俺は今日は一睡も出来ていない。だと言うのに目は冴え切っていていつもよりも世界が輝いて見える。天気が良いのは勿論だが昨日の禰󠄀豆子の一言でそれこそ目が醒めたからだろう。早く凛さんに会いたい。もう、一秒でも早く会いたかった。待ち合わせよりも一時間も前に到着してしまったのもそのせいだろう。そわそわと、一分おき。いや、三十秒おきに時計を見てしまう。

「あれ、炭治郎君?」

まだ約束の三十分前だと言うのに早く聞きたかった声が俺の名前を呼ぶ。振り返ると可愛らしい私服に身を包んだ凛さんが驚いたような顔で俺を見つめている。

「約束の時間、まだでしたよね?」
「あ!はい!早く会いたくて!一時間前に着いてしまいました!」
「一時間も!今回はこの前待たせちゃったので私のほうが先に着いて待ってようと思ったんですけど、炭治郎君のほうが一枚上手でしたね」

そう言って凛さんは可愛らしく笑ってくれる。…この前の大きなワンピースも可愛かったけれど今日の凛さんの服装は凄くオシャレで女の子らしくて可愛らしい。というか、物凄く好みの格好なんだが…!?

「炭治郎君?」
「あ、えと!その…服装が…」
「え!どこか変ですか…?」
「違います!逆です!可愛すぎて凄く好みでどうしたらいいか分からないというか…!」

と。ここまで一息で言い切ってハッと口を閉じる。凛さんが少し不安そうな顔をするから心の声をそのまま発してしまったけれど引かれてしまっただろうか…!?

「ありがとうございます!お気に入りの服を着てきたんですけど、炭治郎君にも喜んでもらえて一石二鳥ですね」

少し頬を赤く染めて笑う凛さんが可愛らしい。そう、もう、本当に可愛らしいんです。俺が舞い上がり切ってしまってる頭を冷静にしようと必死に頑張っていると──

「炭治郎君も私服とっても格好良いですよ!」

照れたように凛さんがそんなことを言うものだから余計に舞い上がってしまった。


***


凛さんと念願のゲームセンターへと足を踏み入れると久し振りのゲームセンターは相変わらず音が凄まじい。俺がゲームセンターにあまり来ないのはこの音も原因で、一度善逸と一緒に来た時に善逸が死にかけたのだ。いやもう本当に辛そうだった。善逸は今世でも耳がいいからこういう場所は苦手らしい。俺もぷりくら?というやつは色んな匂いがするので二度とやりたくないと思っているが…凛さんに強請られたら二つ返事で了承してしまいそうなのでそうならないことを願おう。

「うわぁ…俗に言うテーマパークみたいですね!」

一方凛さんはというと。目をキラキラと輝かせて頬も高揚しているように見える。可愛い、じゃなくて。

「凛さんはゲームセンター初めてなんですか?」
「はい!凄いですね…ワクワクしちゃいます!」

あ!?と凛さんは何かを見つけたように早歩きで移動するので俺はそれを微笑ましく思いながら後について行くとそこには銃でゾンビを撃つゲームマシーンが。

「銃があるんですか!?撃つんですか!?」
「ゲームですよ、凛さん。やってみます?」
「えっ、ど、どうやるんですか…?」
「俺もやったことはないんですけど…画面に出てきたゾンビを撃つんだと思います」

なるほど…と真剣な顔をする凛さんは本当に可愛らしい。いやちょっと俺の精神が保つのか分からないくらい今日の凛さんは面白く可愛いが、出来るだけ冷静に振る舞えるよう耐えるんだ炭治郎…!


ゲームは思ったよりもゾンビがリアルで突然襲ってくるパニックホラーのようなものだった。俺達の後ろで見てたカップルは女の人が「こわいー!」と声をあげていたのでそういう楽しみ方もあるのだろう。──俺達は違っただけで。

「ふふん!私にかかればこんなものですよ!」

なんと。凛さんパーフェクトを叩き出したのです。襲ってくるゾンビに後ろの女の人が叫んでる中超冷静に頭を撃ち抜く凛さんに惚れ惚れとしたのは多分俺だけじゃない。しかもあのドヤ顔。ちょっと他の人には見せたくないので俺は凛さんに「凄いです!」と言ってすぐに移動することにした。

「でも本当に凄かったですね。初めてやったんですか?」
「はい!動体視力は鍛えてますからね」

やっぱりちょっと得意げな凛さんに頬が緩んでしまう。そんな俺を見て凛さんは顔を逸らしてしまう。あれ?と思い顔を覗き込もうとすると凛さんがお目当てのゲームを見つけて目を輝かせていた。

