トリオン兵は愛を知る | ナノ

File:8 林藤陽太郎


昨夜はユーマは防衛任務に出ていて他の人は夜には睡眠をとるため私も大人しく部屋でスリープモードに移行していた。何か物音を感じてスリープモードを解除する。ユーマが帰ってきたのだろうかと胸を高鳴らせて移動をするとそこにはユーマではなく

「む!?みつかってしまったか」
「ヨータロー?おはようございます」
「うむ。おはようリン」

腕を組んで挨拶を返してくれたのはヨータローだった。時刻を確認すると時計は5時過ぎを差していてヨータローがこんな時間に起きているのは珍しい。

「早起きですねヨータロー。何をしているんですか?」
「バレてしまってはしかたがない。じつはな、きょうはしおりちゃんが朝ごはんのたんとうだったのだがきのう遅くまで起きていたみたいだからおれが作ろうとおもいまして!」
「ご飯つくり…!わたしも手伝いたいです!」
「うむ!いっしょにおいしいご飯を作ろうではないか」

ヨータローの了承を得て私は初めてきっちんとやらに足を踏み入れた。すごい。ここはいつもキリエや他の人たちがご飯を作っている場所だ。見慣れない景色に興奮を隠しきれずにいるとヨータローはうんうん、と頷いて箱を指差す。

「まずはれいぞうこから卵をだそう」
「たまご。たまごとはどれですか?」
「しろくてまるいやつだ」
「しろくてまるい…これですね!」

ヨータローに指示された通りたまご、を取り出して台の上へと並べる。このたまごを使って何をどう作るというのだろう。わくわくとした高揚感を覚えながらヨータローの支持を待っていると

「よし。それでめだまやきを作ろう」

なんてとんでもないことをヨータローは口にする。

「め、めだま、やき…!?拷問ですか…!?」
「いや、ごうもんではない。れっきとした料理だ。そのたまごをこのお椀にわるんだリン」
「? わる…わかりました」

ヨータローの意図は分からないけど言われた通りたまごとやらを一つ手にして──勢いよくお椀に叩きつけるとたまごはちゃんと割れて私の手にぐちゃりとその中身を飛散させた。

「ああー!ちがう!ちがうぞリン!」
「え!わ、割れましたよ?」
「カラがたくさん入ってしまっている!これじゃあたべられないな…」
「カラ、が入ると食べられないんですね…?中身だけを取り出すんですか?」
「そのとおり!おれがおてほんを見せよう」

そう言ってヨータローはたまごをひとつ手にしてお椀にそれを割った。…カラとやらが大量にお椀の中に入っている気がする。

「ヨータロー、私と同じです!」
「うぬぬ!こんなはずでは…!」
「あれ?リンちゃんに陽太郎。なにしてるのこんな朝早くに?」
「「わああ!」」

たまごに集中していて部屋に入ってきていたシオリに全く気が付かなかった私達は大袈裟なほど驚いてしまう。台の上の惨状を目にしてシオリはあらら、と笑っていた。

「陽太郎、リンちゃんと一緒に朝ごはんを作ろうとしてくれたの?」
「にんむ失敗だ…」
「気持ちだけ受け取っておくね。でも陽太郎にはまだ火は危ないから使っちゃダメだよ」

そう言って陽太郎の頭を撫でた後、シオリは調理の時に身につけるえぷろんというものを手早く着ていく。シオリ達はこうしてあの魔法のように美味しいご飯を作り上げてくれるんだ。

「あの、シオリ」
「ん?どしたのリンちゃん」
「料理をするところ見ていてもいいですか?」
「いいよいいよ!大したものではありませんが」

シオリは快く承諾してくれるとテキパキと台の上を片付けて、私とヨータローが全く出来なかったたまごと中身を分けていく。カラなんて全く入っていないその技に思わず拍手をしてしまうとシオリは照れたように頭を掻いている。あっという間にさらだやとーすとというものを作り上げるシオリは本当に魔法使いみたいだ。

「リンちゃん。たまご焼き作ってみる?」
「え!いいんですか!」
「うん。最後の一個だけど、良かったら見よう見まねで挑戦してみよう!」

はい、とシオリが譲ってくれた先にはたまごを焼いていたふらいぱんという器具がある。ここにこの、あぶらを入れてたまごを入れて…シオリがやっていたように見よう見まねで挑戦して

「あ、ひ、ひっくり返せません!」
「リンちゃん、火がちょっと強いかも!」
「ひ、火ですか!?」
「ああーー!逆逆!」

シオリがあんなにも簡単そうに作っていたたまご焼きというものは私にとってはとてつもなく難易度の高いもので、出来上がったものはシオリが作り上げた綺麗な黄色のものとは似ても似つかないところどころ茶色に焦げた「たまご焼き」だった。


「アタシが食べるよリンちゃん!」
「いえ!私が…むしろ捨ててください!きっと体の毒になります!」
「ちょっと焦げたくらいじゃ毒になんてならないよ、大丈夫!」
「む?リン、しおりちゃん。何かあったのか?」

食卓にはシオリの作った綺麗な料理を並べて私の焦がしたたまご焼きをこっそりと処分しようとしているところをシオリに見つかってしまい今に至る。シオリは優しいから自分が食べると言ってくれるけどこんなものを食べさせるなんてとんでもない…!と問答していると防衛任務からユーマが帰ってきてしまったようだ。

「あ、遊真くんおかえりー。ね、リンちゃん初めてたまご焼きを作ったんだよ!大進歩だよね」
「ほう!それは興味深いですな」
「シオリ…!ユーマ、おかえりなさい。その、ユーマにはシオリの作った綺麗なたまご焼きがあるのでそっちを──」

食べてくださいね、と私が言い切る前にユーマはお皿に乗っていた私の焦がしたたまご焼きをひょいっと持ち上げてそのまま口へと入れてしまった。

「あ、ああー!!」
「ふむ。たしかにちょっと焦げてる」
「ユーマ!な、なんで…!」
「リンが初めて作ったんだろ?だったら譲れないと思ってな。ごちそうさま、リン」
「遊真くん格好良いー!でもアタシもリンちゃんの初めてのたまご焼き食べたかったのに!」

このー!とシオリがユーマの頭をわしゃわしゃと乱している。どこか満足気なユーマに、空っぽになったお皿を見て申し訳なさとそれに勝る嬉しさに包まれている自分がいることに戸惑いを隠せない。どうせならもっと美味しいものを、綺麗なものをユーマに食べてもらいたかったな。でもユーマに私が初めて作ったたまご焼きを食べてもらえたのは、嬉しかったな。

「リン、いいことをおしえてやろう」
「ヨータロー?何ですか」

ちょいちょい、と手招きをされてヨータローに近付くとヨータローは親指を立てる。

「料理はあいじょうが一番のすぱいすだ、リン」
「! 勉強になります、ヨータロー…!」

うむ、と言って手を差し出してきたヨータローの手をしっかりと握り返す。ヨータローの教えを胸に今度こそ美味しい料理を成功させたいと願うのだった。



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