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私自身のために


調べれば調べるほど空閑くんの体はなんとかなる気がして、そして必ず臓器の部分で手詰まりを起こす。他はなんとかなる兆しが見えるというのにこればっかりは…と頭を抱えてた時にあることを思い出した。そう、あれは前回じゃない。前々回の遠征の時のことだ。不慮の事故で助からないであろう傷を負った人を駆けつけた人達が奇跡のような技術で救ったことがあった。そう、あの人も確かお腹に穴が空いていて絶対に助からないと思った。だけどその人は助かったんだ。何をしたのって聞いたら……そう…確か……でもその方法はリスクが大きくて緊急脱出のある私達の国では使わないだろうって結論付けられた。私もそう思った。だって本体に致命傷を負うことなんて遠征先ですらそう滅多にないのだから。

そう、確かその方法は──

「うぅんぅ……」

徐々に意識が覚醒していく。あれ、私いつの間に寝たんだろう。まだ眠っていたいという気持ちともう起きなければという気持ちがぶつかり合ってなかなか起き上がれない。とりあえずなんとか体を起こそうと手を伸ばすとその手をぎゅっ、と握られた。え?

「おはよう、リン」
「………?」

なんだか少し懐かしく聞こえる声にゆっくりと目を開ける。私の手は確かに目の前のその人に握られていて、

「……?……??」
「む?まだ覚醒してないのか」
「……空閑くん?」
「おう、おはよう」

ぱちっと。
まるで視界が弾けたように目が覚めた。

「く、空閑くん!?なに、なんで……ぁ痛!」
「うお、激しい目覚めですな」

思い切り起き上がると首に痛みが走る。あ、そうだ。なんとなく思い出した。「隊長命令だ、寝ろ」と言ってくれた太刀川さんを無視してたら突然首に痛みが走ってそのまま気絶したんだ…寝てたっていうより落ちてたのか。
いや、確かにそれは分かった。だけどこの状況は何一つ分からない。

「こ、ここ。うちの作戦室だよね?」
「そうだぞ。くにちかさんがいてもいいって言ってくれてからお言葉に甘えさせてもらいました」
「柚宇ちゃんー…!」

なるほど柚宇ちゃんなら確かにそういうことを言いそうだ。私と空閑くんが最近仲良くしていたことも知ってるし。だけど、その。

「……空閑くん、その」
「なんだ?」
「今来たばかり…?」
「いや、昼頃からここにいるぞ」
「は!?」

バッ、と時計を見ると時刻は18時を回っている。いや嘘でしょ。空閑くんはその間ずっと私が起きるまで待ってたってこと…!?

「起こしてくれても良かったのに…!」
「おれのために寝ないで頑張ってたリンを起こせるわけないだろ」
「えっ」
「くにちかさんに読んでもらった」

そう言って空閑くんが持っている資料には確かに義手や義足等について記したことが書いてある。だけどまさか本人に見られてしまうとは。ちゃんとした案が纏まるまで言うつもりはなかったのに。

「なんでだ?」
「?」
「なんでリンはおれのためにここまでするんだ?別にリンがこんなに無理することないだろ」

それは多分空閑くんの純粋な疑問だった。
どうして自分のためにそこまでしてくれるのかと。でも別に私は──

「ちがうよ」
「?」
「私がやりたいからやってるだけ。空閑くんに恩を売る気なんてない。空閑くんのために無理してるんじゃなくて、私は私自身が納得する答えを得るまで止まりたくないの」

だから「おれのために」なんて思ってほしくない。空閑くんにこれ以上何かを背負わせるなんてごめんだ。私が勝手にやって、勝手に満足したいだけなのだから。…だからバラしたくなかったのに上手くいかないものだなぁ。

