「私はただの人殺しですから」

全てを諦めた顔でそう言った凛ちゃん。階級は参。俺も前世では結構沢山の人を食べちゃったし殺したと思うんだけどそんな俺でも階級は伍だった。へぇー、大人しそうな顔をしてるのに意外だなぁと思った俺は出会ったその日に凛ちゃんの過去全てに目を通した。
感想としては凄いなと。人間はここまで悪魔になれるのかと驚いたよ。勿論、凛ちゃんの家族を拷問した末に生きたまま焼き殺した奴らのことだけどね。でも、凛ちゃんも凛ちゃんだよ。こんな死んだほうが幸せだったような拷問に一週間も耐えてしまって、守りたかった両親は惨殺された。憎悪により暴走したと言っても彼女のしたことは復讐でしかなかっただろう。それを罪と認められ贖罪者参として鬼狩りをさせられるなんて理不尽な気がするんだけどなぁ。

「凛ちゃんはさぁ、もっと欲張っても良いと思うんだよ」
「? どういう意味ですか?」

今日も今日とて負傷した傷を凛ちゃんは治していた。凛ちゃんと組んでいるのは楽だよ?だって全部凛ちゃんが先陣を切ってくれるから。だからこうやって傷を負うのも大体凛ちゃん。流石に悪いかなぁと思って俺が先陣を切ると言っても凛ちゃんは大丈夫、とその立場を譲らなかった。彼女は罰を求めているから。

「幸せになりたいとか、これが欲しいとか。もっと欲を出さないと折角の人生が勿体無いよ?」
「心配してくれてるんですか?ありがとうございます。でも大丈夫ですよ」

そう言われてしまうと俺も何も言えなくなってしまう。俺は救いを求める人にはいくらでも欲しい言葉をあげていた。救いを求めてる人ってのは言ってほしいことが手に取るように分かるから。だからその言葉を口にすれば嬉しそうにする簡単な仕事だったんだ。
でも、救いを求めてない。それどころか罰を求めてる子にはどうしていいか分からないのが本音だった。どれだけ褒めようと、どれだけ前世は前世だと言っても凛ちゃんは靡かない。悲しそうにするだけだ。何を言っていいか分からない俺には一緒に鬼狩りをすることしか出来なかった。

「炭治郎君に私の階級と前世を話してくれませんか?」

だから凛ちゃんにそう言われた時は驚いたよ。そもそも凛ちゃんからの頼みなんて滅多にないのに内容が内容だ。他人に自分の前世などあまり話したくないだろう。特にたんじろーくんと凛ちゃんは仲良くしていたはずなのに。

「別にいいけど…どうして?」
「もう、終わりにしなきゃいけないんです」

何を終わりにするというのか。それに、前世を話してしまったら終わりになる程度の関係だったのか?

「炭治郎君に軽蔑してほしいんです。お願い出来ますか?童磨」
「…うん、分かったよ。俺にまかせて」

凛ちゃんの頼みを引き受けると凛ちゃんは酷く哀しそうな表情を隠しきれないまま笑顔を作った。ありがとう、と。そんな顔でありがとうと言われるくらいなら引き受けなきゃ良かったかな。俺はまだ人の感情の動きがよく分からない。喜怒哀楽は分かるようにはなったけれどそこに至るまでの心の変化を捉えるのはどうしても苦手だ。
だから俺はとりあえず凛ちゃんのお願いを忠実にこなそう。でもちょっと嫌だなぁと。胸の辺りが苦しくなった気がした。


「童磨さん!」

いつもの喫茶店に向かう道で名前を呼ばれ振り返るとそこには

「あ、たんじろーくんじゃん」
「はい。以前はありがとうございました!」

前にあの喫茶店で長く話をした炭治郎君が元気いっぱいといった感じで声をかけてきてくれた。この子も本当に真っ直ぐな子だよなぁ。自分を蔑ろにする凛ちゃんはこの真っ直ぐさに押し切られて落ちたのかな…って。

「凛ちゃんと上手くいったんでしょ?おめでとう!」
「ありがとうございます!童磨さんにはなんてお礼を言ったらいいか…」
「俺?俺は何もしてないよー」
「いえ、童磨さん。凛さんのこと話すの本当は嫌だったんでしょう?でも凛さんのために俺に話してくれた。そのおかげで俺は凛さんの全てを受け入れようって覚悟を決めれたんです」
「──へぇ、何で分かったの?」

たんじろーくんの言葉に素直に驚く。俺は確かに凛ちゃんの前世を話すのは乗り気じゃなかった。でも、お願いされてしまったから。軽蔑されたいとあんな悲痛に願った凛ちゃんのお願いを無碍になんて出来なかったから話したんだけど…

「俺、鼻が効くんです。童磨さんが凛さんのことを軽蔑するなら早く、と言った時に嘘の匂いと哀しそうな匂いがしました。その時に思ったんです。童磨さんはきっと凛さんのことを大切に思ってるんだなって…」

凄いな。感情の匂いを嗅ぎ取れる嗅覚?それは想像出来なかった!たんじろーくんには隠し事をしても通用しないだろう。まあ俺も隠し事とか嘘とかは好きじゃないから元々あんまりつかないんだけどね。

「凛ちゃんはさ、良い子なんだけど自分に凄く厳しくて自分を赦せない可哀想な子だと思ってたんだ。どうにかして救ってあげたいと考えたこともあったんだけど俺には無理で。誰かあの子ことを救ってくれないかなってずっと思ってたんだ。だから」

昨夜の凛ちゃんの表情を思い出す。頬を染めて本当に幸せそうに笑う凛ちゃん。贖罪者としての彼女は何も変わってはいないかもしれないけれど凛ちゃんという女の子は確かに幸せそうにしていて。

「ありがとねたんじろーくん。凛ちゃんを救ってくれて」

ずっと前世に囚われ続けている凛ちゃん。贖罪者の鑑みたいで息苦しい女の子。それがたんじろーくんと関わることでどんどん人間らしく女の子らしくなって。いつか幸せそうに笑う凛ちゃんを見てみたいと思っていた。だから──それが叶ったのは純粋に嬉しい。

「…俺も、童磨さんが凛さんのことを大切に思っていてくれて嬉しいです。………あの!で、でも!」

たんじろーくんがまるで昨日の凛ちゃんのように顔を赤くして俺のことを見据える。なんだろう?

