炭治郎君とお付き合いするようになって一月が経とうとしていた。大分暑くなってきて制服も冬服から夏服へと姿を変えていく。今年の夏も暑くなりそうだな、なんて思いながら今日も私は恋人を待っていた。

「凛さん、おはようございます!」
「おはようございます、炭治郎君」

炭治郎君は直接学校へ向かったほうが早いと言うのに付き合い始めてから毎日私の家まで迎えに来てくれている。申し訳ないからいいですよ、と伝えても「俺が朝一番に凛さんに会いたいんです」ととても良い笑顔で言われてしまえば断る理由はない。炭治郎君はその。結構頑固というか強引なところがある。それは付き合う前からそうだった気もするのだけど、どうしても遠慮することが身に付いてしまった私からすると炭治郎君の強引さには救われていた。本当は私だって炭治郎君と少しでも一緒にいたいな、とか。思っていても口に出せないのが私だ。それを炭治郎君は軽々と越えてきてしまうのだから……嬉しくないはずがなかった。

「大分暑く………」
「? どうしました?」
「凛さん、怪我してますね?」

うっ、と。図星を突かれて黙ってしまう。確かに私は昨夜の鬼狩りで怪我を負いそれはまだ完治していなかった。だけど以前のように歩くのが困難なほどではないし、体育の授業は見学すればバレないだろうと思っていたのだけど炭治郎君にはすぐにバレてしまう。彼は鼻が効くらしい。それを教えてもらってからはバレないように湿布や薬品を使うことは避けたのだけど、彼は「痛そうな匂いがする」と感情すら嗅ぎ取ってしまうのだから隠しようがない。

「えっと、そんなに痛くないですよ?心配しなくても大丈夫です!」
「心配しますよ…はぁ、どうしても俺は手伝えませんか?」

そしてこれである。炭治郎君は今でも諦めずに贖罪者の手伝いをしたいと言い続けている。炭治郎君は贖罪する罪がないのだからそんなことをしなくていいと伝えても「凛さんを守りたいんです」の一点張り。……その、それはまあ、気持ちは有り難いんですけどね?

「最近は人間に擬態する鬼が増えてきて本当に危険なんです。炭治郎君の気持ちは嬉しいんですけど……」
「人間に擬態?」
「はい。私達贖罪者は鬼の気配を一切検知出来ません。視認するしかないんです。だから炭治郎君を守り切れる自信が…」
「あの、凛さん。多分なんですけど…俺、鬼と人間を見分けることが出来ます」

え?と。炭治郎君の言葉に首を傾げる。鬼と人間は見た目に違いはあるものの知恵と実力のある鬼は本当に見分けがつかないほど人に化けるのが上手い。だけど炭治郎君の目には確信の色が宿っていて。

「正確には嗅ぎ分けられるんです。ほら、凛さん覚えてますか?初めて俺と会った日のことを。あの時、俺は確かに相手から鬼の匂いを嗅ぎ取っていましたが見た目は間違いなく人間のものでした」
「………確かに」

あの夜のことを思い出す。…あまり鮮明には覚えていないけれど確かに彼らを襲っていた鬼を見て「擬態の上手い鬼」だと思った記憶がある。人間が人間を襲うのに爪で肌を引き裂くなんてことはまずしない。彼が鬼だと看破できたのは炭治郎君達が襲われていたからだった。

「ね?俺、絶対に凛さんの役に立ちますから!」

炭治郎君の言っていることが本当ならこれほど心強いことはない。擬態している鬼を最初から看破出来れば間違いなく優勢に立てる。立てる、けど……

「ううう…で、でも、炭治郎君を危険な目に遭わすのは…」
「それこそ俺の台詞です!凛さんが危険な目に遭ってるのに何も出来ない自分が許せませんし、何より凛さんを傷付ける鬼を許せません!」

なんて。私の手を両手で握り締めて「貴女のことを想ってます!」という感情を好きな相手にぶつけられて嬉しくないはずがない。そしてこうなった炭治郎君が折れることはまずないことも私は知っている。

「わ、わかりました…」
「本当ですか!?」
「でも!上に聞かなければ贖罪者でない炭治郎君を巻き込んでいいか私では決めれません。連絡を取ってみるのでもう少し待っててくれますか?」
「はい!絶対に凛さんのことを守りますから!」

大好きです!と炭治郎君は往来だというのに私に思い切り抱きついてくる。本当に頑固で強引で可愛くて優しい──大好きな人。

あの夜、炭治郎君達を助けることが出来て本当に良かった。私達が駆け付けるのがもう少し遅れていたら炭治郎君達は生きていなかったかもしれない。贖罪のため。罪を償うため。それだけを胸に贖罪者として鬼を狩っていたけれど私はもしかしたら鬼を狩ることで誰かの大切な人を間接的に守れていたのかもしれない。それに気付かせてくれたのは炭治郎君だ。守れて良かったと、守るために夜を駆けているのだと最近は思えるようにもなってきたのだから。

「炭治郎君」
「はい?」
「大好きです」

想いを伝えると弾けんばかりの笑顔を炭治郎君は私に向けてくれる。こんな幸せでいいのか、今でも戸惑ってしまうことがある。それでも私は炭治郎君の手を離す気はない。何度も離そうと思った。それでもどうしても離せなくて、そして彼も離してくれなくて。これが私の今世での罪だと言うのなら来世でまた償いましょう。








[ 25/25 ]



×
- ナノ -