いちばん | ナノ

得るために失うもの


「やあやあ。我らが玉狛支部にようこそ」
「わ、迅さんこんにちは」

玉狛支部に着いてインターホンを鳴らそうとすると、その前に扉が開く。まるで私がここに来ることが分かっていたようだ…と思ったけど迅さんなら納得だ。きっと見えていたのだろう。

「あ」

そしてあの時迅さんが私と空閑くんを戦わせた…というより出会わせたのはこのためだったのかと気付く。迅さんには私が空閑くんを治そうと奮闘する未来が見えてたのかもしれない。

「迅さん、見えてたんですね?」
「まあね。でもリンと遊真はおれが背中を押さなくても仲良くなってたと思うよ」
「ふーん?まあ別に良いですけど」

実際空閑くんとは確かに仲良くなれたし問題はないだろう。さて、そんなことよりも本題だ。

「迅さん。クローニンさんは…」
「ここにいるよ。こんにちは。久し振りだなリン」
「あ、クローニンさん。お久し振りです」

クローニンさんに差し出された手を握り返す。クローニンさんとは大分前に遠征のために近界のことを聞きにきたことがあった。とは言っても前々回の遠征の時なので大分久し振りなのは間違いない。物腰の柔らかさは相変わらずだ。

「じゃ、おれは本部に用があるから。頑張れよリン」
「はい、ありがとうございます」

迅さんは私とクローニンさんに手を振ってこの場を後にした。

「さて。このままリビングで話しても良いけどデータが使える部屋のほうがいいのかな」
「あ、はい。そっちでお願いします」

クローニンさんの申し出に頷いて日頃クローニンさんがエンジニアとして使ってる部屋へと案内される。持ってきた資料を並べるとその量に「おお」とクローニンさんが声を漏らした。

「凄い量の資料だな。今回は何が知りたいんだ?」
「はい。──トリオン臓器、及びトリオンの移植を行いたいんです」

私の言葉にクローニンさんが驚いた表情を作る。私が空閑くんを救う方法は今はこれしか思いつかなかった。トリオン臓器、及びトリオンの移植。失われた臓器をトリオンで補い移植するという近界の技術だ。これを目の当たりにした私はその方法とリスクを聞いてはいたけれど緊急脱出があるこの国では不要だろうということで研究は取り下げられてしまった。私もまさかこの技術が必要になる時が来るなんて思っていなかったのであの時もっと追求しておけば良かったと後悔していたのだ。

「これはまた…この国でその技術の名を耳にすることになるとはね」
「近界では頻繁に行われているんですか?」
「頻繁というほどではないけどこの国よりは間違いなく行われていたよ。あっちでは換装体が破壊されればその場で致命傷を食らうことが多く、優秀な兵士を早々に失うのは勿体無かったからな」
「じゃあ、クローニンさんも手順は知っていますか?」

私が分からないのはそこだった。トリオン臓器や移植。その方法は聞いていたけれどどういう手順で施していいかが分からない。想像することは出来ても正解が分からなかった。人の…空閑くんの命がかかっている。だから1%でも多く成功率を上げたかった。

「結論から言うと知ってるよ。立ち会ったこともある」
「! 本当ですか!じゃあ…!」
「でも、移植はリンがやるのか?」
「はい、もちろん」

私の返事にクローニンさんは口に手を当てて悩ましげな表情を浮かべる。傷の処置や手術をするのは私じゃなく多分ボーダー専属の医師になると思う。この手術は一般的ではないから。でも、移植だけは私が受け持たなければいけない。……私じゃ駄目だろうか。

「ちょっと、トリオンを測ってもいいか?」
「? どうぞ」

そう言ってクローニンさんはトリオンを測る小型の機械を取り出す。懐かしいな。何回か測ったことがある。クローニンさんが私のトリオン量に目を向けるけど不安はなかった。

「…いけるな」

私はトリオン量はちょっとした自慢だった。まあ二宮さんや出水くんには負けるし、玉狛に入った雨取さん?は比べ物にならないくらい凄いトリオン量らしいけれど私も人よりはかなり多いトリオンの持ち主なのは自覚している。だからこの移植も絶対に出来ると確信を持っていた。

「確かリンはA級一位の太刀川隊だったよな?」
「はい、そうです」
「…向こうでこの移植をする奴は大体戦力にならないトリオン持ちなんだ」
「……?」

クローニンさんの言いたいことがよく分からない。私のトリオン量に問題がないのなら何故そんなに渋るのだろう。

「この移植は移植者にとってリスクが大きい。それは理解してるんだな?」
「はい、理解してます」
「ハッキリ言うが移植後はリンは隊員として今まで通り戦うことは絶対に出来なくなる。場合によっては戦闘員でいることも難しい。それでも──本当に移植をするんだな?」

クローニンさんの目は真剣だった。
トリオン量は生まれ持ったもので鍛えようとしてもそう鍛えられるものではない。稀に能力が上がる人もいるけれどほとんどが生まれてから死ぬまでそのトリオン量を抱えて生きていく。だけどこの方法は大体8割以上のトリオンを相手に移植することで成り立つ。要するに移植を行った者は戦うことはほぼ不可能になるということだ。人間を一人生かす代償に戦える人間が一人消えるという荒療治と言ってもいいだろう。

「構いません。私のトリオンを──」
「いや。おれはいい。移植はしないでくれ、リン」

ここにいるはずがない声に驚いて振り返るとそこには真剣な顔をした空閑くんが立っていた。



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