「ムザン……ああ、大正時代の鬼のことですね」

ふむ、と女の人が何かを理解したように頷く。一方俺も禰󠄀豆子もこの状況を何も理解出来ていない。俺達の目の前に現れたのは鬼を刀で倒した女の人と長身の男の人と、そして──

「え、なになに?堕姫ちゃんこの子に殺されたの?へーえ!」
「アタシを斬ったのは金髪と猪頭の餓鬼よ!コイツはお兄ちゃんの頚を斬った餓鬼!」
「餓鬼って。堕姫ちゃんも同じくらいの年齢じゃん」

長身の男が可笑しそうにそう言えば機嫌を損ねたように目の前の少女はギャーギャーと文句を言い続けている。彼女は人間の姿をしているけど間違いなく上弦の陸の鬼だ。いや、元鬼と言うべきか。自分を斬った相手を覚えているということは彼女にも前世の記憶があるということで。前世であれだけの非道を犯し俺や禰󠄀豆子を痛ぶった鬼に萎縮して禰󠄀豆子を背に庇えば上弦の陸はチッ、と忌々しそうに舌打ちをした。

「なに?アタシがアンタ達に何かすると思ってるわけ?」
「……前世の記憶があるならそう思うのも仕方ないだろう」
「は?アンタも前世の記憶があるの?なのに何でアンタは普通に暮らせてんの?」

意味分かんないんですけど!と上弦の陸は心底不愉快そうに言葉を吐き捨てる。彼女の言っていることが何一つ分からない。一体彼女は何を……いや、それよりも一番気になることがある。

「さっきのは…鬼、だった」

その言葉に目の前の三人の視線が一気に俺に注がれる。少しの沈黙。その沈黙があれが「鬼」であると確信させた。ぎゅ、と禰󠄀豆子が俺の服を掴む。大丈夫、大丈夫だ禰󠄀豆子。兄ちゃんが必ず守り抜いてみせるから…!

「鬼だったら……なんだって言うのよ」

上弦の陸が感情のない声で俺に問う。背筋が凍るような威圧感に思わずごくり、と喉を鳴らしてしまう。この気配を俺は知っている。これは──殺気だ。あまりにも重苦しいそれに満足に息が吸えない。どうすれば、どうすればいい…!?


張り詰めた空気にパンッ!という渇いた音が響く。それにより緩んだ空気のおかげで俺は止まりかけていた呼吸を再開することが出来た。

「はい。そこまでですよ堕姫ちゃん」

両手を合わせて音を鳴らせた当人がこの緊張感が漂う空気には似合わない明るい声を出す。堕姫ちゃん、と呼ばれた上弦の陸は彼女のほうを振り返ると深いため息をついて壁を背にして腕組みをすると目を瞑って俺達から無理矢理意識を切ってくれた。それを善しとして女の人が再び俺達に近寄ってきて軽く頭を下げてくれる。

「ごめんなさい、体調は大丈夫ですか?」
「えっ、と…だ、大丈夫です」
「良かった。安心してくださいね。何があっても私達は人間には危害を加えませんから」

ね?と上弦の陸にその女の人が優しく微笑むと上弦の陸は渋々と「分かってるわよ」と小さな声で返事をする。彼女達が一体どういう組み合わせなのかとか、それも確かに気になったが俺にはどうしても聞かなければならないことがあった。

「あの、人間にはってことは…貴女達は鬼と、戦っているんですか?」

堕姫と呼ばれた彼女は鬼の存在を否定せず、目の前のこの人は人間には危害を加えないと言った。それはもう、答えを与えられたようなものだった。

「はい。私達は鬼狩りをしています」
「やっぱり…貴女達はこの時代の鬼殺隊なんですか?」
「きさつたい…えっと」
「俺達の時代の鬼狩りのことだよー」

長身の男がそう口にすると女の人は納得したように頷いた後、静かに首を振った。

「そうでしたね。ムザンの代を終わらせたのが鬼殺隊という名前でしたね」
「無惨のことも知っているんですか?」
「はい。昔はこの国では鬼の存在は珍しかったはずです。彼は極めて稀な成功例でしたから記録にも残っています」
「記録……!?」

鬼の記録なんてものがあるなんて信じられなかった。これでも俺はこの記憶が本当に正しいかどうか分からなかった時に図書館を巡ったりネットを漁ったりして鬼についてかなり調べつくしたはずだ。だけどフィクションものは沢山あれど「無惨」の記録なんてどこにもなかったのに。

「あの、それは…」
「私達はきさつたい、ではありませんがこの時代では私達が鬼狩りを引き受けます。貴方達は何も気にせず、夜遅くに出歩くことだけは気をつけて幸せに暮らしてください」

にっこりと。優しい笑みを浮かべてその人は話を切り上げた。くるりと踵を返して去っていく後ろ姿に続いて長身の男は俺達に「じゃあねー」と軽く手を振り、上弦の陸は俺達を一瞥して何も言わずに二人とも女の人共にその姿を消してしまった。

「……お兄ちゃん」
「禰󠄀豆子、…よく、分からなかったな…」
「うん……」

俺も禰󠄀豆子も混乱しきっている。だけど今日は一先ず家に帰ろう。考えるにしてもいつまでもこんなところにいてはいけないだろう。俺は歯を食いしばって痛むであろう体に鞭打って立ち上がると──

「あれ?」

痛みは全くやってこなかった。
それはおかしいだろう。もしかして神経が死んでしまったのだろうか。最悪の可能性に血の気が引き、俺は慌てて切り裂かれた肩口に目をやる。

「………え?」

肩口は確かに切り裂かれていた。破れた服やそこに残ったままの血の跡がそれを物語っている。だけど傷跡はどこにもない。


──良い薬を持っているので塗らせてくださいね


そう言って優しく手当てをしてくれた彼女。
彼女は一体何者なのだろう。どうして上弦の陸達と行動をしていて、だというのに鬼を狩っているのか。そもそも鬼がまだいるなんて……

「あ………」

あまりにも多すぎる情報量に頭がパンクしそうな中、あの優しく微笑む彼女の名前を聞いておけば良かったなと。そんな好奇心が俺の胸を締めた中学の終わりだった。




[ 2/25 ]



×
- ナノ -