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 本気で戦う方法 / 空閑



「む? なんだか賑やかだな」
「ああ。嵐山さん達に取材が来てるんだよ」

しゅんと個人ランク戦をするために本部に来れば大きな機材を持った人達が目に入った。しゅん曰くあれは取材や撮影に使う道具らしくたまに本部まで招かれることもあるそうだ。アラシヤマ達は忙しそうだな。ところで。

「ふむ。サツエイとはテレビのことか?」
「今日のは雑誌とかじゃないかな。ほら遊真先輩見たことない?本屋とかで嵐山さんが表紙になってる雑誌とか」

言われてみれば確かにそんな本を見かけたことがある気がする。一緒に歩いていたチカに「アラシヤマが写ってる」と言えば「広報のお仕事なんだよ」とかなんとか言われた気が。あまり興味がなかったからそのまま流してしまったがあの表紙はこのようにサツエイされていたのか。

「今は嵐山隊が広報の仕事を殆ど引き受けてるらしいけど、前は色んな人が雑誌に載ってたみたいだよ。迅さんでしょ、太刀川さんでしょ、あとリンちゃんも載ってたかな」
「リンも?」

それは少し意外だった。
リンはどちらかと言うと目立つのはあまり好きじゃなさそうだと思っていたから。……あのリンが本に載りたがるか?

「リンちゃんはランク戦の時の表情が良かったからかなんかで使われたみたいだよ。しかも表紙!それを見たリンちゃんは顔を真っ赤にも真っ青にもして暫く本部に顔出さなかったもんなーあの時!」

あははは!としゅんが当時のことを思い出したように笑う。なるほどそれなら納得だ。リンは頼まれれば大体のことを承諾してしまうお人好しだ。写真も使わせてくれと頼まれて断れなかったんだろうな。リンらしい。

「しゅんはその雑誌を持ってるのか?」
「うん、持ってるよ。あの雑誌は迅さんの特集もあったからとってあるんだ」
「ふむ。それは良いことを聞いた」
「あ、遊真先輩も見たい?明日持ってきてあげよっか」
「是非ともよろしく」

しゅんの気遣いに遠慮することなく甘え、次の日約束通りしゅんはリンが表紙になっている雑誌を持ってきてくれた。ランク戦に勝利した時の表情だろうか。安堵したような儚げにも見えるリンの表情は見たことのないもので確かに表紙に使いたくなるのも分かるものだ。

「このリンちゃん美人さんだよね。この号は迅さん効果もあって売り切れ続出だったんだよ」

しゅんは楽しそうに雑誌のページを捲る。迅さんも大きく写っていて沢山の文字が並んでいるが生憎おれは難しい漢字や長い文はちゃんと読めないのでパタンっと雑誌を閉じてまたしても表紙のリンの姿をまじまじと見つめることにした。うん。

「なあ、しゅん」
「ん? なに遊真先輩」
「この雑誌を賭けておれと勝負しない?」


***


「ただいまー」

といつもより弾む声が聞こえて来る。帰ってきたのは遊真君だ。まだレイジさんが迎えに行くには早い時間だから誰かに送ってもらったのだろうか。遊真君はコミュニケーション能力が高くボーダー内でもどんどん友達を増やして楽しそうにしている。それが私や玉狛支部の皆も嬉しくして仕方がない。

「おかえり遊真君。なんだか楽しそうだね」
「うむ。大変ご機嫌なのです」

私の問いかけにやっぱり満足そうな返事が返ってくる。そんな弾むような遊真君の声に私まで嬉しくなってしまう。そうだ、確かレイジさんが作り置きしておいてくれたおやつがまだ残っていたはずだ。遊真君は結構食欲旺盛だし夕食前だけど少しなら食べても問題ないだろう。
そう思って席を立つと遊真君の手には──

「!? えっ、は!?」
「無事手に入れたぞ、リン」
「な、ななな……!?」

満足気に親指を立てる遊真君が手に持っているのはいつぞやの雑誌。そう、それこそ暫く本部に顔を出せなくなった過去を持つ忌まわしき雑誌だ。何度か取材を断っていたら「ランク戦の写真を使わせてほしい」と数人に頭を下げられ渋々承諾したら嫌がらせなのかは知らないが表紙に写真を使われたあの雑誌だ……!