「……ほんと、そういうトコ…」
「え、なに?」

空閑くんが何かを呟いたけどその声は小さくてよく聞き取れなかったので聞き返すと空閑くんは楽しそうに笑っている。

「…そういえばリンは頑固だったな」
「そう。私頑固なの。だからまあ、納得するまではこんな調子だからほっといて良いよー」

何か分かったら連絡するね、と言うと空閑くんは露骨に嫌そうな顔をする。え、初めて見たそんな顔。

「な、なに?」
「おれの連絡は無視したくせに」
「え?あっ」

言われてみればこの一週間スマホになんて一度も触ってなかったことに気付く。机の上に置いたままのスマホを手に取れば当然のように充電は切れていてすぐに充電を開始することにした。

「ごめんごめん。夢中になると他のことは見えなくなるんだよね」
「ふーん。じゃあリンがこの件を調べてる間はおれが見張っててもいいか?」
「何を言ってますか?」

反射的にそう返すと空閑くんは不服そうな顔をする。なに、今日はなんだか色んな表情をしますね空閑くん。

「ここは一応太刀川隊の作戦室だからずっと空閑くんがいるのは無理だよ」
「うぅむ…」

……すごく残念そうな顔をする空閑くんに揺れそうになる気持ちを強く持つ。空閑くん、その見た目で捨てられた子犬みたいな目をするのは狡いので本当にやめてほしい。

「別に今日は泊まってってもいいぞ」
「太刀川さん!?」
「うんうん。空閑くんリンちゃんのこと心配してたし構ってあげなよー」
「そうそう。空閑、お前から返事が来ないからって拗ね」
「いずみ先輩」
「うわっ、そんな目で見るなこえーよ!」

私が寝ている間に何があったのか空閑くんはうちの隊の皆と打ち解けてるように見える。そういえばあの影浦くんや村上くんとも仲良くしてたし、私もすぐに喋れるようになったところをみると空閑くんのコミュニケーション能力の高さは凄まじいものなのかもしれない。

「で、でも…まだ調べたいことがあるからあんまり構えないというか…」
「おれはそれでいいぞ。邪魔はしないからさ」
「うーん、じゃあ…?」

こうして今日はうちの作戦室に空閑くんと二人で泊まることになったけれど、じゃあ本当に作業に移るからね?と言えば空閑くんは確かに邪魔はせず大人しくしてくれていた。いやまあ、視線を感じないこともなかったけれど気にしていたら埒があかない。そのうち眠くなったら空閑くんも寝るだろうとパソコンの画面に向き合うものの時刻を見ると3時を回っているのに空閑くんは一向に眠る気配がない。もしかして気を使われているのだろうか。私が寝ないから空閑くんも寝ない、とか?

「空閑くん、私のことは気にしないで寝ていいよ?」

むしろ私のせいで空閑くんが眠らないほうが気になるし。そう思って声をかけると空閑くんはああ、と

「おれ、この身体になった時から眠らなくて良くなったんだ」

思いもよらない返事にキーボードを打つ手が止まってしまう。

「…空閑くん、その身体になったのっていつから?」
「確か4年前くらいかな」
「そう……」

4年間。空閑くんは眠れない夜を過ごしてきたという。それはどんな気持ちなのだろう。寝たいと思うのだろうか。眠らなくて済むと思うのだろうか。…それとも、眠るということすらもう忘れてしまったのだろうか。

「じゃあ元の体に戻ったら4年分寝てください」

茶化すように言えば空閑くんは少しだけ間を置いて楽しそうな声を出す。

「そんなに寝たら逆に疲れそうだな」
「良いじゃん。疲れるくらい寝てみるのも」
「じゃあリンも一緒に寝てくれるなら寝る」
「私は眠りが足りてるから大丈夫でーす」
「ふーん。つまんないウソつくね?」

以前は追い詰められたその言葉に優しが含まれてることに気付いて二人で笑ってしまう。空閑くんには元の身体に戻ったら沢山のことを取り戻してもらいたい。だから私は──

カチッ、と。キーボードを打つ手が再び止まった。

「──そう、これだ」
「リン?」

気絶する前にほとんどまとめていた資料。そして手詰まりを起こしていた。私の持ちうる知識ではこれ以上は絶対進めない。だから私は。

「空閑くん」
「ん?」
「クローニンさんって玉狛に帰ってきてる?」

近界民に知恵を借りようと決めていた。



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