いちばん | ナノ

欲張りになっていく


「そういえばお前、二十歳になったんだろ?」

なんの脈略もなくそう声をかけてきたのは私と同じく本部運営へと配属になった諏訪さんだ。諏訪さんは隊員としても優秀だったけれど人柄や判断力、そして適応力が評価されて本部運営へと推薦されたらしい。まだまだ現役なので人数が足りなければ戦闘員としても役に立つというとても頼りになる存在である。

「はい。そうですよ」
「じゃあ酒はもう飲んだのか?」
「いえ、飲む機会がなくて…」

夜は空閑くんのご飯を作りたいので大体直帰してしまうし、空閑くんはまだ未成年なので一緒にお酒を飲むことが出来ない。私一人だけお酒を飲もうとも思わないし…とお酒に触れる機会がなかったのだ。

「勿体ねえ。じゃあ今夜付き合えよ、奢ってやるから」
「えっ」

諏訪さんからの誘いにどうするべきか考えてしまう。実はというとお酒には確かに興味があった。折角飲める歳になったのだから飲んでみたいと思うのは仕方ないことだと思う。しかも奢ってくれるなんて太っ腹だ。でも今日は空閑くんは防衛任務じゃないし、夜ご飯どうしようかな。

「えっと…空閑くんに連絡してみてもいいですか?」
「空閑も呼べばいいじゃねーか」
「空閑くんは未成年ですよ?」
「飲めなくても居酒屋でなんか食ってれば良いだろ。それに同伴じゃなきゃ多分許してもらえねーぞリン」
「? じゃあ空閑くんも誘ってみますね、諏訪さんありがとうございます!」

諏訪さんにお礼を言って空閑くんにメッセージを送り、仕事をしている最中に返事が帰ってきていた。『うん、おれも行く』と。
こうして私は諏訪さんに連れられて初めてお酒を飲みに行くことになったのだった。


***


昼過ぎにリンからメッセージが届き『今夜諏訪さんに飲みに誘われたんだけど』までを読んで少しスマホを持つ手に力が入り『空閑くんも一緒にどうかな?お酒は飲めないけど』というお誘いが続いていたためスマホを握る手から力を抜くことに成功した。
そっか。ニホンでは二十歳になると酒が飲めるようになるとそういえば聞いたことがある。近界ではあまり歳とかは気にしないからな。流石におれは飲んだことはなかったけれど結構若い奴らも酒は飲んでいた気がする。

すわさんとリンとレプリカと合流して居酒屋とやらに足を運ぶことになった。カゲ先輩のお店と少しだけ雰囲気は似ているけどこっちのほうがかなり賑やかだ。それこそ近界で勝利を喜ぶ時の雰囲気に似ている。ふむ、酒とやらは人を賑やかにする作用があるのかもしれんな。

「ま、好きなもん頼めよ」

席に座るなりすわさんは俺達にメニューを渡してくるのでリンと一緒に食べたいものや飲みたいものを決めていく。酒についてはおれもリンも全然分からんのですわさんが適当に頼んでくれた。すわさん曰く、弱いやつから挑戦しろとのこと。酒には強い弱いがあるんだな。
運ばれてくる料理はどれも美味くておれは酒は飲めないけれど居酒屋とやらは結構に気に入った。リンも初めて飲む酒は気に入ったらしく何回かお代わりをしてて、いつもよりはしゃぐリンは可愛くて仕方がない。この姿を見られただけでもついてきた甲斐があったなと。──そんな余裕がなくなることになるとは。

「あははっ、くがくーん!」
「ちょ、リン!酔ってるのか?」

いつもよりはしゃいでいたリンは突然隣に座っている俺に抱きつき始めた。おれからは抱きつくことはあってもリンがおれに抱きついてくるなんて初めてじゃないか?すり、と頭を擦り付けてくる仕草も可愛いし、頬も紅潮しててちょっと、こまります。

「ははっ、リンはあんま酒は強くなさそうだな」
「すわさん、これやっぱリン酔ってるのか?」
「完全に出来上がってるだろ。そいつのそんなふにゃふにゃな顔初めて見たぜ」