「その!…凛さんのこと、好きになっちゃ駄目ですよ!もう俺の凛さんなんですから……!」

その言葉に本気で数秒固まってしまう。凛ちゃんのことを好きに?もう俺の?……ああ!これってもしかして!

「あらら!たんじろーくん!それってもしかしてヤキモチってやつかい?」
「うっ!…そりゃあ妬きますよ。童磨さんは夜凛さんと一緒に行動しているんですから…!」

ごにょごにょと、顔を真っ赤にさせたままたんじろーくんが呟く。ヤキモチなんて生まれて初めて?いやもしかしたら前世でも妬かれたことなかったなぁ。大体の女の子は俺のことを好意的に見てくれてたし。そう考えると一切そういう目で俺を見ない凛ちゃんと堕姫ちゃんとペアで鬼狩りが出来るのは俺にとって変なしがらみも生まれず幸せなことだったのかもしれないなぁ。

「大丈夫大丈夫!俺そういう感情分からないからさぁ」

誰かを好きになるとかそんなこと一度もなかったし。興味を持つことはあってもそれ以上って難しいんだよねぇ。あ、そういえば。

「たんじろーくん、しのぶちゃんは元気?」
「え?童磨さんしのぶさんと知り合いだったんですか?」
「あはは、そんなんじゃないよ。ただ、元気なら良いなって思って」

しのぶちゃん。前世で俺が死ぬ最大の一手を放った彼女。小さくて可愛らしい見た目に似合わず執念深くそして賢い子だった。俺は彼女から負の感情しか向けられなかったがきっと笑顔は素敵な女の子だったのだと思う。それを奪ったのは俺の行いだったと思うときっとそれはいけないことだったんだと今世でやっと理解は出来た。そしてしのぶちゃんが凛ちゃんやたんじろーくんと同じ学校に通っているのも知っていた。知っているだけだけど。

「俺も数回しか会ってませんが元気で楽しそうですよ!」
「…そっかぁ。よかった」
「えっと…もし良かったらしのぶさんと会ってみますか?」

俺、誘ってみますよ!とたんじろーくんがとんでもない善意を放ってくる。悪意なんて微塵にも持たないその言葉にちくりと胸が痛んだ気さえした。

「ううん、俺にはその資格はないから」
「資格…?」
「うん。俺の贖罪はまだまだ終わらないから。しのぶちゃんに会うつもりは一切ないよ」

俺の言葉にたんじろーくんは察したように言葉を詰む。俺はそんなたんじろーくんに敢えて自分の犯した前世の罪を口にした。

「前世でしのぶちゃんやしのぶちゃんの大切な人を殺したのは俺だよ。その過去から目を逸らすつもりは全くないけど償い方も分からないんだ。だから俺はせめて、贖罪者として鬼を狩る。そうすればしのぶちゃんや他の人が少しでも助かるかもしれないだろ?俺にはそれくらいしか出来ないからさぁ」

赦されたいとも赦してほしいとも思わない。だって俺は償い方が分からないから。凛ちゃんのように心の底から懺悔してるわけでもなく妓夫太郎や堕姫ちゃんのように割り切ってるわけでもなかった。ただ、俺の行いで少しでも多くの人を助けられるなら。前世で奪った命よりも結果的に今世で救った命が多くなれば良いなって。そんな曖昧な気持ちで鬼を狩っている。きっと俺が本当の意味で贖罪出来る日は来ないと思う。

「…償い方なんて誰にも分からないと思います。俺にも凛さんにも…それこそしのぶさんにも。でも、童磨さんは償いたいと思っている。そう思えているだけで償うという行為は始まっているんだと思います」

だと言うのに。
たんじろーくんはそんなことを至極真面目な顔で言ってくる。俺の償いはもう始まっていると。俺自身が分からない事柄に答えをくれるように。

「ええー…流石凛ちゃんを落とした子だねぇ」
「童磨さんは理解することが苦手なだけで人のことを思いやれる人です。いつか…いつかしのぶさんに謝れる日がきたら謝りましょう。赦してもらえなくても、気持ちを伝えることは出来ますから」


そんなきっと来ない日を夢見るように口にしてたんじろーくんは俺に頭を下げてその場を後にした。変わった子だなぁ。真っ直ぐでいつの間にか人の懐に入っているような子。あんなたんじろーくんだからこそ凛ちゃんのことを救えたのかなと思うと自然と笑みが溢れた。

人のことを思いやれる人、かぁ。まだあまりよく分からないけど凛ちゃんが嬉しそうなのは嬉しかったし、たんじろーくんがヤキモチを妬いているのは面白かった。
今はそれだけでいいや。俺は俺の周りが幸せならそれでいい。凛ちゃんと堕姫ちゃんと妓夫太郎が笑ってれば俺も嬉しいからね。



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