「ユーマ、なにをしているんですか?」
「お、リン」
ユーマは何かを真剣に見ていてよく見れば何かを書いているようだ。声をかければ私にもそれを見せてくれた。
「文字のべんきょーをしてたんだ」
「もじ?」
「うむ。リンはこれが読めるか?」
そう言ってユーマが書いたであろうもじ、というものを指差される。不思議な形をした物体が並んでいることは理解出来るけれどそれが何であるかは理解出来ない。私のデータにこの「もじ」は登録されていないようだ。
「読めません。これはこの国のもじ、ですか?」
「そうだよ。おれもまだまだ読めん文字が多いけど…リンは自分の国の文字は覚えてるのか?」
何気ないユーマの質問に脳内が揺さぶられるような感覚がした。私は多分、自分の国の文字を知っている。ユーマに尋ねられたことによりロックの掛かっている記憶が揺さぶられたのだろう。
「リン?」
「…たぶん、私は自分の国の文字を知っています。このような物体の羅列をたくさん、とてもたくさん目にした気がします」
「なるほど、リンの記憶にはリンの国の文字の情報はありそうだな」
「はい、あると思います。でも……」
どんな文字なのかは思い出せない。知っているはずなのに記憶から探り出せないもどかしさに気を落としているとぽんぽんとユーマに頭を撫でられた。
「文字を知ってるってことは思い出せたじゃん。一歩前進だな」
「ユーマ…」
ちゃんと思い出すことの出来ない私を慰めるようにユーマは笑ってくれる。優しい。その優しさに甘えたままなのが申し訳ない。一日でも早く記憶を思い出してユーマやタマコマの皆、そしてきぬたさんに恩返しがしたいな。
「よし、リンもこの国の言葉を覚えるか?」
「はい、覚えたいです!」
「おれもひらがなはもう読めるからな。じゃあなんて文字を覚えたい?」
ユーマにそう問われて私は──
「ゆうま!」
「む?おれか?」
「はい!最初に覚えるのはユーマの名前がいいです」
「おかしなやつだな。…おれの名前は」
く が ゆ う ま
ユーマがゆっくり一つずつ「文字」を指差していく。これがユーマを表す文字なんだ。何回か繰り返していくうちにユーマの名前を覚えることが出来た。
「合ってますか?」
「完璧だな」
「じゃあ、次は」
それから私はユーマにお願いしてタマコマシブの人達の名前を一人ずつ覚えていった。一文字ずつ大切に。優しい皆の名前を記憶に刻むように。
「読めるようになったら次は書けるようになると良いってオサムは言ってたぞ。書いてみるか?」
「いいんですか?ユーマのべんきょーの邪魔ばかりしちゃって…」
「おれも復習になるから問題なーし」
ユーマの優しさに甘えて覚えた皆の名前を手本の真似をして書いていく。が、これがなかなか難しい。突然カーブをしたり大きさが均等に出来なかったりと書き上がったものはなんともまあ不恰好なものであった。
「難しいです…!」
「ちゃんと書けてるじゃん」
「二人で何してるんだ?」
「レイジさん。とりまる先輩」
「これは…俺達の名前か?」
私の書き上げた果たして文字と呼べるか分からない物体を見てレイジは自分達の名前だと理解してくれたようだ。よかった、間違ってはなかったみたい。
「お前が書いたのか?」
「はい。ここにトリマルの名前も書きました」
「…確かに書いてあるな」
トリマルはカーブや丸が多くて少し難しい文字だったけれど合っていたみたいでホッとしているとその文字を見ていたトリマルが真面目な顔で口を開いた。
「リン、トリオン兵は文字を書くと記憶を一つ思い出すという言い伝えがあるんだが」
「え!?」
トリマルの言葉に何か思い出せているかを必死に考えるが精々今日の朝ごはんや昨日の夜ご飯くらいしか思い出せない。いや、これも思い出せているということになるのだろうか…!?
「き、昨日のご飯までなら…」
「…小南先輩レベルだな」
「え、キリエ…?」
「とりまる先輩はよくウソをつくからな。要注意だ」
「うそ!」
そういえばトリマルは日常的にキリエにウソをついては仲良さそうにしていた覚えがある。そうか、トリマルはよくウソをつくんだった…!
「全く…。それにしてもリン。 お前はトリオン兵なんだから文字くらいスキャンしたらすぐに記憶できるんじゃないのか?」
「あ…」
「ふむ。そういえばレプリカも色んな国の文字をすぐに覚えていたな」
実は私にもスキャン能力が備わっていることは分かっていた。やろうと思えば最初にユーマがこの国の文字の説明してくれた時点でひらがなとやらをスキャンしていれば完璧に記憶することも可能だった。
「ユーマと一緒に覚えたかったんです」
「遊真と…?」
「はい。すぐに覚えられないからこそ、覚えている間の時間が楽しくてかけがえのないものになります」
私はトリオン兵で今でも思い出せない記憶がある。すぐに覚えられるということはすぐに忘れることもあるということ。ならばせめて。記憶ではなく心に少しでも楽しかったことや嬉しかったことが残せればいいなんて。そんなニンゲンみたいなことを私はいつからか考えるようになっていた。
「でもよく考えるとユーマの時間を使っちゃいましたね。ごめんなさい…」
「いや、おれも楽しかったぞ」
「本当ですか?」
ああ、と笑ってくれるユーマの反応が嬉しくて私も思わず笑ってしまう。
「……人型トリオン兵、か」
「人間と何も変わらないっすね」
「いや、見た目もそうだが中身もこれは…」
レイジとトリマルが何かを小声で話している。
その時──
『ロック2 解除』
頭の中でそんな声が響くのと同時にいくつかの記憶が解き放たれた。
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