翌日、何も変わらずに凛さんは学校に登校していて俺と顔を合わせると笑顔で挨拶を交わしてくれた。それは俺の知ってる凛さんで、俺の好きな笑顔のままで。俺はちゃんと笑えているだろうか。結局凛さんに慰められて、謝花さんに言われたことに答えも出せないままだ。はあぁ、と本日何回目になるか分からない大きな溜息をついてしまう。授業の内容なんて何も頭に入らない。気付けば昼休みになっていて、机に突っ伏していた俺に善逸と伊之助が駆け寄ってきてくれた。
「おーい。炭治郎さーん?どうしちゃったのお前」
「腹が痛ぇのか?」
二人が俺を心配している。…不甲斐ない。二人に迷惑をかけるのも嫌だが大丈夫だ、と言うのは嘘になるだろう。だからと言って理由も説明出来ない。そんな八方塞がりな状態に俺は「ああ……」とよく分からない返事をするしかなかった。
「すみません、竈門炭治郎君はいますかー?」
なんだか凄く聞き覚えのある声がする。そう、いつも癒されてる優しい彼女の声だ。そういえばいつも俺から誘いに行くばかりで凛さんからは誘ってくれたことはなかったな。いや、それ自体に不満はないんだけどもしかして迷惑じゃないかななんて考えたこともあった。でも凛さんは嫌じゃないって──
「あ、いましたね。炭治郎君、お昼ご飯を一緒に食べませんか?」
「う ぇ?」
気のせいかと思った声が頭上から聞こえてきて思わず顔を上げるとそこには声の主の通り凛さんが俺を覗き込んでいる。俺と目が合うと凛さんはにっこりと笑ってくれて本当に可愛らしい。………いやそうじゃなくて!凛さんから俺を誘ってくれるなんて…!?
「ごめんなさい、炭治郎君をお借りしても大丈夫ですか?」
「え!?どうぞどうぞどうぞ!こちらこそ炭治郎をよろしくお願い申し上げます…!?」
「お前アレだろ!権八郎の女!仕方ねえな、貸してやるよ!」
「ありがとうございます。ではお言葉に甘えて」
凛さんの言葉に二人が絆されるのが分かる。これは凛さんの才能と言っても過言ではないだろう。少し話しただけで相手の緊張を解き穏やかな雰囲気に変えてしまう。
「じゃあ炭治郎君、行きましょうか?」
「あ。は、はい」
善逸と伊之助に「いってくる」と声をかけて凛さんの後に続く。今日は食堂で昼ご飯を食べたいそうだ。何でも、凛さんは二年生だというのにまだ食堂を一度も使ったことがないのだと言う。俺も数回しか使ったことはないが初めてというわけではない。
食券を買わずに並ぼうとしたり、お盆を持たずに商品を貰いに行こうとしたり。凛さんは本当に食堂の使い方を分かっていなくて、恥ずかしそうに笑う姿は新鮮で胸が高鳴る。
「炭治郎君は何を食べるんですか?」
「俺ですか?そうですね…」
そういえば昨日の夜から食欲がなくてあまり食べていなかったせいか、凛さんの明るさに緊張がほぐれたせいか。その両方のせいだろう。かなりお腹が空いていた。ガッツリと食べるのも良いかもしれない。
「カツ丼にします。お腹減っちゃって」
「カツ丼、好きなんですか?」
「好きですよ。毎日食べようとは思いませんけど」
「なるほど。じゃあ私もカツ丼にします」
凛さんの言葉に少しだけ驚く。凛さんの昼食といえばサンドイッチとか菓子パンとか、あまり量を食べるイメージがなかったからだ。カツ丼といえば男子生徒でも満足出来るボリュームで人気がある。逆に言えば女子生徒はあまり手を出さないメニューであるのも確かで。
「結構量がありますけど大丈夫ですか?」
「大丈夫です。私、結構食いしん坊なんですよ」
ふふん、と得意げに言う凛さんが可笑しくて思わず吹き出してしまう。
「え!何で笑うんですか!」
「いえ、凛さんが可愛くて」
「かっ……もう、揶揄わないでください!」
凛さんは恥ずかしさからかお盆を持って先にカツ丼を貰いに行ってしまう。いつまでも笑っているとまた逃げられてしまいそうだな、と思いながら俺も凛さんに続いてカツ丼を貰いに行くことにした。
結果として。
凛さんは見事にカツ丼を完食した。
「ご馳走様でした」
「ご馳走様でした。凛さん、本当に全部食べれましたね!」
「はい!これくらいなら余裕です」
またしてもドヤ顔をする凛さんに笑いを溢すと、凛さんもそんな俺に釣られて笑みを溢す。凛さんとの時間はいつも穏やかで楽しかったけど、今日は格段に楽しい。なんていうか、そう。凛さんがいつもより俺に踏み込んでくれている気がする。どうしてかは分からないけど凛さんは誰とでもどこか線引きをしているような。仲良くなりすぎないように距離を置いている気がしていたから。
でも今日はそれがない。俺達は本当にただの先輩後輩で、友人で、ただの友人、で……、
「炭治郎君、聞いてますか?」
「え?あ、すみません!何でした…?」
凛さんの声に我に帰る。凛さんはそんな俺を見てやっぱり優しく微笑んでくれる。
「今度のお休み、暇ですか?」
ゲームセンターに行きましょう!と。
凛さんからのお誘いに俺は数秒間固まることになったのは言うまでもない。
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