「な、なんで!?結構前の雑誌なのに…」
「しゅんから勝ち取りました」

駿君!なるほど駿君ね。確かにこの雑誌には大きく「迅悠一特集」と謳い文句が載っている。駿君なら大切に取っておいても不思議はない。不思議はないけど…!

「…なるほど?つまり遊真君は迅さんの特集が読みたかったと。なら表紙はいらないよね?」
「何言ってるんだリン?おれは日本語はまだあんまり読めないぞ」
「うっ…!じゃ、じゃあなんで…」
「リンの表紙が欲しかったからに決まってんじゃん」

当然だろ?と言わんばかりの表情で遊真君が言う。そんな揶揄うわけでもない真面目な顔でそんなことを口にされたら何も言えるわけがなくどんどん顔に熱が溜まっていくのが分かる。狡い。遊真君は狡い。きっと遊真君は玉狛支部の一員として私を好いてくれているけれど私は違う。私はその。ちゃんと遊真君が「好き」なんだ。だから私が表紙の雑誌を欲しかったと言われて嬉しくないわけがない…けど恥ずかしいのも確かで!居ても立っても居られず遊真君から目を逸らすと遊真君はそんな私に近付いて顔を覗き込んでくる。

「おれがこの雑誌を持ってるの、嫌か?」

そしてそんなまたしても狡い質問を投げかけてくる。嫌、なわけがない。そこにどんな意図があろうと遊真君が私が表紙になっている雑誌を持っていたいと言うのならあの時写真を使うことを承諾して良かったとやっと思えることが出来るくらいには…嬉しい……けど…

「………い、いや…」

嬉しい!私にも遊真君の写真ください!くらい正直に言える性格になりたかっと心の中で嘆きながら私は思っていることと真逆の答えを口にする。遊真君に嘘を吐いても無駄だと分かっていても恥ずかしいものは恥ずかしいんです。

「リン」

否定の言葉を口にしたと言うのに遊真君はやっぱり楽しそうな声で私の名前を呼ぶ。きっと私の顔はもうタコさんみたいに真っ赤なのだろうと自覚出来るくらい顔が熱い。恐る恐る遊真君の顔を見るといつもより少し意地悪な笑顔を浮かべている。

「可愛いウソつくね?」

きっと私が遊真君に敵う日はこないと断言出来るほどその声は優しかった。


***


「よう緑川。この前は白チビに完敗だったらしいじゃん」
「よねやん先輩、もーボコボコ。リンちゃんが絡むとやばいよ遊真先輩」

リンちゃんが表紙の雑誌を遊真先輩に見せたら遊真先輩はその雑誌を賭けて勝負をしたいと言ってきた。でもなぁ、その雑誌には迅さんの特集も載ってたし迅さんの特集は珍しいからあげたくないなぁって思って渋っていたら遊真先輩にしては珍しく折れずに「10本勝負でおれが全勝したら譲ってくれ」なんて無謀に聞こえる条件を付けてきた。確かに遊真先輩は強いけど流石に10本ストレート負けはないだろうし、本気で勝ちにいこうとする遊真先輩と勝負してみたいという好奇心に負けてその勝負を受けたら見事に完敗した。え、遊真先輩強すぎない?もしかして今までは手を抜いてたのだろうかと思うくらい強かったからそう聞くと

「そんなことないぞ。だけど今回は絶対に負けられなかったからな」

と答えて戦利品の雑誌を嬉しそうに持ち帰って行った。

「あーあいつリンにかなりご執心だもんな」
「ほんとにね。遊真先輩と本気で戦いたかったらリンちゃんにちょっかいかけるのが一番かも」
「はは、それは命知らずだろ」




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