いちばん | ナノ

いちばん(終)


「空閑さん、彼女いるって言ってた…」
「えー!フリーなのが唯一の希望だったのに…」

空閑遊真という男はなかなかまあまあモテる。今でもボーダー内で烏丸くんを超えるモテ男は現れていないけれど元の体を取り戻して年齢相応に成長した空閑くんはその実力も多くの人の目を引いて一時期は烏丸くんに迫るとも言える人気だった。それこそ不純な動機で玉狛支部に転属希望者が増えるくらいには。玉狛支部は実力主義なので残念なことに不純な動機を掲げた彼女達が受け入れられることはなかったらしい。でも好きな人の側にいたいって気持ちは…正直分かる。

「すごいニヤニヤしてるー」
「え?えへへ、そうかな」
「そうだよぉ。わたしにも移っちゃう」

そう言ってえへへ、と笑う柚宇ちゃんはとんでもなく可愛らしい。柚宇ちゃんは嬉しそうな表情のまま口を開いた。

「くがくんとその後どう?ラブラブ?」
「えと、おかげさまで…」
「うんうん。見れば分かるけどねー」

柚宇ちゃんの言葉に素直に照れてしまう。恥ずかしい、けど他の人から見ても仲良しに見えるのは嬉しいことだ。空閑くんと付き合ってからというものの、生活自体は変わっていないけれど空閑くんからの愛情表現がとても増えた。毎日のように甘えたり好きだと伝えてくれたり。…空閑くんは意外と積極的だとそういえば出会った当時も思った気がするな、なんて笑みが溢れてしまう。
そんな私を見て柚宇ちゃんはにっこりと笑って鏡を私に向けてきた。

「え、歯になんかついてる!?」
「んーん。首に、かなぁ」
「首…?」

そう言われてハッ、と。鏡越しに首元を見ればそこには「見えるとこにはダメ」だと何回言っても聞き入れられない跡が──!

「リンちゃんは常に換装体でいられないから…あ、くがくんもそれが狙いなのか」

ぽん、と柚宇ちゃんが納得したように手を叩く。いやもう本当にその通りです。私のトリオン量は換装体でいるだけでも消費が厳しいため緊急時に備えて普段は生身の体で行動している。ということはこういうものは誤魔化せないんです。

「愛されてるねぇ、リンちゃん」

柚宇ちゃんの言葉に恥ずかしさより嬉しさのほうが勝ってしまう。結局私はその跡を絆創膏で隠すのであった。



夕食後、いつも通りソファーでくつろいでいるとこれまたいつものようにくっついてきた空閑くんがあれ、と声を上げた。

「リン、首ケガしたのか?」

なんて。この絆創膏を貼る原因を作った本人が心配そうな声で聞いてくる。

「約束を破る人にはおしえませーん」
『ユーマ。あれはユーマの付けた跡を隠すために貼っているようだ』
「あ!レプリカ!裏切り者ー!」

レプリカの暴露に空閑くんはああ、と納得したような声をあげた。

「隠しちゃ意味ないじゃん」
「隠しますけど!?意味って…意味なんてあるの?」
「リンに変な虫が寄ってこないよーにおれの牽制です」

空閑くんの言葉にぱちくりと瞬きをしてしまう。変な虫?私に?空閑くんにじゃなくて?あまりにも自分には無縁の心配で思わず笑ってしまう。

「む、なんで笑うんだ?」
「あはは、ごめんごめん…心配しなくても私はモテないから大丈夫だよ」

それこそ告白なんてされたことなかったし言い寄ってくる男とやらにも遭遇したことはない。空閑くんは心配性だなぁと笑っていると空閑くんは思いの外大きな溜息をついた。

「ほらな。無自覚が一番心配なんだ」
「え?」
「おれがこの3年間どれだけ…ん、まあいいや。これからもアンヤクさせていただきます」

そう言って空閑くんは優しく私の唇に自分の唇を重ねた。最初は角度を変えて何度も触れて、次第に深くなっていく。レプリカが部屋を出ていく気配を感じるとそれが合図のように空閑くんは私の体をソファーへと沈め込ませた。


***


「そういえば今日はたちかわさんと引き分けだったぞ」
「え!すごい!流石だね空閑くん」
「勝ち越せるのはまだまだキツそうだけどな」

太刀川さんは今でも攻撃手1位を誇っていてその腕は劣ることが全くないどころかますます精度を上げている。空閑くんは元の体を取り戻してからは手足の長さや身長が伸びたことにより戦い方を以前とは少し変える必要があったものの今となっては以前より何倍も強くなって攻撃手エースの一人に数えられるほどになっていた。

「あ、そういえば」
「ん?」
「空閑くん、いちばんになりたいものって結局なんだったの?」

2年前も聞いた質問を思い出して再び同じ質問を投げかける。あの時空閑くんは攻撃手1位は目指してないと言っていたけれど今でもよく太刀川さんには挑んでいるしやっぱり攻撃手で一度はいちばんになりたかったのだろうか。私の質問に空閑くんは愛おしそうに目を細めた後

「リンのいちばんになりたかったんだ」
「えっ」
「叶った…って思ってもいいか?」

私の手を両手で握って笑いかけてくれる。
私は昔からどうしてもいちばんになれなくていつもしょうがないって諦めていた。いちばんじゃなくてもいいから私に出来ることを探そう。そうやっていちばんなれないことに理由を付けては逃げていた。どんなに頑張ってもいちばんになれないって認めてしまって傷付くのが怖かった。そして、目の前の彼からも逃げようとした。きっと私はいちばんになれないって最初から諦めていたから。でも。

「じゃあ、一個だけ条件があります」
「ふむ。聞きましょう」

私の悪戯っぽい声に空閑くんは楽しそうに応えてくれる。

「私を空閑くんのいちばんにしてください」

そう言うと空閑くんは楽しそうに笑ってくれる。空閑くんの大きな目には私がしっかりと写っていて、私のことを愛おしげに見つめてくれる空閑くんのその表情が本当に大好きで。

「ずっと前からおれのいちばんはリンだよ」

私がずっと欲しかった言葉を空閑くんは口にしてくれた。



『有吾。これまで色々なことがあった。順風満帆ではなかったかもしれない。それでも私は幸せだ。今が──いちばん幸福を感じている』







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