黒い煙が見えない
おれはいつも誰かから何かを奪って生かされている
しゅんとの約束は結局断った。リンがおれのために…まああいつは自分のためと言うだろうけどな。あれだけ頑張ってくれているのを目の当たりにして放っておくのも嫌だったし、こんな心境でしゅんと手合わせをしても実力が出し切れないのも分かっていたからだ。
玉狛に戻るとリンは既に来ているみたいで、だけどリビングにその姿はなかった。気配がする方へと足を向けるとくろーにんさんの部屋でリンとくろーにんさんが話していた。声をかけたら邪魔になってしまうからひと段落したら声をかけようと。そう思って、つい聞き耳を立ててしまった。そして聞こえてきたのは信じられない事実。
おれの身体を治すためにリンは近界の技術であるトリオン移植を選択したらしい。それは聞いたこともない技術で親父もレプリカもライモンド達もきっと知らなかったのだろう。近界は広いからな。だけどリンとくろーにんさんはその方法を知っていたみたいで、リンはその方法でおれの元の身体を治そうと考えているみたいだった。──自分のトリオンを犠牲にして。
「いや。おれはいい。移植はしないでくれ、リン」
これ以上話が進むのは良くないと思って声をかけるとリンもくろーにんさんもおれには気付いていなかったみたいで凄く驚いた顔をした。まあ気配を消すのは得意だしバレてない自信もあったけど。
「え、空閑くん…?」
「リン、ありがとな。でもいい。移植はしてほしくない」
そう口にするとリンは咄嗟に何かを言おうとして一度それを飲み込んだ。酷く悲しそうな顔をしてる。ああ、そんな顔をさせたいわけじゃないんだけどな。
「……なるほど。移植先は遊真だったのか」
「うむ。だけどおれは大丈夫だよ。今までもこの身体で生きてきたし、そう簡単には死なないと思うぞ」
だから気にするなという気持ちを込めてみたもののリンはやっぱり悲しそうな顔をして、だけどしっかりとおれの目を見て口を開いた。
「ごめん、空閑くん。当事者のはずなのに勝手に話を進めちゃって…嫌だった?」
「いや、そんなことないぞ。むしろ嬉しかったな。リンが本気でおれを治そうと色々考えてくれてたのは」
そんな素直な言葉を口にすればリンはますます落ち込んだ顔をしてしまう。ううむ、リンにそういう顔をされるのは苦手だな…
「…理由。理由を聞いても良い?」
「む?」
「移植いやなんでしょ?理由が聞きたいなって」
リンの目にはまだ諦めの色が灯ってない。本当に頑固なやつだなと思わず笑いが溢れてしまう。
「なっ、なんで笑うの…!」
「いやスマン。そうだな…」
指に嵌めてる黒トリガーを見つめる。親父の黒トリガー。親父はおれを助けるために命を落とした。
「おれは親父が生きているはずだった命をもらって生きてきた。もし移植をしたら今度はリンのトリオンをもらって生きることになるんだろ?もう、おれのせいで誰かの未来が奪われるのは嫌なんだ」
親父の忠告を無視して死にかけたおれの代わりに死ぬ必要のなかった親父は死んだ。そして移植をすればあれだけ実力のあるリンという隊員はこの世から消える。そんなことしなくていい。もう十分だから。おれのために何かを失うのはやめてほしい。
「私は」
リンは真っ直ぐな目をしてる。
実を言うとおれは諦めの悪い頑固なこの目が結構好きだ。
「私は、空閑くんがいない未来のほうが嫌だ」
そしてリンは黒い煙を吐き出さずにそう口にした。
「確かに移植をしたら私は今までのように戦うことは出来なくなる。でも、死ぬわけじゃない。私のトリオンを移植することで空閑くんが長生き出来るなら私はその未来のほうがほしい」
最初はよくつまんないウソをつく奴だと思った。悪いやつには見えなかったけどウソつきなのかなって。それがリンの強がりや照れ隠しだと気付いた時は面白いやつだと思った。
「……私の未来から空閑くんを奪わないでほしい」
そう言ってリンは俯いてしまう。表情は見えないけど手が震えている。リンの言葉にどう返していいのか分からない。だっておれはリンから未来を奪いたくなかったのにリンは自分の未来におれがいないと嫌だと言う。頑固なだけじゃない。きっとリンは頑固で諦めが悪くて──欲張りだ。
「……でも、空閑くんが嫌ならやめる。結局は私の自己満足の延長戦だから。手術の時に命をかけなきゃいけないのは空閑くんで、その空閑くんが嫌だって言うならやらない。決めるのは空閑くんだよ」
──それを決めるのはユーマ自身だ
そんな相棒の声が聞こえた気がした。