員としてその身を置くことになり、沢村さんとは歳は離れているもののとても仲良くさせてもらっている。そして本部を出ることを伝え、空閑くんと暮らし始めたことを報告してそんな風に叫ばれたのである。

「……確認したいんだけど。空閑くんとリンちゃんは付き合って…」
「付き合ってないですよ?」
「わからない…!若い子の考えることはわからない…!!」

沢村さんは大袈裟に頭を抱えていてちょっと面白いけれど私と空閑くんの関係は相変わらずで付き合うとかそういうものはない。なんというか一緒にいて当たり前のような存在になりつつある。

「多分、空閑くんは私のことをそういう風に見ることはないんじゃないかなって…」

第一そういう風に見られていたら一緒に暮らそうなんて軽々しく言えないんじゃないかな。よく分からないけど。一緒に暮らし始めてからもよく触ってくることはあるけれど空閑くん曰く人肌が恋しいらしい。確かに生身に戻るまではちゃんと人肌を感じられてなかったのなら仕方ないかなって。そう伝えると沢村さんはとても面白い顔をした。…というか、笑顔がこわい!?

「さ、沢村さん?」
「リンちゃん。貴女、頭は良いけれど情に流されやすいところがあるから注意しなきゃ駄目よ」
「えっ、それってどういう──わっ!」

突然衝撃と重みを受けて思わず声が出てしまう。ぎゅう、とこんな風に私に抱きついてくる人なんて彼しかいないだろう。確認をする前に弾んだ声で名前が呼ばれた。

「リン、なに食べてんの?」
「オムライスだよ。て、空閑くん重い」
「いいなーおれもリンの作ったやつが食べたい。さわむらさんもこんにちは」

私の向かい側に座る沢村さんにそのまま挨拶をする空閑くんに沢村さんは呆れたように笑って挨拶を返している。うーん、人前で抱きつくのはやめるように言ったほうがいいかも。

「遊真先輩、先行くよー」
「むっ、いかんいかん。しゅんとの約束があったんだった」
「今日は緑川くんと夜ご飯食べてくる?」
「いや、リンの作ったご飯がいいから帰るよ。メッセージ送るから一緒に帰ろうぜ」
「わかった」

私の返事に嬉しそうに頷いて空閑くんは走り去って行った。大型犬みたいだな、と思わず頬が緩んでしまう。そんな私達を見ていた沢村さんはどこか優しそうな顔で私を見つめている…というか視線が生暖かい気が…!?

「空閑くんは私のことをそういう風に見ることはないんじゃないかな、ねえ」
「はい?」
「いや、うん。それならこれからも面白いものが見れそうね」

沢村さんの言っている面白いものとやらが何なのかはよく分からなかったけれど上機嫌に笑う沢村さんにまあいいかな。と思って私は目の前のオムライスを平らげるのだった。


***


「そういえば今日、たちかわさんともランク戦をやったぞ。全然かなわんかった」
「おー!太刀川さん強いでしょ」

帰り道にそんな話をされて思わず嬉しくなってしまう。太刀川さんはそれこそ元チームメイトでお世話にもなったし、何より私が攻撃手を諦めた相手なのだから。空閑くんも強いけれど太刀川さんに届くにはまだまだかかりそうだ。そんな満足気な私をちょっと不満気に見てくる空閑くんの頭を少し乱暴に撫でた。

「拗ねないの。いいじゃん、目指す目標がいたほうが楽しいよ」
「勝てないのは別にいいけど…」

空閑くんは大体なんでも出来てしまうし強いのでそんな空閑くんを拗ねさせることの出来る太刀川さんは貴重な存在だろう。これからも色んな人の良き目標であってほしいな。

「そういえばリン、いちばんになりたいってやつはもうなくなったのか?」
「あ、うん。…実はね、空閑くんのおかげかも」
「おれ?」

私の言葉に空閑くんが足を止める。その顔を見てみるとちょっと驚いたような顔をしてて。私のことを救ってくれたなんて思ってもいなかったのかな。空閑くんより少しだけ前に歩いて向き直るように空閑くんへと体を向けて片目になってしまったけれど変わらずに綺麗なその目を真っ直ぐと見た。

「空閑くんのことを助けられて、私に出来る「いちばん」を目指せばいいんだって気付けたの。だから、ありがとう空閑くん」

きっと誰でもその人にしか出来ないことがある。多くの中のいちばんでいることは格好良くて憧れも抱くけれど私はそうじゃなくていい。これからも私に出来る「いちばん」を精一杯頑張ろう。うまくいった時の嬉しさは何にも変えられないって身をもって知ったのだから。

「……そっか」

空閑くんが優しく微笑む。髪の色も身長も変わって見る人が見たら別人にすら見える空閑くん。だけど優しい目は以前のままだ。…ひとつ失くしてしまったのは悲しいけれど、生きているのならなんでもいい。きっともっと背も伸びて空閑くんはどんどん素敵な大人になるんだろうな。

「おれはいちばんになりたいものが出来たけどな」
「お!もしかして攻撃手1位?」
「いや、それは別に目指してない。でもいちばんになりたいものは絶対なるって決めたんだ」
「へぇー…空閑くんがそこまで言うのって珍しいね。で、なに?」
「まだヒミツだ」
「えー!気になる!」


空閑くんが楽しそうに数歩前にいた私の隣へと並ぶ。伸びる影の大きさはほとんど同じで、きっと空閑くんのほうが背が高くなるのはもうそんなに遠くない未来だろう。空閑くんがここにいる。その未来を望んだのは誰でもない私だ。
空閑くんが何を目指しているのかは結局教えてもらえなかったけれど以前のように先を諦めている空閑くんはもういない。それが私はいちばん嬉しい。

今度は空閑くんがいちばんになれるように応援するね、と伝えれば空閑くんは嬉しそうに目を細めるのだった。




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