あの日受けた傷はどこにも残っておらず、母さんには「クラス会でどれだけはしゃいだんだい?」と笑われてしまうほど服は至るところが切り裂かれていてあの日の出来事が夢ではなかったことを思い知らされた。それは禰󠄀豆子も同じで、だけど俺達はあまりそのことを口にしなかった。いや、していいか分からなかったというのが本音だ。俺と禰󠄀豆子以外、家族に前世の記憶はない。だけどもし。鬼の話をしてしまって万が一前世の記憶が戻るようなことがあったら…それはあってはならないことだ。それに鬼がいる、なんて言っても信じてもらえないどころか心配されるのがオチだろう。

あの日から春休みに突入した俺は地元だけではなく電車で行ける範囲の図書館に片っ端から足を運んだ。ネットの情報はあまり鵜呑みに出来ないため、やはり鬼の記録が残っているのなら図書館のほうが可能性が高いと思ったからだ。だけど結果は空振りもいいところで。鬼がいた、なんて記録はやはりどこを探しても見つけることが出来なかった。でも記録は必ずあるんだ。だって彼女はムザンの名前を知っていたのだから。


「炭治郎、お前なんでこんなに春休み忙しいんだよ!俺達に構えよな!」
「すまない善逸…ちょっとな」
「あ?女でも出来たのかよ」
「はぁーーー!?初耳なんですけど!!」
「で、出来てない出来てない!何を言うんだ伊之助…!」

卒業式以来、約二週間ぶりに会った親友達は相変わらず賑やかで楽しい。それこそ前世からの付き合いなのだ。第二の家族と言っても過言ではないだろう。中学を卒業したと言っても俺達三人は四月から同じ高校へ通うことが決まっているので寂しいこともないのだが。

「んで?なーにを悩んでんだよ」
「え?」
「んな顔してたら俺らじゃなくても気付くだろ」

先程とは一転して二人が真面目な顔で俺を心配してくれる。二人はいつもこうだ。俺が何も言わなくても察して、手を差し伸べてくれる。その優しさにどれだけ救われたことだろう。
……話すべきかは正直悩んだ。話したところで今の俺達にはどうすることも出来ないから。二人に隠し事をするのは嫌だった。でも、何も分かってないことを口にしたところで混乱させるのはもっと嫌だった。

「うん、ごめん。確かに悩みごとはあるんだけどもう少し自分の中で整理したいんだ」
「ふーん?ま、炭治郎がそれでいいなら良いけどさぁ」
「あんま難しく考えすぎんなよ!」

俺が悩みを打ち明けなくても二人は変に追求せずに鼓舞してくれて、そのまま違う話題へと移ってくれた。そんな二人の気遣いや優しさが嬉しくて、この日は久し振りに鬼のことをあまり考えずに過ごすことが出来た。




春休みが終わり新しい制服に身を包んで今日から俺は高校生になる。新しい環境はやっぱり高揚感と緊張感を感じずにはいられない。とは言っても善逸と伊之助がいるというのは心強いもので、俺達は初日は待ち合わせをして学校に向かうことにした。可愛い彼女が出来るかなとはしゃぐ善逸に食堂のメシが美味いといいなと期待を膨らませる伊之助。そんな二人に絆されながら学校へと到着すると数名の生徒が門の前に立って入学おめでとう、と明るく挨拶をしている姿が目に入る。その光景自体は微笑ましく良い学校だな、と認識するには十分だった。
──その中の一人に見覚えがなければ。

「「え!?」」

声が重なった。俺と声が重なったのは善逸だ。俺は前を見て、善逸は横を見て。お互いが信じられないものを見たような声を上げて、その視線の先には対照的な表情をした女生徒が立っていた。彼女達は

「あれ?うちの新入生だったんですね。入学おめでとうございます!」

そう言って笑顔で微笑む、あの日俺を助けてくれた女の人と

「さいっあく」

嫌悪感を隠さずに善逸にそう言い捨てるうちの学校の制服を着た上弦の陸だった。
待て。待ってほしい。確かに色々情報は欲しいと思っていたが一気に来られるとこちらとしては情報過多で整理が出来ない。校門前で足を止まらせてしまった俺達に刺さる視線も痛いし、俺たちのそんな様子なんてお構いなしに上弦の陸はぷいっ、と俺達から顔を背けて校門を潜っていった。

「どどど、どういうこと!?え!?あっちも俺たちのこと覚えてるわけ…!?」
「まあ俺らも覚えてるしな」
「いや冷静!?」

頭を抱えて騒ぐ善逸に素っ気ない返事をする伊之助。そんな彼等をいつもなら嗜めるが今はそんな場合ではない。俺は考えるよりも先に校門前の女の人へと距離を詰めてその両手を包み込むように握りしめた。

「へ?」
「俺、竈門炭治郎っていいます!あの、良ければなんですけど…!」

ずっと聞きたかった。いや、この人に聞きたいことなんて山のようにある。あの日から俺はこの人を一度も忘れることが出来なかったんだ。刀を構える姿も。凛とした後ろ姿も。俺を心配そうに覗き込む姿も。優しく微笑む姿も。それこそ夢に見るほど彼女の姿は俺の目に焼き付いていた。

「え!?なになに、炭治郎まさか…!?」
「やるじゃねえか紋太郎!」

「お名前を教えてください!」

俺の誠心誠意の言葉に善逸が盛大にコケる。いやお前!?と後ろから善逸の叫び声が聞こえるけど俺は大真面目だった。だって俺はこの人の名前を知らない。聞いておけば良かったと後悔したし、伝え損ねてしまったことがあるんだ。
俺の必死な自己紹介に女の人は最初こそ呆気に取られていたがふふ、と笑い

「二年の斎藤凛です。よろしくね、竈門炭治郎君」

そう言ってあの時のような笑顔を浮かべてくれた。またこの笑顔を見られるなんて思っていなかった。──嬉しい。

「凛さん…!あの、この前は本当にありがとうございました!」

そう言って頭を下げる。ざわざわ、と辺りが騒がしい。彼女の名前も聞けて伝えたかった言葉を伝えれたところで俺はようやく多くの生徒に囲まれていることを自覚した。なんならカシャ、とシャッター音まで聞こえる始末だ。何を?と思い顔を上げると俺は未だに凛さんの手を握ったままだった。

「えー!斎藤さん新入生に告られてるの?」
「新入生の子顔真っ赤で可愛いー!」
「でも斎藤さんはちょっと高望みだなぁ」

そんな声に今の状況がいかに勘違いをさせるのかを悟り俺は慌てて凛さんの手を離して数歩下がって再び頭を下げた。

「す、すみません…!」

一体何に謝っているのか。というか俺はこんな公衆の面前で何を…!もう善逸のことを注意出来ないじゃないか!と沸騰しそうなほどぐるぐると思考を巡らせていると凛さんはあははっ、と楽しげな声を上げる。

「楽しい学園生活を送ってくださいね、炭治郎君」

凛さんはこんな状況でも全く動揺せずやっぱり優しく笑って俺達を見送ってくれた。この後、善逸に質問攻めされたのは言うまでもない。



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