「見た目善し。頭も善し。人望もあっておまけに性格も良いときた。炭治郎、随分とお目が高いね?」
「な、何の話だ!」
「何のって…凛先輩のこと好きなんでしょ?」

こんな話をしているが今は授業中である。美術の授業でスケッチをしながら善逸がそんな話を振ってきたのだ。
俺と善逸と伊之助は運が良いことに全員同じクラスになることが出来た。入学式での一件は瞬く間に学校中に広まり俺は一年生にしてはなかなかの有名人になっているとのこと。いや、違うな。有名なのは凛さんのほうだった。この学校で斎藤凛という生徒を知らない人はいないと言っても過言でもないほど彼女は有名だった。それは善逸が言ったような理由も確かにあるが一番大きいのは──

「で?昨日のお昼休みも捕まらなかったの?」
「うん…」
「マジかよ。そいつ本当に学校に来てんのか?」

善逸の問いに返事をすれば伊之助が引いたように声を上げる。俺達が入学してからもうすぐで一ヶ月が経とうとしている。俺はもう、凛さんに聞きたいことが山ほどあって彼女のクラスを調べて放課後は毎日凛さんのクラスに足を運んでいた。だけど凛さんは放課後は忙しいらしく……多分、鬼狩りをしているからだろう。負担をかけるのも良くないと思い昼休みに会いに行くようにしてから二週間。信じられないことに凛さんは昼休みに教室にいたことがないのだ。先生の手伝いだの、委員の手伝いだの。凛さんはどんな些細なことでも手を差し伸べるまさに「女神」のような存在として学校では有名人だった。

「今日も行ってみるよ」
「うへぇ、よく続くね。そんなに好きなの?」
「す、好きとか!そういうのじゃなくて…」
「そういえば俺、アイツと喋ったぜ」

俺と善逸の会話を切るように伊之助が発言する。あいつ、アイツって?俺と善逸の脳裏には同じ人物が過ったのだろう。それを証拠に善逸の顔がみるみる青ざめていく。

「え、お前まさか」
「上弦の鬼。今は謝林っつー名前だった」

伊之助。彼女は謝花さんです。

俺達と同じく新入生として入学してきた彼女はその名前を謝花梅と名乗っていた。俺は彼女に記憶があることを二人には伝えられていない。どうするべきかと悩んでいるうちに伊之助が先に接点を持つとは思っていなかったけど。

「ままままマジかよ。ど、どうだった…?」
「どうも何も。無視するからお前覚えてんのか?って言ったら覚えてるわよって」
「はーーー!?気まずさMAXじゃん!?お前色々凄いね!?」

善逸の絶叫は凄まじいものだったが気持ちは俺も同じだ。流石伊之助というか。よく聞けたなぁ…。善逸の絶叫を聞きつけた先生に少しだけ怒られて頭を下げて。それによって冷静になった頭でこほんっ、と善逸は咳払いをして話を続けた。

「き、気まずくなかったの?だって俺達…前世では一応、殺し合ったじゃん…?」
「あ?んなもん前世のことだろ。今の俺達には関係ねーだろ」

キッパリと伊之助が言い切る。
前世の記憶があるというのは案外難儀なものだ。前世では出来たことが出来なくなっている悔しさとかギャップを感じてしまったりとか。そんなもどかしさを気付けば感じている。だけど伊之助は違う。あれは前世で俺は今を生きると割り切っている。正直言って俺と善逸は伊之助ほどちゃんと割り切れていないため伊之助の存在や言葉にどれだけ救われたことか。伊之助自身は特に何もしていないつもりだというのだから凄いものだ。

「そっか…そうだよな。でも、覚えてるのかぁ…」

割り切れてない善逸はやっぱりはあぁ…と大きい溜息をついてスケッチブックに目線を戻し、俺と伊之助も善逸に続くようにスケッチブックへと向かうことにした。


***


「よし!行ってくるな!」

いつも通りの光景に善逸と伊之助が送り出してくれる。昼休みになると俺はとにかく全速力で凛さんのクラスへと向かう。凛さんは二年生だから二階の教室だ。違う学年の階へと向かうのは最初こそ抵抗があったものの今となってはそんなものは微塵にもない。というかむしろ

「お!今日も走ってるな少年!」
「頑張れよー!」
「ありがとうございます!」

こうも毎日毎日走っていると先輩達も俺の存在を徐々に覚えつつあるようでこんな言葉を投げられることも日常茶飯事となった。
俺は走って走って、凛さんの教室へと着くと「あーーー」と凛さんのクラスメイト達から落胆の声が上がる。それで教室の中を見なくても結果は分かってしまった。

「竈門君、今日もあの子はお手伝いだよ」
「で、すよね……」

はぁはぁ、と息を切らしながら返事をする。凛さんのクラスメイト達もこんな俺の姿を見て凛さんに何回かお昼休みは教室にいるように声をかけてくれたらしいが凛さんを頼る人も減らず。そんな彼等を手伝いたいという善意の塊みたいな凛さんを引き止めることも出来ず申し訳ないと何度も謝られた。謝ることなんて一つもないのに、優しい人達なんだ。

今日も駄目だったな…と半ば諦め半分で走り抜けた廊下を戻ろうとするとトントン、と肩を叩かれる。振り返るとそこには

「お久し振りです。炭治郎君」
「し、しのぶさん!?」

制服に身を包んだ可愛らしい女生徒の姿が。見間違えるはずがない彼女は──胡蝶しのぶさんだ。前世では蟲柱としてその実力を奮っていた尊敬する人で、いつも俺達に優しく接してくれていた恩人でもある。

「お久しぶ……しのぶさん!俺のことを覚えてるんですか!?」
「はい、私は全て覚えていますよ。炭治郎君達も覚えているようなので隠す必要もないかと思いまして」

前世の記憶のままのしのぶさんが優しげに微笑む。前世の記憶は無いほうが幸せなのかもしれない。それでも、あの日々を共に過ごした人が俺達を覚えてくれているのはどうしても嬉しかった。

「ところ炭治郎君、斎藤さんのことが好きなんですか?」
「はい!………え!?ち、ちがっ……!」
「あらあら。耳まで真っ赤ですよ。なるほど、これは先輩としては応援してあげたくなりますね」

ふふふふ、としのぶさんは揶揄うような笑顔を浮かべている。見た目こそ以前よりは少し幼くなったように見えるけれどしのぶさんはしのぶさんのままで。その事実が嬉しいのと同時にやはりこの人には敵わないと思ってしまう。

「斎藤さんは放送室にいますよ」
「え?」
「今日は放送委員が斎藤さんに泣きついていましたからね。でも放送委員の仕事は少しのアナウンスとあとは音楽を流しているだけですから、お話が出来るんじゃないでしょうか?」

しのぶさんの言葉に目を見開く。時間はまだ5分弱しか経っていない。昼休みなら全然話す時間はあるだろう。俺のそんな考えを察してかしのぶさんは満足そうな笑顔を浮かべた。

「では、頑張ってくださいね」
「はい!ありがとうございます!」

そう言い残して俺は放送室へと向けて走り出す。流れていた音楽が小さくなりアナウンスが流れる。それは間違いなく凛さんの声で、やっと凛さんに会うことが出来ると思うと動悸が速くなるような気さえした。

……そりゃあ走っているのだから、動悸は速くなるんだけどな!



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