もやもやしてた
今日がゲームのアップデートの日で良かったと心の底から思う。ただそんな日にお願い事をするのは気が引けたけど今度ご飯を奢ろうと心の中で先に謝って私は作戦室に戻ってきた。
「柚宇ちゃん!」
「あれ。リンちゃんおかえりー、くがくんとデートじゃなかったっけ?」
「柚宇ちゃん、前回と前々回の遠征のデータって残ってる?」
私の鬼気迫る状況を察してくれたのか柚宇ちゃんはゲームを一度切り上げてデータを探し始めてくれる。パソコン内のデータを把握しきっている柚宇ちゃんはすぐに私が参加した二つの遠征のデータをUSBに写して渡してくれた。
「ほい。なんかあったのー?」
「うん、あったの。ありがとう柚宇ちゃん!今度何か奢るね!」
「わーい、やったー」
ほんわかとした柚宇ちゃんに癒されながら私は作戦室の自分のパソコンのある部屋へとすぐに移動した。──よし、やろう。
***
「うーむ…」
スマホと睨めっこを続けるものの宛ては来ず。リンとハンバーガーを食べに行ったあの日から一週間。リンに何回かメッセージを送ったけれど返事どころか既読にすらならない。本部にも何回か顔を出してるけど元々リンはランク戦室にはあまり来ないから会うことは出来なかったし、ラウンジでも見かけない。特に用事があるわけじゃないけど連絡がつかないのは気になった。でもおれ、リンの隊の人とはあんま喋ったことないしなぁ。
「じゃあ、ぼくは出水先輩のところに行ってきます」
「いずみ先輩…」
オサムが最近よく会いに行くいずみ先輩とやらは確かリンのチームメイトだ。…オサムに着いて行けばリンの隊の作戦室に入れるかもしれなんな。
「オサム、おれも一緒に行っていいか?」
「? 別に構わないけど…斎藤さんと約束でもあるのか?」
「いや、約束はしてないけど」
おれが言葉を濁すとオサムは少し不思議そうに首を傾げたけどそれ以上は何も聞かずに「じゃあ一緒に行こう」と言ってくれた。
オサムに感謝だな。
「失礼します」
「しつれいします」
「お?空閑がここに来るなんて珍しいな」
「ちょっと気になることがありまして」
「あー…リンだろ?」
オサムと一緒にリン達の作戦室へ向かうといずみ先輩が迎えてくれる。そしておれを見るなり目的を察したようで気まずそうな表情を作った。うーむ、やっぱり…
「おれ、リンに避けられてるのか?」
「え?」
「は?」
おれの言葉にオサムといずみ先輩の驚いた声が重なる。だってそう考えれば合点がいく。メッセージが既読にならないのも、ラウンジでも全く見かけないのも、いずみ先輩が気まずそうな顔をするのも。…まあ別に避けられるのは慣れてるし気にならんけどさ。理由くらいは聞いてもバチは当たらんだろう。
「おー?入り口で何をしとるかね」
「柚宇さん聞いてよー。空閑がリンに構ってもらえないからって拗ねてるんだよ」
「いや、拗ねてないけど」
「ふむふむ。くがくんはリンちゃんに会いに来たんだ?リンちゃんは奥にいるけど今はちょっと話せないかも」
「なんたってさっき俺が手刀を決めたからな!」
はっはっは、と腕を組みながら現れたのはこの隊の隊長のたちかわさんで、女の子はオペレーターかな。いずみ先輩の的外れな発言にはとりあえず目を瞑っておれはこのよく分からない状況を整理することにした。
「手刀?リンは何か悪いことしたのか?」
「あいつここ一週間自分から飯も食べないし寝ないしで大変だったんだよ」
「身の回りの世話はわたしがしましたー!」
「で、今日は流石に顔色が悪すぎるから寝ろって隊長命令を出しても聞かないから一発お見舞いしたってわけだ」
