5限目はとっくに始まっている。俺は生まれて初めて授業をサボってしまった。罪悪感に苛まれるが気持ちを切り替えて目の前の──謝花さんに向き直る。……謝花さんは当然のように5限目をサボったけれどもしかして常習犯なのか…!?

「で、何?アタシ別にアンタと喋りたくないんだけど」

謝花さんは話がしたいと伝えるとこの場に留まってくれた。てっきり無視をされてしまうかと思っていたから意外だ。でも機嫌はすごぶる悪そうで。…謝花さん。前世では上弦の陸であった彼女。俺達の手で斬った鬼。俺と喋りたくない条件なんて完璧に揃っていた。それでもどうやら話は聞いてくれるらしい。謝花さんは思ったより良い人なのかもしれない。

「えっと…謝花さんも贖罪者なんだよ、な?」

贖罪者と言う言葉に謝花さんは大きな目をさらに大きく開いた後、心底嫌そうな表情を浮かべる。

「何。凛から聞いたの?」
「いや、…童磨さんから」
「は?なんであの人が……」

俺と童磨さんが何故そんな話をしているのか合点がいかないのだろう。それもそのはずだ。俺と童磨さんはたまたま街で会い、その時に彼が気まぐれのように漏らした言葉なのだから。謝花さんは難しい顔をしていたが諦めたように溜息をついた。

「そうだけど」

あの日、俺に姿を見られた謝花さん。隠しても無駄だと悟ったのかあっさりと認めてくれた。

「それは、自分の意思で?」
「はぁ?」
「その、前世の罪を償うために鬼狩りをしているのか?」

謝花さんは前世で間違いなく沢山の人間を殺している。それは間違いない。ならば彼女は今世ではその罪に向き合うために鬼狩りを自らの意思で選んだのだろうか。いや、そうでないのなら──

「ばっかみたい」

謝花さんがまるで汚物を見るような目で俺を見てくる。善逸が以前言っていた。炭治郎、綺麗な人が怒ると本当に怖いんだよって。謝花さんは間違いなく綺麗な人で──信じられないほど怖い顔をしている。

「前世の罪?償う?そんなこと考えてんのは凛くらいよ。アタシ達は鬼狩りをしなければ殺されるの。殺されるくらいなら鬼を殺したほうがマシなだけよ」

謝花さんの言葉に今度は俺が顔を歪める番だった。鬼狩りをしなければ殺されてしまう。確かにそれはあまりにも横暴だ。でも、謝花さんは確かに前世で人を殺したじゃないか。それをここまで──!

「別に前世の罪として鬼狩りをやれってことはもう受け入れたわよ。アタシが納得いかないのはただ人間ってだけで赦されてる屑やアンタ達鬼殺隊の連中よ」
「え…?」

俺が想像していたよりも謝花さんは前世のことを罪として受け入れていた。匂いも真摯なもので嘘じゃないことが分かる。ただ、謝花さんは気になることを口している。

「アタシ達は前世では生きているだけで疎まれ嫌われ蔑まれた。汚いオッサン相手にどれだけ嫌でも搾取されるしかない。お兄ちゃんはいつも傷だらけ。アタシの唯一の宝物を侮辱した侍の目を潰したら生きたまま焼かれたわ」

謝花さんは淡々と。忌々しそうに自分の前世を語る。これはきっと謝花さんが鬼になる前の。……人間だった頃の話。
俺も生活は楽なほうではなかった。だけど優しい家族や町の人に触れて、お世辞抜きで幸せな生活を確かに送っていたんだ。だけど謝花さんは……

「何驚いてるの?まさかアンタ、誰もがアンタ達みたいに恵まれて幸せに暮らせてたと思ってるワケ?」

謝花さんに痛いところを突かれ何も言い返せない。俺は確かに幸せだった。そんな俺に謝花さんの地獄は想像すら出来ないのだから。

「贖罪者に選ばれるのは前世で鬼となり悪行を犯した者、だって。笑っちゃうわよ。人のまま非道を尽くした下衆は生まれ変わっても贖罪者に選ばれないのよ?アタシ達を鬼になるまで追い詰めたのは間違いなく人間なのに」

鬼となり人を殺した謝花さん。その罪を今世に持ち越してまで償えと強要されている。なら人は?人が人を殺した場合、何故それは罪に問われないのか。……俺には分からない。

「それに、気に食わないのはアンタ達鬼殺隊もよ」
「俺達が…?」
「アンタ達は前世でアタシ達鬼を殺しまくってたじゃない。鬼だって元々人よ。それとも鬼になった時点でアタシ達はもう人と認識されないわけ?」
「そんなこと…!」

そんなこと俺が認められるはずがない。だって俺は、鬼になった禰󠄀豆子を人として認識していたのだから。でも、禰󠄀豆子だけが特別なわけでも被害者なわけでもない。鬼は皆、元々人間だった。

「アンタ達はアタシ達鬼を殺そうとしていた。ならアタシ達鬼だって死にたくないから人を殺す。それのどこに違いがあるって言うの?」

謝花さんの言葉に何も言い返せない。だってそれはその通りだから。俺は知っていたし理解しているつもりだった。鬼は元々人間であると。だけど意思疎通も出来ずに襲ってくる鬼は問答無用で斬るしかない。
──それは、立場が変われば鬼も同じだったのではないのだろうか?

「ま、アタシは前世で鬼になったことを後悔してないわ。鬼になっていなければアタシもお兄ちゃんも死んでたし。それにアタシは好き勝手殺してたから罪を償えって言われるのももう受け入れたわ。納得いかないのは人間ってだけで許されてる奴らがいることだけよ」

でもさぁ、と。謝花さんは感情のない声で続ける。

「アンタ達は本気で向き合う気がないの?鬼だったとはいえアタシ達を殺したっていう現実と」

どっちが鬼か分かんないわね。謝花さんはそう言い残して俺に興味を失くしたようにその場を立ち去った。俺は、何も言い返せずそこから動くことすら出来なかった。
前世で鬼となり、多くの人々を殺した謝花さん。俺との戦闘中にもまるで虫ケラのように人間を殺していた。それは許されることではない。俺は上弦の鬼は禰󠄀豆子や突然鬼にされた人達とは違うと勝手に思い込んでいた。自ら望んで無惨の手を取ったのだと。それ自体は合っている可能性もある。現に謝花さんは自ら鬼になることを選んだととれるようなことを言っていたから。でも、その境遇に追い詰めたのは誰だ?謝花さんがもし、彼女の言う「恵まれた暮らし」を享受されていたとしたら彼女は鬼になろうとは思いもしなかったかもしれない。それはその境遇になってみなければ分からないが。ただ分かるのは、前世の謝花さんは間違いなく「人間に追い詰められて鬼の手を取った」ということ。


──どっちが鬼か分かんないわね


前世で多くの人を殺した鬼は今世では俺よりも真摯に命と向き合っていることを叩きつけられた。



[ 14/25 ]



×
- ナノ -