物心ついた時から私達の生き方は決められていた。それを是と最初から受け入れた私は珍しかったようだ。

「なになに?今日は凛ちゃんなんだかご機嫌だねぇ」
「えっ、…そんなことないですよ」

突然童磨にそんなことを言われぎくりとしてしまう。顔にまで出ていただろうか。気を引き締めなきゃ、と両手で頬をぱちんっと叩くと童磨は不思議そうに首を傾げた。

「あれ、自分の心に嘘をつかないでって俺に言ったのは誰だったかな?」
「うっ」

以前私が童磨に言った言葉をそのまま言われ何も言えなくなってしまう。そんな私の姿を見て童磨はそれはもう楽しそうににまにまと笑っているのだからやっぱりこの男は少し意地悪だと思う。



この童磨という男は前世は鬼となり人を大勢殺していた。その手口は自分に救いを求めるものを殺して救ってあげていたとのこと。なんともまあ聞こえのいいことを。

「建前は立派ですけど本音はどうだったんですか?」
「えぇー、本音だよ?皆俺に食べられて救われたんじゃないかなぁ」
「そうなんですか?その状況なら人間って馬鹿だな。楽に補給が出来ちゃう。なんて考えに至りそうですけど」

その言葉に童磨がああ、確かに。と頷いた。

「昔から俺、そういうの分かんないんだよね。何も感じない。喜怒哀楽っていうの?人間はそんなものに支配されていて愚かだなって思ったよ」
「愚かだなって思うのも一つの感情ですよ、童磨」

私の言葉に童磨は面食らったような表情を浮かべる。

「貴方は多分、自分で思ってるよりちょっと意地悪さんなんです。それを隠すように綺麗に振る舞ってしまう。まずは自分の心に嘘を吐かずに行動しましょう。人は貴方が思ってるより愚かではありませんよ」
「……えー、なんか凛ちゃんのほうが教祖様みたいだね」
「私が?あり得ませんよ。私はただの──」



「凛ちゃーん?戻っておいで?」
「はっ」

童磨との昔のやりとりを思い出していてぼうっとしてしまっていたようだ。今は鬼が現れたという情報の元、始末するための行動中だ。油断は許されない。
童磨に少しだけ頭を下げて夜の街を徘徊する。炭治郎君の時代のムザン、という鬼は無駄に鬼を増やさなかったようだけど今の時代の鬼はそんなのお構いなしに鬼を増やしてしまう。否、ちゃんと「食事」を終わらせない鬼が多すぎる。死にきっていない「食糧」は鬼の血を得てそのまま鬼になってしまうことがある。もはや元凶がどこか探すのはほぼ不可能と言っていいほどこの世界に鬼は溢れていた。それが認知されない理由は彼らが基本闇の中でしか行動出来ないことと、驚くほどに身を隠すのが上手くなってしまったからだ。私達は鬼を殺すことは出来ても見つけ出す方法は視認しかない。私達は鬼の気配、というものを感じ取れないのだ。

ガタンッという音が深夜の街に鳴り響き、私も童磨も武器に手をかける。音の正体は酔っ払いの女性で、彼女が立てかけてあった板を倒した時に響いた音だ。紛らわしい、と同時になんて危険な。ふらふらと千鳥足の彼女は鬼からすれば美味しそうな食事でしかない。周りを見渡して鬼がいないか確認を、

「ギャァアアァ!!」

後ろからの絶叫に振り返ると童磨が私達を襲おうとしていた鬼の両手を氷漬けにしている。流石「伍」と言ったところか。鮮やかな童磨の仕事ぶりに感動していると今度は女の悲鳴が響き渡る。泥酔していた女性に目を向けると彼女は腰を抜かしていて今にも鬼が彼女を殺さんとしている。

「──っ!」

術は使えない。彼女にも被害が出てしまうから。刀も彼女が間合いに入ってしまっている。間に合わない…!
諦めずに走り抜けた私は彼女を抱き抱えて目の前にいた鬼から距離を取ることに成功した。成功した?すぐにでも殺せるはずの距離にいた彼女を助けることに間に合った…?