ここ一週間、というとおれと最後にあったあの日からリンは寝ず食わずで何かをしていたと言うことだろうか。避けられていたのではなくただ単に忙しくしていただけだったことが分かってもやもやしてた気持ちが少し楽になった気がした。
「リンはとりあえずソファーに寝かせてきましたよ!……って三雲くん!ははーん、さてはボクに会いに来たんだね?」
「いえ、出水先輩にです。こんにちは、唯我先輩」
「くうぅ…!こんにちはぁ!」
ここに来てから一つもウソがない。リンは本当に一週間ここにずっといたのだろう。だったら別にいいけど今日も結局会うことが出来ないのかと思うと少しだけ残念だな。
「折角来たんだしリンちゃんの顔見てく?」
「いいのか?」
「いいよぉ。あっちの部屋のソファーで寝てると思うから」
「ありがと、えっと…」
「国近柚宇だよーよろしくくがくん」
「ありがとうくにちかさん」
くにちかさんにお辞儀をしてリンが眠っているであろう部屋へと移動する。そこにはかなりの枚数の紙が散らばっていてパソコンの置いてある机の上なんて積み上げられた紙でいっぱいだ。散らばっている紙を踏まないようにして進んだ先には確かにリンの姿があった。
「……リン」
ソファーの上に寝かされたリンの名前を呼んでみたけれど返事はない。一週間ほぼ寝ていないのなら一度意識を手放せばそう簡単には起きないだろう。ソファーのすぐ側に腰を下ろすとリンの顔がよりよく見える。
(……隈…)
目の下にくっきりと出来ている隈はリンが寝ていない証拠だ。一週間前にはこんなものなかったのだから。その隈に少し触れてみてもリンはぴくりともしない。そんなはずはないと分かり切っているのに生きているか心配になって首元に手を当てるとちゃんと脈があってホッとした。心なしか少し痩せたようにも見えるしどうしてこんなに無理をしているのか。
ふと。落ちている紙に目線を写すとある文字が目に入った。
『義手○ 義足○ 義眼○ 臓器 要検討』
難しい漢字が沢山並んでいておれには読めない。ここに書いてある文字がちゃんと読めればリンがここ一週間何をしていたのか分かるかもしれないのに。もどかしさに眉を顰めていると誰かが近付いてくるのが分かった。
「やっぱり起きないかぁ。くがくんが来てくれたことは伝えておくね」
「くにちかさん」
声をかけてきたのはくにちかさんだ。そうだ、くにちかさんならこの紙になんて書いてあるか読めるだろう。
「くにちかさん。これ、なんて書いてあるの?」
「ん?どれどれー」
拾い上げた紙をくにちかさんに渡すとふんふん、と頷きながらそこに書かれてる言葉を読み上げてくれる。
「義手、義足、義眼。それから臓器が要検討って書いてあるね」
「えっ…」
「あとはその手術における感染症のリスクとか必要な体力とか…リハビリ期間?誰か怪我でもしたのかなぁ」
くにちかさんが語ったものはあの日リンに伝えたおれの致命傷と一致する。だけどくにちかさんの様子からおれのことを話した様子はなく、リンは誰にも言わず一人で──
(おれの…ために…?)
あの日リンは諦めないと言っていた。そうだ、おれの命をリンは諦めないと。別におれだって諦めてたわけじゃない。だけど受け入れていたのは事実だ。あの時死ぬはずだったおれを命をかけて助けてくれた親父。だからせめて。元の体が死ぬまでは精一杯生きようと思ってた。でも、元の体を治そうなんて。あの時死を悟ったおれにはそんな発想すら浮かばなかったんだ。
──空閑くんはね、この先も美味しいものをいっぱい食べて楽しいことをいっぱい体験して笑ってればいいんだからね
「……なんだ、それ」
「くがくん?」
別に頼んでない。リンがこんなに無理することじゃない。なのに、リンが本気でおれを救おうとしているのが痛いほど伝わってきて。
それが、こんなに嬉しいことだなんて思いもしなかった