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おねだり上手


久し振りに。本当に久し振りに生身に戻って感じたことは喜びや感動よりもただ痛くて息苦しいというものだった。呼吸を手助けする器具を口元に付けられて、トリオン体の時より半分に減った視界には色んな管が広がっている。
おれの意識が戻ったことに気付いたそいつはおれに駆け寄ってきてすぐに何かのボタンを押す。そうすると何人もの白衣を着た大人がおれの元に駆けつけて色んなことを話していたけれど正直あまり覚えていない。最初に目に入ったそいつに目線を合わせるとすぐに近くまで来てくれて、おれは掠れた声で「いたい」とだけ口にするとそいつはすごく嬉しそうな顔をした。


「うん、痛いね。空閑くんはいま、ちゃんと生きてるんだよ」


心の底から嬉しそうに微笑むそいつの顔をおれは一生忘れないと思った。


***


ここに通うようになって一年が経った。ほとんど毎日のように通っていたこの病室とも明日でお別れかと思うと少しだけ名残惜しい。コンコンっといつものようにノックをすると中からこれまたいつも通りの返事が聞こえてくる。ドアを開けるとそこには一年前とは大分姿の変わった彼の姿が。

「空閑くん。今日も良い調子かな?」
「うむ、万全ですな」
「一応バイタルチェックするよー。……うん、良好だね」

空閑くんに私のトリオンを移植してからはや一年。最初の頃は体を動かすのも辛そうだった空閑くんだったけれど今となっては失った手脚は義手と義足に姿を変え、失われた片目は眼帯をして前髪を伸ばして傷が見えないようにしている。無事全ての手術とリハビリを終えた空閑くんは明日ここを退院することとなった。といってもここは病院ではなく本部の医療施設だ。この国初めてのトリオン移植者として私と空閑くんは言い方は悪いけれど良い研究材料になったらしい。私も当事者の一人として、そして空閑くんの友人として毎日通っているうちに空閑くんのバイタルチェックを任されるようにもなっていた。
空閑くんの体の失われた部分は私のトリオンを移植することで補っているけれど何か異常があればすぐに手を施さなければいけない。クローニンさん曰く異常が起こる可能性はほぼ0だけど一応、とのことだ。今日までは私がチェックしていたけれど明日からはそうはいかないだろう。

「それで空閑くん。退院後は玉狛支部で過ごすの?」
「うーん…」

空閑くんは一週間前に退院の話が出てからずっとこの調子だ。玉狛支部で過ごすのなら宇佐美さんにバイタルチェックのデータとやり方を伝えなきゃいけない。空閑くん本人でも出来るかもしれないけれど異常があった時に本人が動けるかは分からないのだから。空閑くんは一人暮らしだと言っていたから家に戻ると言われると困ってしまうのだけど…

「やっぱりおれ、退院後は家に戻るよ」

そして空閑くんはさらりと困るほうを選ぶ。

「うーん…じゃあ空閑くんにデータとチェックのやり方を教えるけど…」
「あのさ、おれ考えたんだけど」

空閑くんはどこか楽しそうに小首を傾げて声をあげる。一年前より低くなった声。黒くなった髪…というか元々黒髪だったのが戻ったのだろう。そしていつの間にか私と変わらないくらいの身長にあっという間に追いついた空閑くん。なのに仕草はトリオン体だった時と何も変わってないから調子が狂ってしまう。

「リン、今は本部に泊まってるんだろ?」
「え?あ、うん。そうだよ」

トリオン移植手術後。空閑くんだけではなく私も数ヶ月は入院を余儀なくされた。とは言っても私は正直なんともなくて本当に移植したのかな?とトリオンキューブを出した時の衝撃は多分一生忘れられないと思うけれど、それでも体に異常はなかった。ただまあ。隊員としては使いものにならないことも十分すぎるほど理解出来た。体には一切異常がないため空閑くんよりも随分先に私は退院となったが、それからも毎日のように空閑くんの元へと通っていると忍田さんに本部の部屋を一つ貸すと提案をしてもらい、学校へもバスを使えば通えない距離ではないためその言葉に甘えて今は本部で寝泊まりをしていたのだけど…

「あっ。でも空閑くんが退院したら私も部屋を出たほうがいいのかな」

それなら家に連絡しないと。そんな風に考えてる私を見て空閑くんはそれはもうにっこりと笑っている。

「じゃあリン。おれの家で一緒に住めばいいじゃん」
「……はい?」

ちょっと何を言ってるのか分からないんですけど。

「いや、別に家に戻るよ?」
「ふーん?おれのバイタルチェックしてくれないのか?」
「うっ、それは確かに気になるけど」

いやでも確かに。
一年も毎日一緒に過ごしていたのだからその場所が本部になるか空閑くんの家になるかの違いだけなのかな?あれ、なんか間違ってる気もする……

「おれ、元の身体に戻ってから色々上手くいかんこともあるし、料理も出来ないから栄養とかもちゃんと取れる自信ないし…」
「う、うっ…」

空閑くんがたまに見せる弱さに私は弱い。何とかしてあげたくなってしまうし、気のせいじゃなければ空閑くんは私がその寂しそうな表情に弱いことに気付いてるんじゃ…

「……ダメか?」

前言撤回。
これは確信犯だ。




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