※凄惨な表現が含まれます


むかしむかし。
本当にむかしの話だよ。ごく平凡で穏やかな街に凛ちゃんは生まれたんだ。街の人達は皆仲が良くてね。街にはいつも笑顔が溢れていたんだって。
凛ちゃんは両親の愛を一身に受けて何一つ不満のない毎日を過ごしてたんだ。でも彼女には少し人と違ったとこがあって。例えば他の人より少し頑丈だったり。例えば生まれてから一度も病にかかったことがなかったり。そんな些細なこと。両親や街の人も最初こそ不思議がっていたけど凛ちゃんは良い子だったからね。この子は神に愛されてるのかもねなんて軽く流されて当の本人も全く気にせず毎日の幸せを当然の権利だと思って過ごしていましたと。

でもそんな当然の権利が奪われるのは一瞬だった。

凛ちゃんの街は当時では小さくもないけどそんなに大きい街でもなかったんだよ。
そんな街を包囲するなんて彼…ああ、凛ちゃんの街を襲撃した鬼なんだけどね。彼にとっては簡単すぎる事柄だったんだ。どうやって包囲したかって?自分で増やした鬼に包囲させたんだよ。俺達も前世で無惨様にこの街を包囲しろって言われたら従ってたよ。親鬼の命令は絶対だからね。大人の男の人が包囲する鬼に斧を振り下ろしても鬼は瞬く間に傷を癒して男の人を返り討ちにしたんだ。でもその時はまだ男の人は死んでいなくて。

「い、痛い痛い、や、ゃめ、…ぅああ!!」

人の恐怖心を煽るには痛みが一番なんだよ。だから親鬼は包囲する鬼に命令して刃向かったその男の人を生きたまま少しずつ食べさせた。出来るだけ死なないよう、出来るだけ長い時間苦しめてね。痛い痛いって。やめて許してって大人の男が泣きながら懇願するのを目の前で見せられたら残された街の人が抗おうなんて気を起こすわけもないよね。
凛ちゃんのお母さんは見ちゃダメだと彼女を抱きしめたんだ。痛いくらいに抱き締められた凛ちゃんの耳に届いたのは男の人の聞いたこともないような悲鳴と聞いたこともない様な厭な音。バキッ、ゴキッ、そんな音。遠い昔の記憶なのに今でも鮮明に覚えてるみたいだよ。それくらい、恐怖心を植え付けられたんだ。

凛ちゃん達は街から一歩も出ることが出来なくなった。無惨様はこういうことをしなかったんだけど、凛ちゃんの街を襲った鬼はとにかく楽しんでたみたいだね。弱り惑い憔悴していく人間を見ることを。だから家の中に逃げ込んだ街の人をすぐには殺さなかったんだ。朝や昼なら鬼は活動出来ないからその間に逃げればいい?うん、それは多くの鬼に適応されるんだけど全ての鬼には適応されていなかった。分かるかい?凛ちゃんの街を襲った鬼は太陽を克服してたんだよ。
街を囲んだ鬼は親鬼の気まぐれで近くにいる街の人を男の人と同じように痛ぶるから誰も家から出れなくなったんだ。凛ちゃんは私達はどうなるのだろうと呟いた。凛ちゃんのお母さんは大丈夫だよ、と。お父さんはお母さんと凛ちゃんは必ず自分が守ると暖かく抱き締めてくれて。凛ちゃんはこんな状況だというのにこの両親の元に生まれて本当に良かったって幸せを感じてたんだよ。素敵だよね。良い両親だと俺も思うよ。もしも両親が酷い人だったなら、凛ちゃんは贖罪者にはならなかったかもしれない。


その日も夜がやってきて。夜は鬼の動きが活発になるから皆電気も点けずに震えるしかなかった。極度の緊張はやがて睡魔に変わり、凛ちゃんも例に漏れず眠りについたんだ。そんな彼女を呼び戻したのは信じられないほどの絶叫で。飛び起きた凛ちゃんが辺りを見回すと自分を挟むようにしていた両親の姿がどこにもない。凛ちゃんが最悪を想像するには容易すぎて。ニ階で隠れるように眠っていたんだけど転がり落ちるように階段を降りたんだよ。そうしたら一つだけ電気の点いてる部屋があって。そこから苦しそうな声がずっと聞こえてくる。怖いとか嫌だとか。そんなことより凛ちゃんは両親に会いたかった。また抱きしめてほしかった。だから少しだけ開いてた扉を開いてしまった。


それが全ての始まりで
全ての終わりだったんだよ。


***


そこはリビングで、いつもは三人で楽しく食事をしたり談笑をしたりする場所で。その椅子は両親を縛り付けるためにあるんじゃない。どうしてお父さんもお母さんも裸で椅子に縛り付けられてるの?お父さんのは目元はどうして真っ赤に染まって閉じられているの?なんでお父さんもお母さんも手も足も真っ赤に染まっているの?どうして──両親の目の前にいるのは人間なの?

「ああ、オハヨウ凛ちゃん」

にっこりと。そのヒトは手に血塗れの器具を持ったまま私に話をかけてくる。そのヒトは街の代表の男の人にとてもよく似ている気がした。いつも優しく私達のことを見守っていてくれた、あの人に。
他のヒトも。例えば本屋のおじさん。例えば薬屋のおばさん。そんな、見たことある人に似ているけど。皆手や衣服を血塗れに染めて嗤うようなヒトじゃなかった気が──

「ん゛ーーー!!んん゛ぅ!!」

お母さんが何かを叫んでいる。だけど布が口に詰められていて全く分からない。お父さんはよく見たら口元も血塗れで。気のせいじゃなければ歯が一本もないように見える。いつまでも叫んでいるお母さんの頭を本屋のおじさんに似てるヒトは持っていた鈍器で思い切り殴った。椅子ごとお母さんは床に転がり落ちて動かなくなった。なにが、起こってるのか、わからない。

「お父さんとお母さんはね、悪い子なんだよ」

街の代表に似ているヒトがよく知ってる声で私に話をかけてくる。にこにこと。信じられないほど気持ち悪い笑顔を浮かべて。

「分かるかい?君は選ばれた人間なんだ、凛。なら適任は君しかいないだろう。なのにお父さんとお母さんは頷かないんだよ。一つの命と千を越える命。君ならどちらが大切か分かるよね?」

なんの話か、分からなかった。だけどお父さんは違ったみたいで何が起こっているのか分かってるみたい。とっくに死に体に近い体を最後の力を振り絞ってガタガタと震わせて、まるで獣のような雄叫びを上げている。そんなお父さんの耳を、鼻を、周りのヒトがどんどん斬り落として──

「や、やめて!お父さんとお母さんを虐めないで…!」
「ああ、優しい子だね凛ちゃん。二人を助けたいよね?」

その言葉に私は首がもげそうなほど何度も頷いた。何でも良い。お父さんとお母さんが助かるのなら何でも良かった。そんな私の返答に街の代表に似たヒトは信じられないくらい気持ち悪い笑みを増長させる。

「いい子だね、凛ちゃん。じゃあ一緒に行こうか」

にこにこ、にこにこ。街の代表に似たヒトを取り囲んでいる大人のヒト達も皆にこにこと笑っていた。
手を強く握られ行き先も告げられずに歩かされる。逃げることは出来ない。逃げるつもりもなかった。でも一つだけ。

「お父さんとお母さんを助けてくれるよね?」

そう尋ねると皆口を揃えて「勿論」と応えてくれた。




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