「た、炭治郎君…!これは…!?」
「クレーンゲームですね!やりましょう」

俺の言葉に凛さんは「はい!」ととても良い返事を返してくれる。クレーンゲームは沢山あって景品がそれぞれ違う。女の子が喜びそうなものから男が喜びそうなものまで。凛さん、何がやりたいんだろう。このうさぎのぬいぐるみかな。それとも──

「あ!私これがいいです」
「え?」

凛さんが指差したのはクッションほどの大きさのあるおにぎりのぬいぐるみだ。可愛らしくもあるがどちらかと言うと面白い?ようなぬいぐるみである。

「これでいいんですか?」
「はい!私、頭に海苔がついてるあの子を狙います!」

ふんっ!とやる気満々の凛さんにやっぱり笑みが溢れてしまう。操作方法を説明してお金を投函していざ!と意気込んでみたものの凛さん。先程のゾンビゲームとは打って変わってクレーンゲームが滅茶苦茶下手だった。

「むむ…!も、もう一度…!」
「ま、待った!もうかなりやってますよ!お金も勿体無いんじゃ…」

俺の言葉に凛さんも「うっ…」と悔しそうな声を上げる。なんて強い相手なんだおにぎり。凛さんはお金を入れる手は止めたものの名残惜しそうにおにぎりのぬいぐるみと睨めっこしている。

「そんなに欲しいんですか?」
「……欲しかったです」
「よし、じゃあ俺に任せてください」
「え?」

そう言ってお金を投函する。500円で6回出来るとのことなので出来れば6回までに取れると嬉しい…というか取れないとだいぶ恥ずかしいので俺はクレーンゲームに集中する。今日のために前の約束の時からクラスメイトにコツを聞いたり動画で見たりと。予習はしっかりしてきたのだ。それに何より、凛さんに喜んでほしい。その一心でクレーンを操作するが1回2回…現実はそう甘くないようでなかなかうまくいかない。だが勉強の甲斐あってかおにぎりのぬいぐるみはだんだん投函口に近付いてきている。

「わ!…ほっ!……うっ!」

…後ろでそんな気の抜ける声を出してる凛さんに意識を持っていかれないようにしながら最後の一回に挑戦する。上手いことタグに引っかかりおにぎりのぬいぐるみが持ち上がりそして──

「取れた!」
「凄い!凄いです炭治郎君!」

狙っていたおにぎりのぬいぐるみを見事に取ることが出来て嬉しさと安堵感に胸を撫で下ろす。左頭に海苔が付いていてちょっとキリッとした顔をしたおにぎりのぬいぐるみ。

「はい、プレゼントです」
「えっ!?い、いいんですか…?」
「勿論!凛さんのために取ったんです!」

そう言うと凛さんはおにぎりのぬいぐるみを抱き抱えるように受け取る。大きなおにぎりを抱えているというのはなかなかシュールな絵なのに凛さんだとそれすら似合ってしまうように見えるのが不思議だ。

「ありがとうございます!宝物にします!」

凛さんは弾けんばかりの笑顔を浮かべてくれた。


***


ぷりくら、というものをやらなくてもやはり匂いには酔うもので。態度には出さないようにしていたけど凛さんにはバレてしまったみたいだった。俺達はゲームセンターを後にして近くの公園のベンチに並んで座って休みつつも談笑をして楽しんで。──あっという間に時間は経っていた。

「凛さん、どうしてそのおにぎりのぬいぐるみが欲しかったんですか?」
「これですか?」

左頭に海苔がついててキリッとした表情のおにぎりのぬいぐるみ。確かに可愛らしいといえば可愛らしいが絶対に欲しい、と思えるようなものでもない気がする。

「だってこれ、炭治郎君に似ていましたから」

そんな。
凛さんはどうやっても嬉しくなるような答えしか返さないんだからタチが悪い。


「…凛さん、また遊びましょう。凛さんと一緒だと一日があっという間で、全然足りません」

もっとずっと一緒にいたいと心の底から思う。今日はまるで夢みたいな一日で、それくらい楽しくて尊くて。凛さんと一緒にいれるだけで俺はこんなにも幸せな気持ちになれるんだ。凛さんは…

「いいえ、炭治郎君。私と炭治郎君の関係は今日で終わりにしましょう」

酷く悲しい匂いをさせてそんなことを口にした。



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