言われてみれば確かにリンはいつもは見せない砕けた表情をしている。初めて見るその表情は可愛くて、そんでもってあまり他の人に見せたくない。

「すわさん、見ちゃダメだ」
「はいはい。もー見ねぇよ」

すわさんにはいつも大人の余裕、ってやつがある。大抵のことでは崩れないし、人のこともよく見てる信頼出来る相手だ。リンもすわさんのことはかなり信頼してるみたいでよく話題にも出るほどだし。…もしかしたらリンはすわさんみたいな大人の男が好きなのかもしれない。そういえば昔、好きなやついたって言ってたしな…

「なに拗ねてんだ空閑」
「…別に拗ねてないよ」
「はは、つまんないウソつくな…だったか?」

揶揄うようにすわさんはおれのサイドエフェクト時の台詞を真似る。面白くない展開だけど今のはウソだ。おれは今、確かに拗ねてる。

「……おれも」
「ん?」
「おれも早く大人になりたいな…」

紛れもない本音だったけれど、そんな言葉が自分から出たことに驚いた。数年前までは長く生きれることすら考えていなかったのに。生きることが出来ると分かったらどんどん色んなものが欲しくなる。そしてそれは全部、リンに関係することだった。

「うわっ」

わしゃわしゃ、とすわさんの伸びてきた手に頭を乱暴に撫でられる。大人になりたいと溢したのに相変わらずすわさんはおれを子供扱いする。そんな恨みを込めて少し睨むとすわさんは楽しそうに笑った。

「バカ。ほっといても大人になんてすぐになっちまうんだよ。こんなにデカくなって。いいからおまえはそのままでいろ。それが一番難しいんだ」

すわさんはそう言い切ると大きな手でもう一度おれの頭を撫でた。オサムが以前、すわさんに凄く世話になったと言っていたことがある。…分かる気がする。この人の言葉にはウソもなければ綺麗事もない。その時に思ったことをそのまま伝えてくれる。隊員にも慕われてるし…リンにも信頼されるのがよく分かるな。

「ありがと、すわさん。でもリンに手は出さないようオネガイシマス」
「出すわけねーだろ。…んで、完全に落ちちまったそいつは空閑に任せていいな?」

すわさんに言われておれに抱きついたまま幸せそうに寝息を立てているリンに気付いた。全く。はしゃいだと思ったらいつの間にか寝てるし、まるで子供みたいだな。

「うん。おぶって帰るよ。すわさん、ごちそーさまデス」
「おう。大丈夫だと思うが一応気をつけて帰れよ」
「りょーかい。行くぞレプリカ」
『承知した。スワ、感謝する』

リンをおぶってすわさんに手を振るとすわさんもおれ達に手を振り返してくれた。


すっかり暗くなった帰り道をレプリカと歩く。寝ぼけてるのか時々声が漏れるリンには若干困ったものの、それ以上に微笑ましくて頬が緩んでしまう。好きだなぁ。そう思うと幸せで少しだけ苦しい。
家に着いたおれはリンをベッドへと運び眠ろうかと思ったけれど目が冴えてしまって眠れなかった。夜に眠れないのは久々だ。夜更かしは良くないと分かっているけれど眠れないものは仕方がない。夜風に当たろうとベランダに出て空を眺めていると昔のようにレプリカがおれの隣へと移動してきた。

「なんだか久々だな。レプリカとこうやって夜空を見るの」
『そうだな。最近ユーマは夜はよく眠っているからな』
「寂しいか?」
『いや。ユーマが眠れるようになったことが私は嬉しい』
「……そっか」

おれはレプリカとまたこうやって過ごせるようになったことが本当に嬉しい。全く諦めていなかったものの初めの頃の遠征ではレプリカについては何も掴めず相当キツかった。だけどおれの住む家には諦めることを許さないあいつがいたから。次こそレプリカと帰ってくるんだよって。いつも遠征に行く前はそうやって言ってくれてたな。

『ユーマ、少し話をしよう』
「ん、いいぞ。眠くないしな」

そうしてレプリカは話を始めた。
それはおれとレプリカが話す初めての内容。



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