トリオン兵は愛を知る | ナノ

File:1 名前


「入るぞ」
「どもども、こんばんは」
「きぬたさん!ユーマ!」

いつもの二人の声が聞こえてすぐにスリープモードを解除してガラス越しに駆け寄るとユーマはいつも通り優しく笑い、きぬたさんも最初の頃より優しい顔をするようになった。私にとってこの二人とライゾーは唯一会いに来てくれる嬉しい存在だ。流石に丸一日構ってくれることはないけれどきぬたさんが一番多く足を運んでくれて次にライゾー。そして夜にはよくユーマが会いに来てくれた。

「なんだ。また床に座り込んでいたのか」
「はい。落ち着きます」
「ふむ。そういうものなのか」

きぬたさんは何度か私に楽にしていて良いとか横になっても構わないと言ってくれていたけれど私は部屋の真ん中で仰向けになるのが苦手だった。多分、いまだに思い出せない記憶に関係しているのだと思うがとてつもなく嫌なような怖いようなそんな気持ちになるのだ。それなら部屋の端っこで蹲ってスリープモードに移行したほうが落ち着くということで誰も部屋にいない時は大体その態勢をとることにしていた。

「今日は何か思い出したか?」
「いえ…ですが私が思い出せないのは国や自分の性能。国の機密に関わることだと推測しています」

今日まで思い出せたこともある。
例えば初日にユーマのトリオン量をオートで測れたことを伝え、ライゾーにもトリオン体になって私の前に現れてもらえばユーマと同じようにトリオン量をオートで測るシステムが働いた。生身のニンゲンには作動しないトリオン体にのみ反応するオートシステムが備わっているようだ。
自分がトリオン兵でありこの国のトリガー使いに破壊されたことも思い出した。コアがやられていなかったため情報収集のためにきぬたさんが回収を命じたようだ。しかし──

「他のトリオン兵は活動停止と共に自爆をした。だがお前は活動停止しても自爆をしなかった。何故か思い出せんか?」
「────」

今日まで何回も繰り返し問われたその質問には答えられなかった。思い出せないからだ。いや、これは…

「思い出せません、が」
「お? なにか分かったのか?」
「はい。きっと私はこのままではこれ以上のことは思い出せないと思います」
「なんだと?どういうことだ」

きぬたさんの声が少し厳しくなるのを感じる。それもそうだろう。私が思い出せないと口にすることはきっときぬたさんの欲しがる情報ばかりなのだから。

「ある記憶にロックが掛かっています。私では外せません。何かを遂行すれば徐々に外れていくシステムが組み込まれていますが…」

その記憶には自分では開けれない鍵のようなものがかかっている。段階でいうと四段階に分かれていて今は一つだけ鍵が解かれている状態のようだ。記憶を解くトリガーが何かは分からないけれどこのままどれだけ時間が過ぎようとトリガーを解くための行動をしなければ私の思い出せる範囲はこのまま現状維持となるだろう。

「ここで目を覚ました時、何も覚えていませんでした。次に呼ばれ方やオートシステムのことを思い出した時は…」

ちらりとユーマのほうに目をやる。そうだ、確かあの時。

「ユーマと初めて会った時です」
「ふむ?」
「ユーマがトリオン体だったのでシステムが作動しただけかもしれませんが、あの後自分の呼ばれ方も確かに思い出せました」

たったそれだけのことだけれど確かに『ロック1 解除』と頭の中で電子音が響いた。それがこのロックされた鍵の一つだったのは間違いないと思う。けれど一つ目の鍵が解かれたところでその情報は本当に微々たるものだ。四つ全ての鍵が解けた時、私は全てを思い出すのだろう。

わたしは なにもので なにをわすれているのか

「……にわかには信じられんが」
「ウソはついてないよ。おれが知る限り今まで一度もウソついたことないし信用出来るんじゃない?」
「ううむ…」

きぬたさんはとても難しい顔をしている。欲しい情報は何も分からないくせに、と思われても仕方がないだろう。私だって出来ることなら世話になっているきぬたさんの喜ぶ情報を渡したいけど…

「誰かと交流すると、刺激をもらえます」
「なんだと?」
「きぬたさんやユーマ、ライゾーがくると嬉しいです」
「誰かと話すと何か思い出せるってことなのか?」
「わかりません、が。もっと交流したいとは思います」

これはただの我儘だろう。一人にしてほしくなかったり誰かと交流したいというのは私の意志であって記憶を解くトリガーに関係しているかどうは全く分からないのだから。

「なるほどね。じゃあうちで預かるってのはどうかな。鬼怒田さん」
「な!?」
「あ。迅さん」

扉の向こうから男の人が現れる。初めて見る人だ。また話せる相手が増えるかもしれないということに密かに期待を膨らませてしまう。

「遊真から少し話は聞いていたけど今のところトリオン兵ちゃんは危険はなさそうだし、万が一暴れたとしてもうちの連中なら抑えられる」
「ふむ、確かに」
「もし逃せば大変なことになるぞ?分かっとるのか!」
「分かってますよ。それにトリオン兵ちゃんはうちで預かるのが最善だ。おれのサイドエフェクトがそう言ってる」

男の人の提案に鬼怒田さんは難しい顔をして黙ってしまう。そんなガラスの向こう側の様子を見ていると入室してきた男の人と目があった。

「はじめまして。おれは迅悠一。トリオン兵ちゃんは名前はないんだっけ?」
「失敗作と呼ばれていました」
「あーそれは名前じゃないしおれ達はそんな風には呼びたくないなぁ」
「同感ですな」

ユーイチと名乗った彼の言葉にユーマが同意する。彼らにはちゃんと名前があるけれど私には失敗作と呼ばれた記憶しかないためそれ以外の呼び名は教えることが出来ない。呼びたくないと言われるのは少し寂しいけれど。

「じゃあ遊真。おまえがトリオン兵ちゃんに名前をつけてやりなよ」
「おれが?きぬたさんや迅さんじゃなくて?」
「! ユーマ、名前をくれるんですか?」

ユーイチの提案に目を輝かせてユーマを見つめるとうおっ、と驚いた顔をした後ユーマは腕を組んでうーんと唸る。

「だれかに名前なんてつけたことないぞ」
「なんでもいいです、ユーマに名前を呼んでほしいです」
「……じゃあ、リン」

リンと。ユーマは口にした。
リン、リン。それが私の名前。

「お、いい名前じゃん。リン」
「こなみ先輩が見ていたどらまというやつを参考にしました」
「あーあれな。…そうか、うん。良い名前だな」
「ユーマ、ユーイチ!リンって呼んでください!」

そうお願いをすると二人は優しく微笑んで

「リン」「リン」

私の「名前」を呼んでくれた。



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