いちばん | ナノ

内緒の想い


「あれ、リン一人?レプリカ先生は?」
「出水くん。レプリカはトリオン環境科の先生に呼ばれてお手伝い中」
「相変わらず忙しいな、レプリカ先生は」

出水くんが「レプリカ先生」と呼ぶようにこの大学でレプリカのことを呼び捨てにするのは私とたまに研究室を使いにくる東さんくらいだろう。レプリカは知識も豊富で何より近界をその身で旅してきた記録が私達トリオン研究科にとっては情報の宝庫のような存在である。私が大学に足を運ぶ日は大抵このようにレプリカはどこかの科の先生や研究生に捕まってはその能力を発揮してくれている。疲れたり嫌だったら大学に一緒に行くのはやめようかと提案をしたこともあるけどレプリカもこちらの世界の人間との情報交換は案外楽しいらしく全く気にしなくて良いと言われた。ただし、空閑くんとの約束で私からあまり離れるのは良しとしないのでレプリカが大学内にいる時は私も大学の敷地からは出ないようにと約束はしているけど。

「ま、丁度いいや」

何が丁度いいのかは分からないけど出水くんは私に向かい合うように席に座る。出水くんとは同じ大学の同じ学部であるため今でも交流が多い。何か課題でも出ていたっけ、と考えていると出水くんは久々にあの話題を持ち出してきた。

「リン、空閑と今でも一緒に住んでるんだろ?もう何年目になるんだ?」
「2年ちょっとくらいかな」
「はー、結構経ってるじゃん。最初聞いた時はマジでビビったわ」

私と空閑くんが一緒に住んでいることは私達と交流のある人はほぼ知っているだろう。私は隠すつもりはなかったし、空閑くんはむしろ広めてる気すらしたし…?
大体この話の流れで付き合ってるのか、と聞かれるのは正直もう面倒くさい。少しうんざりと出水くんの出方を待っていると出水くんはいつもとは違う話の切り出し方をしてきた。

「でさ。リンは結局どーなの?」
「何が?」
「空閑のことどう思ってんの?付き合ってないのはもう分かってるから」

出水くんは真面目な表情でそんなことを言ってくる。意外だ。いつも人を揶揄ったり飄々としている出水くんだけど根は真面目で良い子なことを私は知っている。これでも数年は同じチームで戦ってきたのだから。
そんな出水くんになんて言うか、迷った。すぐに口にしようとした言葉は「友達だよ」といういつも通りの言葉。きっとそれを口にすればこの話はおしまい。出水くんもそれ以上は追求してこないだろう。

「出水くんから見てどう見える?」
「え?」
「私、空閑くんのことどー思ってると思う?」

私の返答に次は出水くんが驚く番だった。出水くん自身も私に軽く流されると思っていたのだろう。えっ、と何回か興奮したように繰り返してゴホンっと咳払いを一つした後出水くんは楽しそうに口を開いた。

「いや…どう見ても好きでしょ?」

出水くんの言葉に私は何も言わずに笑顔を浮かべた。それだけで出水くんは自分の言葉に確信を持ったみたいで「うわー!」と興奮を隠せない様子だ。

「いや、だよなぁ!どう見てもそうだよな…やばっ、おめでと!いや、おめでとうはまだ早いか…!?」
「あはは、興奮しすぎ」

私の気持ちを知って出水くんはとても楽しそうだ。出水くんと柚宇ちゃん、それに沢村さんは本当に私達のことを気にかけてくれていたのを知ってるから私ももう隠すのはやめたいと思った。ただ、期待には応えられないと思うけど。

「空閑には言うのか?」
「ううん、空閑くんには言わないよ」
「? 告白待ちってやつ?」
「なにそれ。そんなんじゃないよ。私は空閑くんにこの気持ちを伝えるつもりはないの」

私の言葉に興奮していた出水くんは虚を突かれたように静かになって信じられないと言った表情で首を傾げる。

「……えっと、なんで?」

きっともっと捲し立てたかったと思うのに出水くんは敢えてそれだけの言葉に押し留めてくれる。出水くんのこういう優しさには救われる。

「自惚かもしれないんだけど、私が空閑くんに付き合ってって言えば空閑くんは付き合ってくれると思うの。だって私は空閑くんにトリオンを移植したから」

私がやりたくて勝手にやったこと。どれだけそう言っても空閑くんは私の心配ばかりしてる。本来ならいつ不安定になるか分からない自分の心配をしてほしいのに空閑くんはいつも私の身を第一に考える。私にレプリカの本体を護衛として付けてるのも、空閑くんが一緒に帰れない時は今朝のようにレプリカに頼むのもきっとトリオンを失った私に対する負い目からだろう。何年もお父さんの死に罪悪感を抱いていた空閑くん。きっとそんな風に考えるのをやめてと言っても空閑くんは優しいから無理なのだと思う。

そんな空閑くんの優しさにつけ込んで私の気持ちに応えろと言うのはあまりにも酷ではないだろうか。

「考えすぎじゃね?そりゃリンのトリオンを移植して元の体に戻れたことには感謝してると思うけど、そんな理由だけで付き合ったりはしないだろ」
「どうだろうね。空閑くんは出水くんが思ってるより結構優しいんだよー」
「なんだそれ。惚気か?」

出水くんが揶揄うように笑うから私も釣られて笑ってしまう。惚気かな。空閑くんにはもっともっと良いところがいっぱいあるんだよ。それこそ好きなところもいっぱい。一緒にいれる今がすごく幸せで、そして辛いなんて贅沢。
本当は一緒に暮らすのもレプリカを側に置くのもやめてしまえば全てが解決することにも気付いていた。空閑くんに食い下がられて今でも私がやっているバイタルチェックだってレプリカも出来るわけだし。


それでも離れられないのはただ、私が空閑くんを好きだからという身勝手な理由。


「おまえさぁ…」

出水くんが何か言いたそうな顔をしながら数秒考え込んで、わしゃわしゃと私の頭を乱暴に撫でてきた。いや、乱暴すぎて髪の毛ぐしゃぐしゃですけど!?

「わっ!なに!?」
「もうちょっと自分に自信持てよ」
「普通の人よりは優れてるほうだと自覚してるよ?」
「比べるんじゃなくてリンはリンでしかないんだって自覚しろ、バカ」

出水くんの言っていることはよく分からないけどなんだか励ましてくれてるみたいなのは分かる。そういえば昔から何でも卒なくこなすくせにいちばんにはなれないのがコンプレックスだった。空閑くんに出会って図星を突かれてからはそんな気持ちも抱かなくなったけれど、結局私は空閑くんのいちばんになりたがっていることに気付いてしまって。

いつもどれだけ努力してもいちばんにはなれない私はまたしても報われない努力を続けていることが滑稽でただただ虚しかった。



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