ドスッ、と。
脇腹にナニかが刺さった。焼けるような激痛に思わず顔を顰めると抱き抱えている女の顔がボロボロと崩れ落ちていく。

「ぐっ、ぅ…!」
「ァハハ、死ね!鬼狩り!!」

…擬態に特化した鬼……!彼女は容赦なく私の脇腹からナイフを引き抜くとトドメとばかりにそれを振りかぶる。かなり深く刺された脇腹は激痛を伴い体の動きを鈍くした。この距離だと私も術の範囲内だ。共倒れ──それもいいかもしれない。

「ァハハ、は、 は?」

愉快そうに笑っていた女鬼のナイフが私に落ちてくることはなく、落ちたのは彼女の頚だった。

「うるせえぇなぁぁ。お陰で場所がすぐ分かったけどなぁ」
「妓夫太郎……!」

近くの現場だったのか駆け付けた妓夫太郎は鎌で女鬼の首を斬り落とし、女鬼と組んでいたであろう彼女に迫っていた鬼は妓夫太郎と共に駆け付けた堕姫ちゃんが斬ってくれていた。鬼を退治し終えた童磨が駆け寄ってきて「うわぁ痛そう!」なんて呑気な声を上げるもんだから気が抜けてしまう。が、気を抜いてる場合じゃない。私は出血の止まらない脇腹に手を当てて治癒に専念することにした。

「げ、凛。それ大分深いんじゃないの?」
「んー…完全には、治せなさそうですね…」
「梅ぇ、お前も治癒出来るんじゃなかったかぁ?」
「こんな深い傷は無理よぉ!」
「俺も治せないなぁ。治癒は凛ちゃんが一番優れてるからなぁ…」

刺された脇腹を治癒をするものの治せるのは表面だけで中の傷は無理だろう。元々自分の治癒は苦手なのだから仕方がない。目を閉じて呼吸をゆっくり繰り返しながら破損箇所を修復していく。ふと、騒がしかった周りが静かになったので目を開けると三人が私のことを無言で見つめている。

「な、なに…?」
「…べ、別に……心配なんてしてないんだから…」

なんて、この時代では所謂「ツンデレ」と言われる言葉を吐いたのも吐かれたのも当の本人達は気付いていない。

「いやあ!凛ちゃんが死んじゃったら悲しいからね!死んじゃ駄目だよ!」
「あはは、それは心に嘘をついてないと信じたいですね…」

本当だよー!と笑顔のまま童磨が言う。イマイチ緊張感に欠けるが彼が悲しい、という感情を本当に得れるのならいつか私の死は彼のためにはなるのかもしれない。

「お前が死ぬと梅が泣くからなあぁ。死ぬ気で治せよぉ」
「本当ですか?それは…良いことを聞きました」
「ちょ、な、何言ってるのよお兄ちゃん!」

可愛らしい堕姫ちゃんに妹思いの妓夫太郎。その関係は出会った時から何も変わっていないけれど他人である私のことを少しでも気にかけられるようになったのは大進歩だと思う。二人も最初は荒れてたからなぁ…

「それにしても擬態が上手い鬼にはお手上げだねぇ。俺達は鬼の気配が一切分からないから」
「んなもん怪しければ全員ぶち殺せば良いだろおぉ」
「アタシもお兄ちゃんに賛成ー。人間かどうかなんて分からないもん」
「駄目、ですよ。そんなことしたら二人が罰されます。そんなの、嫌ですからね」

私の言葉に堕姫ちゃんと妓夫太郎は苦虫を潰したような顔をし、童磨は眉を下げて笑っていた。


一先ずの処置を終えて私は先に帰らせてもらえることになった。治せたのはやっぱり表面だけで中身は何も治っていない。こうしてる今も激痛が襲うけれど表面が完治しているため出血は抑えられ失血死しないのは有難い。

(……明日、)

明日は大切な約束がある。
何故かとても懐いてくれている可愛い後輩からのお誘いだ。私が鬼狩りをしていると知っても敬遠せず、それどころか毎日。本当に飽きもせず毎日会いにきてくれる可愛い後輩。
いつまでこの関係を続けることが出来るのか分からない。知ってしまえば彼は私の元を去るだろうから。それが私には相応しい。今が分不相応なのだ。でも、だけど。少しの間だけ、普通の人間みたいに過ごしてみたいと思ってしまうほど私はその後輩のことが気に入っていた。

「……炭治郎君…」

時刻は深夜2時。待ち合わせは13時。
傷が万が一にも完治することはないだろう。それでも約束を破る選択肢は私にはなかった。




[ 8/25 ]



×
- ナノ -