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大切ないのち


ただ、目の前で楽しそうに笑っている空閑くんに生きていてほしかった。それだけ。


自分のために私の未来を奪うのが嫌だと。だから移植はしたくないと空閑くんは言った。未来って何?それを奪えるのは相手を殺した時だけだと思う。私の未来は私が決めるし、移植をしたとしても空閑くんに未来を奪われたなんて思わない。だってそれが私の選択した「未来」なんだから。むしろ拒否される方が私の描いていた未来を奪われてるんですけど!と茶化す空気でもないのでとりあえず思ったままのことを口にすれば空閑くんは少し黙った後、困ったように笑った。

「リン、そんなにおれに生きててほしいのか?」

私が茶化すのを我慢したと言うのに空閑くんは明らかに揶揄っているような口振りで…だけどその目はどこか真剣で。ふぅん、茶化してるようで誤魔化してるだけだな。そう気付いた私は大真面目に返事をすることにした。

「生きててほしいよ。しわくちゃのお爺ちゃんになるまで長生きしてほしい」
「ははっ。それは…考えたことなかったな」

その返答に眉を顰めるとそんな私を見て空閑くんはやっぱり困ったように微笑む。空閑くんはもっと生きたいと思っていなかった。さっきの言い分からもお父さんの命を奪ってしまったという負い目が心のどこかにあるのだろう。…空閑くんのお父さんが何を想って空閑くんに命を託したのか。それは空閑くんのお父さん以外は誰も分からない。だけど、きっと。

「これは私の妄想なんだけど」

答えはわからない。
それでも、間違ってるとも思えなかった。

「空閑くんのお父さんはきっと…空閑くんに生きてほしいって思ったんじゃないかな…」

私の言葉に空閑くんの目が大きく開かれる。空閑くんが私の言葉をどう受け取ったかは分からない。おまえにお父さんの何が分かるんだって怒られるかもしれないし、それはおまえの勝手な妄想だって切り捨てられるかもしれない。それでもいい。私は私の思ったままを伝えられれば、もうそれで良かった。

「少なくとも私は私が勝手に空閑くんにトリオンを移植したいって言ってるだけだし。それを自分が奪ったなんて思い込むのはやめて」

奪われたんじゃないです、あげたんです。
そう言い切ると空閑くんはやっぱり驚いた顔をしたまま私の話を聞いて、ふっと笑って指に嵌めた黒トリガーに目を移した。

「そっか……」

独り言のような小さな呟き。
…踏み込みすぎた感は否めない。余計なことも沢山言った気がするし私の言葉を決め手に移植を受けないと言い切られたらそれで終わりだ。別にいいよそれでも。それならまた他の方法を探すだけだから。

「……親父がおれに、くれたのか…」

空閑くんの呟きに私は少しだけ悩んで、無言で頷いた。だって。本心は分からないけど命を落としてまで助けた息子に「命を奪ってしまった」なんて罪悪感を抱かせたいわけがないと思うから。きっと空閑くんのお父さんもただ、「空閑くんに生きていてほしかった」んじゃないかなって…いやまあ、どれだけ考えても正解は分からない。憶測で妄想を膨らませるのはここまでにして暫く黙ったままの空閑くんを私も黙ったまま待つことにした。


「じゃあ、おれのいのちはリンに預けますか」


顔を上げた空閑くんから私が望んでいた返答が出される。

「……えっ、ほ、ほんと?ほんとにいいの…?」
「もし断ったらリンはまた別の方法を探しそうだしな。それでまた無理して倒れる」
「うぐっ」

あまりにも図星。見抜かれているというかなんというか。そんな私を見て空閑くんは楽しそうに笑った。

「ほんとリンは頑固で諦めが悪くて──かなわん」

言葉とは裏腹に空閑くんは目を細めて楽しそうにしている。その顔を見て絶対に死なせたくないと思った。この子は、空閑くんは長生きしなきゃ駄目だよ。たとえ私のトリオンを全て移植したとしてもそこに後悔はない。

「そうなの。私、頑固で諦めが悪いの。だから──」

空閑くんの目を真っ直ぐと見据える。大きくて綺麗な目を逃げずに真っ直ぐと。

「空閑くんのこと絶対諦めてあげない」

執着とも取れるような言葉に空閑くんは満足そうに笑った。そしてそれは私も。


「……ドラマの最終回見てるみたいだったな…」

俺の存在覚えてる?と。
ここまで一切口を挟まず気配すら消していた気がするクローニンさんが声を発した。…完璧に存在忘れてましたごめんなさい…!


空閑くんの意思が固まったことにより移植への計画は本格的に始動した。とは言っても私は意見を出す程度で段取りを組んでくれたのはクローニンさんとボーダーの医療スタッフ、そして鬼怒田さんがほとんどで私と空閑くんはクローニンさんから渡される資料に目を通すことが仕事となっていた。

そして、一ヶ月後。
ついにその日はやってきた。


「空閑くん」
「ん?」

手術室へと向かう最中、いつも通りの話をした。そろそろ桜が咲く季節だけど空閑くんは桜を見たことがないらしいので一緒にお花見をしようとか。この前の新作ハンバーガーはちょっと微妙だったねとか。そんないつも通りの話。
空閑くんの手術はかなり綿密に計画を立てられているため失敗する可能性は低いけれどこの国では初めての手術となるため成功率が高いわけでもなかった。失敗はそのまま空閑くんの死を意味する。この先どれだけ生きれるかは分からないけれど、今ここで死ぬはずではない命を脅かすのは確かだ。それでも──

「次に会うときは元の身体で、ね」

私は空閑くんが笑って生きている未来がほしかった



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