タマコマシブに戻ると私を見るや否やキリエが思い切り抱き付いてきてくれた。突然のことに驚くけれどそういえば私は強制シャットダウンをしたのだった。ニンゲンで言えば突然意識を失ったようなものなのだからもしかしたら心配してくれたのかもしれない。そう思うと嬉しかった。
「あんたねぇ…もー!心配させるんじゃないわよ!」
キリエはやっぱり心配をしていたと口にしてくれる。嬉しい。キリエの優しさが暖かくて、記憶をほとんど取り戻した私はこんなに優しくされたことがなかったことも思い出していた。だからこそタマコマシブの皆の優しさが本当に本当に嬉しい。
「ありがとうございます、キリエ」
お礼を言うとキリエは一旦私から離れてうんうん、と強く頷いてくれる。珍しいことに今はリビングにユーイチとリンドウ以外の全員が揃っている。これはとても好都合だ。私はこの気を逃すまいと
「ほとんどの記憶を思い出しました。聞いてくれますか?」
そう口にすれば皆はもちろん、と真剣な眼差しで私を見つめてくれた。私はきぬたさんとユーマに話したことをもう一度同じように伝える。皆は最後まで静かに私の話を聞いてくれた。
「…まだ僅かに思い出せていないことはありますが、これが私です」
どんな反応をされてもタマコマシブの皆に隠し事をしたくなかった私は思い出した記憶を包み隠さず全て話した。殺せない、と伝えたところで信じてもらえるかは分からない。元々はニンゲンを殺すために作られた敵国のトリオン兵である私を側に置くのが怖いと言われればきぬたさんのところへ帰ろうとも覚悟していた。
「リンちゃん、ありがとう。話してくれて」
シオリの優しい声が響く。彼女の声に続いて話を聞いていてくれた皆も優しく頷いてくれる。そこに軽蔑の眼差しはなくて。
「…怖くないですか?」
「こわい?何がよ?」
「だって私、ニンゲンを殺すために作られたんですよ?」
「怖くないよ。リンちゃんはリンちゃんでしょ?」
そーよ、とシオリの言葉にキリエが同調する。そうだ。タマコマシブの皆はいつだって私を「トリオン兵」ではなく「リン」として接してくれていた。数字で呼ばれ、失敗作と呼ばれていた私をリンとして認識してくれて…
「…ありがとうございます。私、タマコマシブの皆に出会えてしあわせです…」
そう言って深々と頭を下げる。
こんな幸せなことが訪れていいのだろうか。私はただの失敗作でただ、トリオンに戻されるための列の最後尾に並んでいただけだった。マスターに拾われて痛い思いも寂しい思いも沢山味わったけれど今ここに存在出来ていることに繋がるのなら思い出した記憶も悪くないと思えるほどに。
「アタシずっと思ってたんだけどさ」
ふふん、とシオリが眼鏡に手をかけて楽しそうな声を出す。
「リンちゃん、このままうち専属でエンジニアとかになれないかな」
「クローニンさんみたいな感じにか」
「そうそう。リンちゃんの技術ってうちにはまだないものもあるかもしれないし、それに今更本部に帰しちゃうのも寂しいでしょ?」
「うむ。リンはタマコマの一員になるといい」
「え、え?」
シオリの提案にレイジとヨータローが頷いている。きぬたさんに全部思い出したらどうなるかと聞いた時、明確な返事はもらえなかった。でもどこかできっと私は処分されるんだろうと諦めていたからシオリの提案には驚きを隠せない。
「いいんじゃない?もううちの一員みたいなもんでしょリンは」
「小南先輩、顔にめっちゃ嬉しいって書いてありますよ」
「うそ!?え、顔に出てる!?ほんと!?」
「書いてあるのはうそですけど、出てるのはほんとです」
「と、とりまるーー!!」
キリエとトリマルはいつもと同じような掛け合いをしながら、だけどやっぱりシオリの意見を肯定していて。
「ぼくもそれでいいと思います」
「わたしもそう思います」
オサムとチカも何の迷いもなく優しい声でシオリの意見を受け入れてくれる。
「満場一致だ。これからもよろしくな、リン」
ずっと私の横で話を聞いていてくれたユーマが笑顔を向けてくれる。ユーマの、皆の優しさが嬉しくて胸が締め付けられるようだ。こんな感情、この国にくるまで知らなかった。
「……ありがとうございます。皆がだいすきです!」
昔、与えられた本の世界は「好き」で溢れていた。
でも、だれかのことをすきになるのがこんなにしあわせなことだと私ははじめて知ったのだった。
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