※凄惨な表現が含まれます


親鬼は人の憎悪とか混乱とか狂気を見るのが好きだったみたいで。だから街の人達の限界が頂点に達した時にこう言った。「生贄を一人用意すればそいつが死ぬまでは街には一切手を出さない」ってね。で、選ばれたのは街の代表でもその家族でもなく、ただの一般家庭の凛ちゃんだった。酷いよね、理由は人より頑丈だからって言われてたけど要するに自分の身内以外なら誰で良かったんだよ、皆。それは凛ちゃんの家族も同じ。だからお父さんとお母さんは猛反対したんだ。どんなに良い条件を出されても、どんなに金を渡されても頷かなかった。だから拷問することにしたんだって。凄いよね、どっちが鬼か分かったもんじゃない。結局拷問されている両親の姿を見つけた凛ちゃんが二人を助けるように懇願して生贄になることを了承…まあ、何をされるかは分かってなかったみたいだけど結果としては了承したんだ。

生贄になった凛ちゃんの日々は凄いものだよ?一日目はとにかく両足を破壊されたんだ。逃げないようにするなら両足の腱を切るか切断すれば済む話だろう?でも親鬼はそうしなかった。足の指の爪を全て剥がしてから一本ずつゆっくり折ったり千切ったり。一秒でも長く苦しむように痛ぶったんだ。それからの日々はまあ、君が思いつく地獄の何万倍も痛く辛い思いをしたと想像してくれれば良いんじゃないかな。俺は詳細にも目を通したけど、大袈裟な作り話だと言われたほうが信じられる事実だったよ。聞きたいなら全部話してあげるけど…あ、いい?うん。そうしたほうがいい。想像するだけでも気分が悪くなると思うから。

そんな地獄の日々を過ごしながらも凛ちゃんはなかなか死ななかった。これには親鬼も驚いたみたいで。この鬼に痛ぶられて三日保った人間はいなかったのに凛ちゃんは飲まず食わずの拷問続きで一週間生き延びてしまった。殺すだけなのも惜しいな、と親鬼は気まぐれで思ったみたいだよ。まあこれがこの親鬼の間違いでも…凛ちゃんの間違いでもあったんだけど。

「なあ少女。お前は私をなんだと思う?悪魔か化け物か。ふふ、私も元々はお前と同じ人間だったのだよ」

鬼は随分と愉しそうだったみたいだよ。良い逸材を見つけた、とでも思ったのかな。まあ今となっては分からないことなんだけどね。

「私達は鬼。人間を遥かに超えた存在へと進化した姿だ。老いることもなく並大抵のことでは死なない。力にも満ち溢れている。ただし、鬼には選ばれた者しかなることが出来ない」

この時凛ちゃんは初めて鬼、という存在を認知したんだ。襲ってきた目の前の男も、包囲していた物体も化け物としか思っていなかったから。鬼なんて存在がいるなんてこの街には知られていなかったんだ。それは俺達の時代でもそうだったよね。鬼という存在は隠匿されるから。

「面白いことを教えてやろう。お前がここに連れてこられた時、両親を助けてくれと懇願していただろう?奴らはそれを承諾したその数時間後にお前の両親を火炙りにしたぞ」

凛ちゃんが生贄になったのは両親を助けたかったから。だっていうのに鬼がそんな信じられない言葉を吐いたんだ。本当か嘘かなんて分からない。だけど確認したいと思うのは当然だよね。

「父と母を殺し、お前をこんな目に合わせたくせに安穏と暮らしているあの男達が憎くはないか?」

そう言って鬼は自分の血を凛ちゃんの口に流し込んだ。この時点で凛ちゃんは鬼にされてしまったんだけど、鬼となって数人殺したくらいじゃ贖罪者には選ばれない。

「鬼になれば皆殺せる」

だから凛ちゃんはね。
この後、贖罪者になるに相応しい虐殺を行ったんだ。



俺達鬼には実は様々な殺し方があるんだよ。
君も知っているように陽光だったり日輪刀で頚を斬ったり。無惨様は教えてくれなかったけど鬼同士でも鬼を殺せるんだ。それは凝縮した術で心臓を貫くこと。勿論無惨様以外の親鬼もそんな情報を他の鬼には漏らさなかった。だから凛ちゃんが鬼化してすぐに自分を殺すなんて思ってなかったんだろうね。凛ちゃんは鬼になってすぐ、目の前の親鬼を惨殺したんだ。
凛ちゃんは鬼としての素質が「ありすぎた」んだよ。街一面を覆う炎を血鬼術発動させて誰一人。それこそ包囲していた野良鬼すら街から一人も逃さなかったんだ。その炎に触れれば一瞬で燃え尽きてしまうから。

街に戻った凛ちゃんは尋ねたよ。両親はどうしたって。誰も何も言わないんだ。皆凛ちゃんから目を逸らす。街の代表がにこにこと脂汗を浮かべながらご機嫌を取りに行ったんだけど凛ちゃんは街の代表を皆の前で焼き殺した。それからは阿鼻叫喚で謝ってくる者、泣き叫ぶ者、懇願してくる者、激昂する者。人間の負の感情は全て浴びたんじゃないかな。凛ちゃんは一人も残らずに殺し尽くしたよ。
無惨様に鬼にされた俺達が最初に襲われるのは「飢餓」だった。飢餓状態が満たされるまでは自我が戻らないんだよ。でも凛ちゃんが鬼になった時、襲われたのは「憎悪」だった。憎悪が満たされるまで凛ちゃんは止まらない、止まれないんだ。憎悪の対処は鬼であり、街の人であり、街そのものだった。凛ちゃんが街を焼け野原にしてやっと正気に戻った時には彼女は千人以上の命を奪っていた。そこで凛ちゃんはね、後悔したんだ。後悔だよ?俺は信じられなかったよ。だって先に凛ちゃんを捨てたのは街なのに、凛ちゃんは自分が死んでいれば良かったって悔やんで悔やんで。

憎悪が消えた凛ちゃんをそれから生涯苦しめたのは後悔と懺悔。でもそれも長くは続かなかった。街を一つ消した悪鬼なんてすぐに知れ渡るからね。あの頃の…君達でいう鬼殺隊のような集団があっという間に駆け付けたんだ。まあ、街は消えた後だからあっという間というのも語弊があるかもしれないけど。

凛ちゃんは何も抵抗しなかった。
自ら頚を差し出して、ただ両親が大好きで守りたかっただけの悪鬼はそうして生涯を閉じた。
それが贖罪者参、斎藤凛の前世。



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