トリオン兵は愛を知る | ナノ

File:11 雨取千佳


カシャンっ、という音とちょっとした悲鳴にそれを心配するような声が聞こえてくる。何かあったのだろうかと一階の窓から外を覗いてもその音の正体は見つけられず、二階へと上がり窓を開けて下を覗き込むように体を乗り出すとやっとその音の正体が目に入った。

「遊真くん、大丈夫?」
「ううむ。気を抜くとまだまだ安定しませんな」
「でも大分上達したな、空閑」

窓の外に見えるのはユーマとオサムとチカだ。ユーマが地面に座っていて二人はそんなユーマに駆け寄っていった。建物の中での三人はよく目にしていたけれど外であんな風に伸び伸びとしている三人の姿を見るのは初めてでなんだか嬉しくなってしまう。ユーマは車輪が二つついたよく分からないものに手をかけると私の視線に気付いたのか、顔をこちらに向けてくれた。

「お、リンー」

ユーマが私に向けて手を振ってくれてそれに続いてオサムとチカも手を振ってくれる。手を振り返すと三人とも笑顔を向けてくれる。

「リンは自転車に乗れるのかー?」

少し距離が遠いのでユーマは口元に手を添えて大きな声でそう尋ねてくる。じてんしゃ、とは何だろう。初めて聞く単語に初めて見るじてんしゃとやら。ユーマの言葉から乗り物と推測出来るけどよく分からず首を横に振った。

「リンちゃんも一緒にやってみるー?」

チカがユーマと同じように口元に手を添えてそんな提案をしてくれる。今すぐにでも三人の元へと行きたい気持ちはあったけれどタマコマシブからは一人で外に出てはいけないという約束が私の足を止めた。

「ありがとうございます!でも私は外へは──」
「行っておいでよリン」

いつの間にか私の後ろに立っていたユーイチがそう声をかけてきた。

「いいんですか?私はタマコマシブからは…」
「一人では出ちゃダメってやつだろ?あそこには三人もうちの連中がいるんだから問題ない。何かあったらおれがなんとかするよ」
「…!ありがとうございます、ユーイチ!」

ユーイチの言葉に嬉しくて堪らない気持ちで感謝を伝えて私はすぐに階段を降りて外へと向かうことにした。自分では開けたことのない扉に手をかけて、少しだけ緊張をして。一つだけ頷いて扉を開けると眩しいくらいの光が差し込んでくる。
一歩。そしてまた一歩とタマコマシブから足を踏み出して世界の広さに少し圧倒されながら。まるで本物のニンゲンが感じるような高揚感を覚えながら私は三人の元へと走り出していた。

「いってらっしゃい」

私がさっきまで立っていた場所からはユーイチが手を振ってくれていて私はユーイチに向けて思い切り手を振るのだった。


***


じてんしゃとはやはり乗り物らしい。オサムとチカに乗って走るところを見せてもらったけれどなんという体幹だろう。車輪が前後に付いているだけのものを乗りこなすなんて普通に考えて無理だ。よほどの体幹がなければ重力に引っ張られてじてんしゃ諸共地面に落ちていくだろう。

「空閑も最初は苦戦してたけど大分乗れるようになったんだ」
「コツを掴んできました」
「リンちゃんも乗ってみる?」

はい、とチカがじてんしゃを私の元に持ってきてくれる。乗れる気はしないが興味津々であった私は「はい!」と返事をして皆がやっていたように座れそうな場所へと跨って手綱のようなものを握る。が。

「あ、足を地面から離すんですか?」
「そうだぞ。バランスが大切だ」
「片方のずつペダルに…そう、ここに乗せてみて」

チカがぺだる、とやらの足をかける場所を指差してくれるので言われた通り片方の足を乗せてみる。まだもう片方の足は地面についているから転ばずに済んでいるけれど両足とも地面から離したら間違いなく転ぶ気がする。

「おれが後ろを持っているから転ばないよ」

ユーマがじてんしゃとやらを支えてくれている。大丈夫だという言葉を信じてもう片方の足もぺだるに乗せると信じられないくらい不安定だけどユーマのおかげで転ばずにいられる。まるで空を飛んでるみたいだ!

「リンちゃん、ペダル漕いでみて」
「漕ぐ?」
「足を動かすと前に進むんだ」

オサムとチカに言われた通り足を動かしてみると車輪が回り出して前に進み出した。すごい、歩くよりも早く走れている。で、でも、

「や、やっぱりこわいです、ふあんていです」
「大丈夫大丈夫、おれをしんじろ」

ユーマにそう言われてよろよろとじてんしゃを漕いでみる。どれだけ私が不安定になっても転ばないのはユーマがしっかり支えてくれているからだろう。止まるためにはどうしたらいいかを聞いて一度じてんしゃから降りるとオサムとチカも私達に駆け寄ってきてくれた。

「乗れたじゃん」
「一人だったら転んでいました!」
「はは、慣れればリンもすぐに乗れるようになるよ」
「うん。私もそう思う」
「よし、次はおれが乗ってみるぞ」
「分かった。リンはチカと休憩しててくれ」

私とチカを残してユーマとオサムはじてんしゃの練習を再開する。ユーマは後ろを持ってもらわなくてもオサムやチカと同じようにちゃんと一人でじてんしゃに乗れている。最初は苦戦していたと言っていたし努力したのだろう。

「リンちゃん、あっち座ろうか」
「はい」

チカに誘われて隅の方に置かれているベンチへと腰を下ろす。どれだけ前を見ても、上を見ても果てがない。壁にも何にも阻まれていない世界は少し戸惑ってしまうほどに広い。

「この国は広くてとても綺麗です」
「え?」
「チカ、誘ってくれてありがとうございます。チカが声をかけてくれたからこうして外の世界を堪能することが出来ました」
「そんな…」

えへへ、と照れたように頭を掻くチカはとても可愛らしい。その優しさに沢山の人がきっと惹かれるのだろう。

「リンちゃんはあまり外に出たことはないの?」
「全ての記憶が戻っていないので断言は出来ませんが、タマコマシブに来てから自由に外に出たのはこれが初めてです」
「え!?」

私の返答にチカがとても驚いている。どうやらチカは私が普通に外に出ていると思っていたのだろう。タマコマシブ内では自由にさせてもらっているためそう思われても仕方がない。

「そっか…リンちゃんはトリオン兵、だから…」
「はい。今日はチカ達三人とユーイチのおかげで外に出させてもらっています。私は敵国のトリオン兵だったのでこんな良い扱いを受けていいのかは分かりませんが…」
「でも、リンちゃんは悪い子には思えないよ」

チカは自分の言葉を肯定するようにうん、と頷いて私の目を真っ直ぐと見てくれる。

「もしもっと外に出てよくなったら一緒に色んなところに行こうね」
「色んなところですか?」
「うん。私もまだまだ知らないことが多いけど…例えば買い物とか…そう、ショッピングモールとか!」

しょっぴんぐもーるというものがどんなものなのかは皆目見当がつかないけれどチカは楽しそうに目を輝かせてくれている。本当にチカは優しい。そんなチカと色んなところに行けるなんて夢のような話だ。

「行きたいです。私、チカと色んなところに行ってみたいです!」
「うん!きっとすごく楽しいよ」

またじてんしゃにも乗ってみようねとチカが笑うのと同時にユーマが盛大に地面に転がっていて私とチカは顔を見合わせて笑った後、二人の元へと向かうのだった。



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