タマコマシブの皆はとても優しい。以前ユーマ達とじてんしゃというものを乗ったときに外に出れたのがとても楽しかったと伝えるとそれからユーマ達はもちろん、シオリやキリエも少しの散歩などで私を連れ出してくれることが増えた。今日はシオリの提案で初めてかいものというものをした。チカが以前言っていたようなしょっぴんぐもーるではないらしいけれど色々なものが置いてあって見るもの全てが輝いて見えた。
「かいもの、とはとても楽しいですねシオリ!」
「うんうん。リンちゃんすごく楽しそうだったもんね。連れてきて良かったよー」
今日買ったものでシオリ達はあんなにも美味しいご飯を作り出せるという。見た目も全然違うのにあんな綺麗なりょうりになるなんてまだまだ不思議なことがいっぱいで楽しくて仕方がない。
「「あ」」
私とシオリの声が重なる。前から走ってきていた小さな男の子が転んだのだ。私達はすぐに駆けつけてその子を抱き起こして声をかけた。
「大丈夫ですか?」
「う、うわあぁあん」
男の子は瞬く間に大粒の涙を流して泣き出してしまう。どうすることも出来ずに慌てる私とは違ってシオリは男の子の背中を摩りながら優しく声をかけて男の子を宥めていると
「ああ、すみません!…いたかったねー、よしよし」
「ままぁ!」
男の子の母親と思わしき女性が私達に一礼した後、男の子を抱き上げて優しく声をかけていた。男の子は安心したのか更に泣き出してしまうけれど母親はそんな男の子を少しだけ困ったような、だけど慈愛に満ちた表情で見つめていて。私はそれが──
「よかった、お母さんがきてくれて。…リンちゃん?」
私にはそれが
ひどくかなしく感じられた
***
タマコマシブに帰ってきた私はシオリに断って部屋で少し落ち着くことにした。自分の中の情報が整理出来なくて混乱しているためだ。私はあの親子のことを心の底から愛おしいと思うのと同時にかなしいと確かに感じた。なぜ?かなしいことなどないだろう。母親も子供も確かに幸せそうだった。
閉じられた記憶が揺さぶられている気がする。なんだろう、もう少しで思い出せそうだけど…
「リン、入るぞ」
声が聞こえて顔を上げると声の主であるユーマが部屋に入ってきた。
「む?また隅でうずくまってるのか」
「ユーマ」
「しおりちゃんがリンがなんだか元気がないって心配してたぞ」
よいしょ、とユーマは私の隣に腰を下ろす。シオリに心配をかけてしまったなんて申し訳ない。あとで謝らなければ。
「どうしたんだ?何か思い出したのか?」
「いえ、ちゃんとは思い出せていないんですけれど…」
だけど多分、この気持ち悪さは思い出せていない記憶に関係があるのだろう。あの親子に対して抱いた感情の答えはまだ見つけられずにいた。
「今日、外で母親と子供に遭遇しました」
「ふむ?」
「その親子はとても仲睦まじくて、本当に幸せそうで。…私はその親子を見てかなしいと思ったんです」
「かなしい?」
「はい。どうしてかは分からないんですけど…」
ユーマが不思議そうな声を上げる。それは至極当然のことだ。どうして幸せそうな家族を見てそんな感情を抱くのか。だけど私は本当にかなしい気持ちになってしまった。それは今も…
「……もしかしてだけど」
ユーマが静かに口を開く。
「リン。親が死んでるんじゃないか?」
「え、どういうことですか?」
「…おれもちょっとだけ気持ちがわかるから」
そう言ってユーマは自身の左手を私に向ける。意図が読み取れなくて首を傾げるとユーマは微かに微笑んでくれた。
「これ、おれの親父の形見なんだ」
「ユーマのお父さんの…?」
「うん。おれ昔ヘマして死にかけたんだ。そんなおれを自分の命と引き換えに親父は助けてくれた」
ユーマの言葉になんて声をかけていたか分からず沈黙しているとユーマはそんな私に言葉を続けてくれる。
「今はもう慣れたけどやっぱり最初の頃はおれも親子とか見るのはキツかったからな。まあ、これはおれの推測ですが」
「ユーマのお父さんは、」
ん?とユーマが私の顔を覗き込んでくる。正解なんてきっとユーマのお父さんにしか分からない。こんなことを口にしていいのかも分からない。だけど、きっと──
「ユーマのお父さんはユーマのことが大好きだったんですね」
「…ふむ?」
「きっと、自分の命より大切でかけがえのない存在だったんです」
たとえ自分が命を落とすと分かっていても行動をせずにはいられない。私はそんな彼らの在り方にいつからか焦がれて、羨ましいと。そして何より愛おしいと思っ て ──
『ロック 3解除』
頭の中であの電子音が響く。それと同時に今までとは比べものにならない情報が開示された。
そう、そうだ。わた わた シ は、
「リン?」
ユーマの声が酷く遠くに聞こえる。だめだ、これは、一度に収集出来る情報量を越えていて起動したままでは処理しきれない。
「リン!」
ユーマの声に応えることも出来ないまま私の意識は強制的にシャットダウンされるのだった。
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