この国の空は色々な姿を持っている。青色だったり、灰色だったり。日が暮れれば橙色に染まり夜は漆黒に星を瞬かせる。時には雨を降らせたりと毎日見ていても飽きないこの広い世界が好きだ。だからタマコマシブの屋上は今となっては私の一番お気に入りの場所になっていた。
「お、やっぱりここにいたな」
「ユーマ!おかえりなさい」
「ただいま」
今日は本部に出かけていたユーマだったけれど空が橙色に染まる頃に帰ってくるのは珍しい。ユーマはいつものように腰を下ろして私と同じように空を見上げた。
「いい天気だな」
「はい。綺麗な夕焼けです」
「リンの国の空は綺麗だったのか?」
ユーマにそう問われて考えてみるものの私の記憶にあるのは大体が白い天井だ。よく思い返すと外に出してもらえたのも一回目の人を殺せなかった時と今回この国に攻めにきた時だけで空なんて見上げたことがなかったことに気付く。
「分かりません。私は自分の国の空を見上げた記憶がありません」
「ふむ…」
だからこそこの国で初めて空を見上げた時には感動した。どこまでも続く果てのない青。その広さと美しさに圧倒されて、いくら手を伸ばしても届かない姿に焦がれた。
「ユーマの国の空は綺麗でしたか?」
「おれは一つの場所にはあんま留まらなかったけど綺麗な空もあれば濁っているような空もあったな」
「ユーマは色んな場所を移動していたんですか?」
「うん。親父とレプリカと一緒に色んな場所を回ってた」
レプリカ、という単語にオサムとの会話が思い出される。レプリカはユーマの家族でありオサムの恩人であると言っていた。そう私に教えてくれたオサムの顔は間違いなく悲しみを含んでいて核心に触れることは出来なかった。ユーマにとってもオサムにとっても大切な人であることは間違いないだろう。
「リン?」
「…ユーマごめんなさい。私、オサムにレプリカのことを聞いてしまいました」
私の言葉にユーマはちょっとだけ言葉を詰まらせてすぐに「そっか」といつも通りの様子で返事を返してくれる。
「別に隠してたつもりはないんだけどな。オサム、レプリカの事なんて言ってた?」
「ユーマの家族でオサムの恩人だと聞きました」
「なるほど、オサムらしい」
ユーマと話していても度々名前が出ていたレプリカ。そしてレプリカのことを思い出しているのかユーマは優しいような、だけどどこか寂しそうな表情を浮かべている。…レプリカがどうしてここにいないのか。色々な想像は出来たけれど口にするのは躊躇われた。
「レプリカはどんな人なんですか?」
だから私はレプリカが今どうしてここにいないのか、ということは聞かないことに決めた。それよりレプリカとユーマの話のほうが聞きたい。きっと優しい人なんだろうな、とか。ユーマやオサムにとって大切な人なんだろうなって。そんなレプリカの話を聞きたくて尋ねるとユーマは目を丸くした後ははっ、と楽しそうに笑った。
「レプリカは人じゃないぞ」
「? 人じゃない…?」
「レプリカは親父が作ったトリオン兵だ」
「え!」
それは思いもよらない言葉だった。いや、私自身がトリオン兵なのだからレプリカがトリオン兵であることにおかしいことは何もない。でもそれでも意外だった。私の中でレプリカは勝手にニンゲンだと思い込んでいたことも大きいのだろう。
「レプリカも人型のトリオン兵だったんですか?」
「いや、レプリカはリンとは違ってこういう…」
ユーマが手でレプリカの容姿を説明してくれる。あまりよく分からないけれど人型でないことは確かみたいだ。そっか。レプリカは本当にトリオン兵だったんだ。
「そうなんですね。いつか──」
少しだけ口にしていいかを躊躇った。それでもこれは私の願望だ。願望を口にするくらいなら許してほしい。
「いつか、レプリカとお話ししてみたいです」
私と同じトリオン兵でありながらユーマの家族であるレプリカ。その生活はどんなものだったのだろう。…ユーマを見れば分かる気がする。きっとそれは幸せでかけがえのないものだったのだろう。
「そうだな。いつかきっとレプリカに紹介する。リンならすぐ仲良くなれると思うぞ」
「はい!楽しみにしています!」
いつかきっと。
ユーマやオサムとレプリカが一緒に過ごしているのを見れる日が来ることを夢見て私とユーマは約束をするのだった。
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