ニンゲンを殺すことが出来ない失敗作の私をマスターはすぐに処分せず真っ暗闇な部屋へと閉じ込めました。暗視を入れれば周りは見えるけれどそれは私を余計に孤独にするためいつしか使うのはやめるようになりました。寂しい。心を持ってしまった私にとってひとりぼっちはとても寂しかった。数日か数週間か、時の流れはよく分からないけれど私のトリオンを充電するために誰かがこの部屋に訪れます。私は訪れた人に縋る思いで声をかけました。
「お願いします、いかないでください。ひとりは寂しいんです」
「寂しい?トリオン兵のくせに何を言ってるんだ」
「お願いします、お願いします…!」
「トリオン兵に人の心を芽生えさせるのは失敗だったな。鬱陶しくて敵わん」
乱暴に振り払われまたしてもひとりぼっちになった私は膝を抱えて次の充電を待つしかありませんでした。もうこれならいっそスクラップになったほうがマシでした。私はトリオン兵で涙も出ない。でもきっとニンゲンだったらこういう時、涙を流すんだろうと思いました。
涙も流せない
だれも私を必要としていない
わたしは なんのために いきて ──
「! きぬたさん、目を覚ました」
「なに!?」
意識が浮上する。見覚えのある、どこか懐かしい天井。ここはこの国で最初に目を覚ました場所だ。まるで長い夢を見ていたような錯覚に陥るけど私はトリオン兵なのだからニンゲンのように夢を見ることはない。あれは記憶だ。思い出せなかった記憶。
「おい、なにか喋れるか?」
「 あ きぬた さん」
「リン、大丈夫か?」
「ゆ ユーマ 」
記憶が戻ったことによってより一層この台の上は居心地が悪い。手足が固定されていないことに安堵を覚えながら体を起こすとガラスの向こう側にはきぬたさんとユーマの姿が見える。
「リン、俺と話してていきなり倒れたんだ。迅さんがきぬたさんに連絡して何かあったらまずいからって一度本部に戻ってきたんだ」
「ごめんなさい、ユーマ。迷惑をかけました…」
「迷惑じゃなくて心配したぞ、リン」
ユーマの優しい言葉に暖かい気持ちになる。今までもそうだったけれど、以前の記憶を取り戻した今となっては尚更…
「何か思い出したのか?」
きぬたさんの言葉に頷いて私は夢を見ていたように思い出した記憶を全て話した。自分がただの失敗作であったこと。痛覚実験を行われたこと。その後ニンゲンの姿にされ心を育まれたこと。それによってニンゲンを殺すことが出来なかったこと。思い出した全てを話し終えるときぬたさんは以前のように難しい表情を浮かべている。
「…なるほどな。それだけ人間と同じ姿をしていれば簡単に懐に入れる。強いやつを内側から殺すための扮装か」
「はい。きぬたさんの言う通り潜入は驚くほど容易でした」
「だが心が育ちすぎて人を殺せなかった。…うちに攻めてきた時もおまえはあっさり倒されたと報告を受けている」
「…はい。私は、ニンゲンを殺したくありません」
それはきっと私の生まれた意味を否定するようなものだ。ニンゲンを殺すために生み出された量産型トリオン兵。失敗作であり手を施されたにも関わらず結局ニンゲンを殺せないという欠陥品。即処分されてもおかしくはなかっただろう。
「国の名前は思い出せんのか?」
「はい。思い出したのは今ので全部です」
「…まあ、致命的なことは漏れんように設定しとるか」
きぬたさんは納得したように頷いている。国の名前は漏れないようになっているのだろうか。それとも最後のロックの奥にまだ何か隠されているのだろうか。もうほとんど思い出せた気がするのだけど…あれ、記憶を取り戻した私は、
「あ、あの、きぬたさん」
「なんだ?」
「私、全部思い出したら処分されるんですか?」
普通に考えればそうだろう。敵国のトリオン兵をいつまでも生かしておく意味などない。情報を全て引き出したら処分するのが妥当な判断だというのは理解出来る。理解は出来るけど、かなしいと思ってしまった。ユーマに、玉狛支部の皆に出会えたのに。やっと日常を尊いと知れたのに──
「……その目をやめろ」
「ふむ?きぬたさんがなんて言うのか気になりまして」
「わしの一存じゃ決められん。ただな、言っておくがわしは別におまえを処分したいとは思っておらんわ」
「えっ」
「ったく…数値も落ち着いておるし今日のところは玉狛に帰っていい。また何かあればすぐに報告するように」
「りょーかい。さ、帰ろうぜリン」
ユーマが手招きをしてくれるので私は台から降りて小走りでユーマの元へと向かう。私と合流したユーマはまたねきぬたさん、と軽く挨拶をするけれど私はもう一度きぬたさんに向き直った。
「きぬたさん」
「なんだ?」
「私、きぬたさんに拾ってもらえてしあわせです。私を見つけてくれてありがとうございます」
この国で活動停止をしてそのまま捨て置かれることだってあり得た私を国のためとはいえ拾ってくれて直してくれたきぬたさん。思い出したマスター達とも全然違って私に乱暴なことをすることも無碍に扱うこともしなかった。とても優しい人に拾われて本当にしあわせだと感じている。
「……やかましい、さっさと帰らんか」
「はい!」
ユーマと一緒にきぬたさんに手を振って部屋を出る。最初の頃は苦手だったあの部屋もきぬたさんがいてくれるならそこまで悪いものじゃないと思えるほど、私はきぬたさんが好きだ。
「……かなわんな」
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