いちばん | ナノ

幸せを願うのなら


ボーダーと一括りで呼ばれていてもそこに所属している隊員は比較的若い子達が多い。それこそ色々と多感な時期だと思う。

「はー、どうやったら空閑さんと付き合えるかなぁ」

だから油断をするとこんな話が耳に入ってきてしまうことは案外よくある。


私はただ、自販機にジュースを買いに行こうとここに出向いたのだけど曲がり角の先でそんな話をしていると行くに行けない。どうしよう出直そうかな、と思う自分と空閑くんの魅力に気付いてしまっている彼女の話が気になって仕方がない自分が脳内で喧嘩をして勝利したのは後者の自分だった。
所謂聞き耳を立てているこの状況はまあ良くないだろう。良くないことは分かっているけど気になるという心が勝ってしまいました。

「いやいや無理でしょ。空閑さん女と住んでるらしいし」
「あいつでしょ?運営の斎藤」

あまりにも敵対心丸出しの声にぎくり、と息を呑んでしまう。そりゃ自分の好きな人と住んでる女なんて嫌に決まってるのは分かるけれど…そんなんじゃないから安心してほしい。…いや、安心されるのも嫌だけど。

「でも付き合ってないらしいじゃん」
「好きでもない相手と一緒に暮らすかなー?」
「ていうか、一緒に住んでて手を出されないってことは女として見られてないんじゃない?」

その言葉に 軽い眩暈がした

「そういうものなの?」
「好きなら手出すでしょ。空閑さんってモテるのに斎藤のせいで彼女も作れないし可哀想じゃない?」

彼女の言葉があまりにも図星で私の心を抉っていく。私だって、馬鹿じゃない。空閑くんがきっと私のことを女として見てないことなんて一緒に暮らそうって言ってきた時から分かってた。彼女の言う通り手なんて出されたことないよ。空閑くんと私は友達でしかないから。

「あのさぁ」
「「!?」」

聞き慣れた声が聞こえてくる。私のことを話していた二人は大袈裟なほど驚いて曖昧な挨拶をその人にした。聞かれたくはない話だったのだろう。私の心を抉るくらいにはまあ、辛辣な内容だったもんね。

「くがくんのことを好きなのは全然いいと思うよぉ。個人の自由だからね。でもさぁ」

その人──ううん、その子は言葉を続ける。

「悪口言ってる暇あるなら自分磨きしたほうがいいんじゃないかなぁ」

その子の言葉に居心地悪そうに二人はその場を後にした。はぁ、と。呆れたような溜息が聞こえてくる。

「それでリンちゃんはいつまでそこで盗み聞きしてるのかねー?」

名前を呼ばれてその子…国近柚宇ちゃんにとっくに見つかっていたことに気付かされる。なんともまあ、気まずい。気まずいけど庇ってもらった挙句に声をかけられて無視なんて出来るわけない。

「…バレてた?」
「うん、バレバレー」
「ジュースをね、買いに来たら…えっとなんかごめんね?」
「なんで謝るの?」
「柚宇ちゃんにあんなこと言わせちゃって…」

本来なら私が二人を諭すことも出来たはずだ。それこそ私と空閑くんはそんな関係じゃないから心配しないでと言えばあの二人も柚宇ちゃんに叱れられることもなかっただろう。ただ、それを言いたくなかった私の我儘で柚宇ちゃんに迷惑をかけてしまった。

「リンちゃんの悪口言う子は例えリンちゃんが許してもわたしがゆるしませーん」

そう言って柚宇ちゃんは私の両頬を優しくつねる。元チームメイトで今でも仲良くしてくれる大好きな柚宇ちゃん。そんな柚宇ちゃんの優しさが嬉しくて鉛のように重くなった気持ちが少し軽くなる気さえした。

「それにあの子達がどんなに頑張ってもくがくんは無理だからねー」
「無理って、どうして?」
「無理だよー。分かってないのは当事者たちだけ」

柚宇ちゃんの言葉に首を捻るとそんな私に柚宇ちゃんは優しく笑いかけてくれた。


***


柚宇ちゃんが庇ってくれたのも元気付けてくれたのも確かに嬉しかったけど私は実は彼女たちの言葉に一つだけ同意していた。それは私のせいで空閑くんに彼女が出来ないということ。常に私が側にいれば女の子は寄ってこないと思うし、もし彼女が出来た場合一緒に暮らしてる私は完全にアウトだろう。……それは、結構前から何回も考えては逃げていた事柄だった。だって私は空閑くんに彼女が出来てほしくなかったから。でもそれは私の都合だ。本当に空閑くんの幸せを願うのなら、私はここら辺で身を引くべきだろう。

「…………」

空閑くんと。離れる、かぁ。
素直に嫌だなと思った。嫌なら離れなければいいと思うけれどいつまでも私たちの関係をずるずると引き伸ばすのも良くないと思う。空閑くんは彼女たちが言ってたように確かにモテるから、私と暮らすのをやめれば案外すぐに彼女が出来るかもしれない。それを手放しで喜ぶには時間が必要だとは思うけれど私は空閑くんが幸せなのがいちばん嬉しい。大丈夫、私自身がいちばんになれないのは慣れっこだ。

「……ふふ」
『どうした、リン?』

思わず出た思い出し笑いに私と一緒に行動してたレプリカが不思議そうに問いかける。だって私っていつもこうだから。

「私ね、学生の時一度だけ好きな人がいたんだ。学校の生徒会長だったんだけど…仲良くなったら恋愛相談なんてされちゃって」
『それでは本末転倒だな』
「でしょ。でも私、その時は本当にその人のことが好きだったからその人に幸せになってほしいなーって応援なんかしちゃって。結局その人は晴れて好きな人と両思いになって私の初恋は苦い思い出となったのでした」

凄く悲しかったけれどその人は応援したり背中を押した私に幸せそうな顔で「ありがとう」って言ってくれた。ああ、この人がこんなに幸せそうならまあいいかなって。だからきっと空閑くんが幸せなら私はそれだけで十分なんだと思う。

「レプリカ。あのさ、今までありがとう」
『? その言葉の意味が全く理解出来ない。説明を求める』
「私…近々出て行くよ」

私の言葉に隣を飛んでいたレプリカの動きが止まる。

『リン、説明を求める』

どこか怒っているようにも聞こえるレプリカのこんな声は初めてで少しだけ驚いてしまう。確かに説明もなしに出て行くなんて言うのは失礼だった。私はちゃんとレプリカに向き直って口を開いた。

「今のままじゃ私のせいで空閑くんの可能性を潰してる。空閑くんには今はレプリカもついてるしバイタルだって安定してる。だからもう、普通の暮らしに戻してあげたい」

理由を付けて空閑くんの側にいさせてもらったけれどそれももうお終い。そもそも空閑くんに楽しいことをいっぱい体験しろと言ったのは私なのに私が空閑くんを縛り付けてるなんて笑えなかった。

「…空閑くんには幸せになってほしい」

それが私の本心。誰よりも好きだから誰よりも幸せになってほしい。トリオンは私が勝手にあげたんだからもう気にしないでほしい。もっと、もっと自由に生きて幸せになってほしかった。

『…だそうだ。ユーマ、リンはユーマの元を去るそうだ』
「……え」

レプリカの言葉に血の気が一気に引いた。

『リン、帰ったら話そう。おれもすぐに帰るから』

レプリカ越しに聞こえてくる空閑くんの声は出会ってから一度も聞いたことのないくらい冷たい声に聞こえた。




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