いちばん | ナノ

情報量が多すぎる


ボーダー隊員として危険な任務に赴いたことは何度もあったけれど私達はいつも換装体で、そして緊急脱出機能があるため命の危機に陥るようなことはなかった。だからこそ目の前の状況が上手く飲み込めない。空閑くんは横断歩道から離れたところまで飛ばされていてどう考えても危ない状態だろう。すぐに駆けつけて空閑くん!と声をかけるけれどそれ以外どうしていいか分からない。えっ、えっと、警察?救急車?震える手でスマホを操作しようとすると──

「…久々にやった」

なんて。跳ね飛ばされた本人は何事もなかったかのように起き上がった。

「く、くが、くん…?」
「む?」

いや、む?じゃないでしょ…という声は空閑くんの姿を見て飲み込まれた。まるでトリオン切れの時に目にする亀裂のようなものが顔に刻まれていてトリオンが漏れているように見える。いや、違う。あれは間違いなくトリオン漏れだ。だけどその傷も瞬く間に閉じてしまってあっという間に元の空閑くんに元通りとなった。ちょっと、よく分からない。
空閑くんは自分を跳ね飛ばした人と何か話してたみたいだけど私はハッキリ言って何が何だか分からなくて混乱も良いところだ。座り込んだままの私の元に戻ってきた空閑くんは目線を合わせるようにしゃがんでくれる。

「リン、ここは道だから退かないと危ないぞ?」

うん。
それは間違いなくその通りなんだけどね。

「……こ、」
「ん?」
「腰が、抜けた……」


***


結局立ち上がることが出来なかった私は空閑くんにおんぶをされて近くの公園のベンチに降ろされた。ついさっき車に撥ねられた空閑くんが私の面倒を見るという。訳の分からない状況ばかりが続いて正直頭がパンクしそうだ。

「大丈夫か?リン」
「ご、ごめん。もう大丈夫だけど…」

なら良かった、と空閑くんが笑う。その笑顔を見ると空閑くんが死ななくて良かったと心の底から安堵してしまう。地面に転がされた空閑くんを目にした時はこっちの心臓が止まるかと思ったほど動揺したのだから。いやでも…

「空閑くんこそ大丈夫なの?車に撥ねられたのに…」
「全然へーき」
「……空閑くん、普段から換装体でいるの?」

空閑くんが助かったのは換装体だったからだろう。換装体であれば破損はしても元の体にダメージはないのだから。だけどそれじゃあ腑に落ちないことがある。換装体は破損したらそれで終わり。基本的には使い捨ての体のようなもので修復機能がついているものなんて見たことがない。だけど空閑くんの損傷は瞬く間に治ってしまった。…もしかして、黒トリガーの能力?

「うん。おれのほんとの体はこっちに入ってるよ」
「こっちって…それ、黒トリガーだよね?」
「うむ。親父が死にかけのおれの体をトリガーの中に入れたんだ。で、普段はほんとの体の代わりにトリオン体で動いてる」
「……ちょ、ちょっと待って」

じょ、情報量が多い。もう何から突っ込んで良いかも分からない私は一度目を瞑って大きく息を吸って吐いた。空閑くんは今、多分凄く大切なことを話してくれてる。私は何を一番聞きたい?何を拾い上げたい?
……いや、何よりも気になった言葉がある。少し落ち着きを取り戻した私は目を開けて空閑くんの目を真っ直ぐと見据えた。

「死にかけ…って、でも空閑くんは元気に生きてるよね…?」
「親父の黒トリガーのおかげでトリオンが供給されてるからな」
「じゃあ空閑くんはトリオン体でいる限りは死なないってこと?」
「いや、おれの体はこの指輪の中でずっと死に向かってるから元の体が完全に死んだ時におれも死ぬんだと思う」
「…………」


そんな

そんな 他人事 みたいに


「…だったら、探さなきゃ。空閑くんの元の体を治す方法を!」

だって空閑くんはまだ生きてる。こうしてトリオン体でも活動が出来ているということは指輪の中にいる元の体もまだ生きている証拠だ。それでも死に向かっているというのなら悠長なことは言っていられない。

「リン、おれは」
「空閑くん。思い出したくないことかもしれないけど、死にかけってどんな風に?どんな傷を負ったのか覚えてる?」
「…右腕と左足。それに左目と…腹の左側もごっそり持っていかれたな」
「……うーん…」

腕と足は義手と義足で補えるだろう。目は機能を取り戻すことは無理でも処置することは可能だ。だけどお腹の傷は…臓器がやられているのはまずい。…あれ、そういえば。遠征先でそんな惨状を目にして、あの時確か……いやその前にそんな大きなダメージ、処置する前にショック死する危険性だってある。…トリオンで傷を補えば或は…鬼怒田さんに相談してみるのもありかもしれない……

「リン」
「ん、なに?」
「おれは本当は死んでるはずだったんだ。だからあとはまあ、遺された時間を生きるつもりだよ」

私の葛藤を悟ってか空閑くんは優しい顔をしてそんなことを言う。おれのことは気にするなって。本気でそんな顔をして。

「あ、でも。流石にレプリカにはもう一度会いたいな」
「……はい?」
「? あれ、リン。なんか怒ってる?」

怒ってる、って?
いや、怒ってるとかそんなもんじゃないんですけど。

「空閑くん。私は諦めが悪いし一度やると決めたことはやらないと気が済まない性格なのは知ってるよね?」
「うむ。確かにリンは頑固なとこがあるよな」
「そうなの。だからね空閑くん。いくら本人が諦めてようと私は空閑くんの命を諦めないから!」

そう言って思い切り立ち上がる。遺された時間?今こうしてちゃんと生きてるのにどうしてその先を望まないの。空閑くんがこの先を諦めるって言うのなら私は意地でも諦めてあげない!

「空閑くんはね、この先も美味しいものをいっぱい食べて楽しいことをいっぱい体験して笑ってればいいんだからね!」

思い立ったら行動だ。本部に戻るために私は足を進めた。調べることは山ほどある。医療関係は正直専門外だから私が調べなければいけない唯一のことを調べよう。データはあったはず…だけどあんまり必要ないものだと思ってちゃんとしたものを残していたか不安でしかない。
あ、と。あることを思い出して本部へ向けていた足を止めてくるりと踵を返すと未だに驚いた顔をしたまま座っている空閑くんと目が合った。

「あと!車には気をつけて!生身に戻った時に轢かれたら一発でアウトだからね!」
「お、おお」
「よし!じゃ、また!」

空閑くんの返事に大きく頷いて私は本部へと走り出した。腹が立った。生きることを諦めてる空閑くんにも、生かすための手段を持ち合わせていない私にも。だったら足掻いてやろうじゃない。自慢じゃないけど私はいちばんになれたことはなくても出来なかったことはないのだから。


「強引なやつだなー…」

だけど初めて。
面と向かって命を諦めないと言われたのは初めてだった。



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