俺には前世の記憶がある。
俺だけじゃない。幼馴染みの善逸にも伊之助にも、そして禰󠄀豆子にも前世の記憶がある。鬼と戦ったあの日々を俺達は今も覚えながら、あの時とは景色も文化も驚くほど進化したこの世の中で生活をしていた。
どれだけ歴史の本を辿っても俺達の記録は残っていない。それならそのほうがいいだろう。鬼がいた、なんてあってはいけないことなのだから。俺達が無惨を倒し、そして一番長生きした伊之助がその生涯を閉じるまで鬼という生き物が姿を現すことはなかったという。


鬼はいなくなった
そう信じて疑いもしなかった


「禰󠄀豆子…!早くこっちへ…!」

はぁはぁ、と荒い息を吐きながら俺と禰󠄀豆子は静まり返った道を走っていた。卒業式を終えクラス会に参加した俺に禰󠄀豆子が傘を届けに来てくれて。雨が降ってるなんて気付かなかった、ありがとう禰󠄀豆子。と傘を受け取り俺は一足先に禰󠄀豆子と帰ることにした。大分遅くなっちゃったからご飯でも食べて行こうかと提案して夕飯を食べたのが少し前のこと。

「近頃物騒だからね。君達も気をつけるんだよ」

会計時、店員さんにそんなことを言われた。
この時代は俺達のいた時代とは違って殺伐としているわけではない。しかし物騒な事件が後を経たないのもまた事実だった。店員さんが言うように近頃はこの近くで行方不明事件や殺人事件が多発している。犯人はまだ見つかっていないらしく、20時をまわったばかりだというのに人気はほとんどなかった。
静まり返った辺りが気味悪く禰󠄀豆子と帰路を急ぐことにした。大丈夫、俺が絶対禰󠄀豆子を守るから。そう心に誓い街灯も少ない道に差し掛かったところでソレは姿を現した。

「ハハッ、今日は二匹か」

愉しそうな声に足が止まる。反射的に禰󠄀豆子を背に庇うとソレは愉しそうに笑い続ける。

俺は、

「無駄無駄。人間の分際で俺に敵うと思ってんのかよ」

俺は、この時代でも鼻が効く。

「ほらほら、逃げないと──食っちまうぞ?」


だから俺にはあれが

 ──鬼であると分かってしまった


「禰󠄀豆子!そのまま真っ直ぐ……ぐあっ!」
「お兄ちゃん!」

背中に衝撃を受けそのまま地面に叩きつけられる。俺達を笑いながら追いかけてきた鬼に追いつかれ、鬼は俺の背中に乗ったまま愉しそうに笑い声を上げている。もがいても歯が立たず俺は覚悟を決めるしかなかった。

「禰󠄀豆子!逃げろ!俺のことはいい!早く…!」
「い、嫌!お兄ちゃん…!そんな…!」
「禰󠄀豆子……っぐ、うぁ……っ!」

鬼の爪が俺の肩を切り裂く。生まれ変わってからは味わったことのないような死を感じさせる痛みに恐怖と悔しさが募る。なぜ、何故鬼が存在している?前世の俺なら禰󠄀豆子を守り切れたはずなのに。記憶が残っているからこそ、今何も出来ない自分に腹が立ち悔しくて涙が滲む。

「う、あぁ…っ!」
「お兄ちゃん!やめて、もうやめて…!」
「ハハハッ!やめるわけねーだろ!」

がりがり、ざくざくと鬼の爪が俺を抉る。
…俺は、死んでしまうのだろうか。今度こそ家族を守り切ると。そんな誓いを守れないまま俺は……


「貴方が屑で助かりました」


その声が聞こえたのと同時に俺の背中から重さが消え、地面が揺れるほどの衝撃が響いた。

「ガッ、お、っ、まぇ … 」
「ありがとうございます。彼らを食べないでくれて。呆れるほどの屑ですね、貴方」

鬼が壁に磔にされている。目の前の──突然現れた女の人が手にしているもので胴体を壁に縫い付けられているからだ。何が起こっているのか全く理解出来ない。ただ解るのは、

「さようなら。来世で償いなさい」
「オ、鬼っ、狩イィイ ──っ!」

彼女がそう言って手にしていたものを振り抜くと鬼は断末魔を残して塵となってしまった。間違いない。彼女が手にしているのは刀だ。だけど鬼の頚を斬ってもいないのに鬼を消滅させ、何故刀なんてものをこの時代に所持しているのか。全てが不可解で理解出来ない。

「お兄ちゃん…!しっかりして…っ」
「っあ、禰󠄀豆子……」

禰󠄀豆子の声で我に帰ると途端に身体中に痛みが走る。息を吸って吐くだけで激痛が響き、前世を真似て全集中の呼吸を試みようとしてもそれは深い深呼吸になり痛みを増長させるだけだった。

「駄目ですよ、無理しちゃ」

そう言って鬼を斬った女の人がしゃがみ込んで俺に目線を合わせてくる。

「良い薬を持っているので塗らせてくださいね」

そう言って彼女が俺の傷口に触れる。ピリッとした痛みが走り、そのまま続く痛みを覚悟して目を瞑ったけれどいつまで経っても痛みは襲ってこず。おずおずと目を開くと目の前の女の人は優しく微笑んでくれた。

「はい、これで大丈夫です!今夜はもう安静にして、今日起こったことは忘れてくださいね」

ではでは。と女の人が立ち上がってしまう。
待って。待ってほしい。今日のことを忘れることなんて出来るはずがない。だって俺はアレが鬼だと知っている。どうして鬼がまだ存在するのか。貴女は鬼殺隊なのか。聞きたいことなど山ほどあった。

「あのっ──」
「あーいたいた。相変わらず速いねぇ」

俺が声をかけるのと同時に姿を表した長身の男が彼女に声をかける。はぁ、と彼女は溜息を零した。

「童磨。貴方はもう少し危機感を持ってください」
「あはは、ごめんねぇ?…と」

その男はへらへらと笑いながら俺と禰󠄀豆子に手を振り──え?ととても楽しそうな声を上げた。

「あれ、昔無惨様を怒らせた二人?君達も生まれ変わったんだ。そっかそっかぁ。死ななくて良かったね」

その男は楽しそうに笑いながら確かに「無惨」と口にした。俺はこの男と面識がない。それは隣で眉を顰めている禰󠄀豆子も同じだろう。だが、奴は俺を知っていて、無惨を様付けしている。それはつまり──

「ちょっと!アタシのこと置いていくんじゃないわよ!」

聞き覚えのある声に目を向けるとそこには人間の姿をしているものの今度こそ忘れようのない姿があった。それは向こうも同じだったのだろう。俺を見るなりその少女は「はぁーーー!?」とそれはそれはもう、嫌悪感を全く隠さない声を上げた。

「アンタ!お兄ちゃんを殺した鬼殺隊の餓鬼じゃない!」


鬼はいなくなった
そう信じて疑いもしていなかった
だけど俺を襲ったのは間違いなく鬼で
俺を助けてくれた人は昔の鬼と共に行動をしていた





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