あの後、俺は童磨さんにあれ以上の話を聞くことが出来なかった。凛さんが目を覚ましたからだ。童磨さんは「邪魔しちゃ悪いから行くね」と凛さんが目を覚ます前に姿を消してしまった。

「…うん、大分調子も戻りました。ごめんなさい炭治郎君、眠ってしまって……」
「いえ、むしろ眠ってくれて安心しました!」
「炭治郎君は優しいですね。でももう大丈夫です!出かけましょう!」

なんて。まだまだ蒼白い顔をしながら何をとんでもないことを言い出すんだこの人は!

「何言ってるんですか!今日はもう休まなきゃ駄目ですよ。送って行きますから帰りましょう」
「うう……どうしても駄目ですか?」

くれーんげーむ…と本気で落ち込んだ表情をする凛さんに心が痛む。何故かこんなにもクレーンゲームに憧れている凛さんを絶対にいつかゲームセンターへ連れて行こうと心に誓い、俺は凛さんをなんとか宥めて家に送ることにした。バスの揺れはやっぱり辛いから歩きでも良いかと言われ二つ返事をした俺は凛さんとゆっくり歩きながら話をする。

「へえ。炭治郎君は六人兄妹なんですね」
「はい!俺が長男で、下に弟が三人と妹が二人います。凛さんは兄妹はいますか?」
「いえ、私は一人っ子です」
「そうなんですね。面倒見がいいから下に弟か妹がいるのかと思ってました」
「そう見えます?私、実は結構我儘なんですよ」

悪戯っぽく笑って凛さんが言う。凛さんは彼女の我儘なら何でも聞いてあげたいと思ってしまう魅力があるから不思議だ。それに……良かった、本当に調子は大分良さそうだ。でも俺には分かってしまう。凛さんがまだずっと痛そうな匂いをさせていることが。…俺といるから気を張ってくれてるんだろうな。やっぱり凛さんは優しいと思う。でもその優しさはどこか危なっかしい。

「ありがとうございます。ここが私の家です」

目の前のアパートに目を向けるとそこにはいかにも一人暮らしに適してそうなアパートが建っている。え、いや。待ってほしい。

「凛さん、もしかして一人暮らしなんですか?」
「はい、そうですよ」

凛さんはまだ高校生だ。だというのに一人暮らしをしているというのは俺の感覚からすると驚きだった。でも凛さんはしっかりしているし日常生活を送るには何の心配もない。……防犯面では気をつけてほしいけど。

「送ってくれてありがとうございます。良ければ上がっていきますか?」
「え!?いや、いやいやその…!」

一人暮らしの女の人の家に上がるというのはその、良くないのではないか…!?
俺は慌ててきっと顔を赤くしていたのだろう。そんな俺を見て凛さんは優しく笑ってくれる。

「炭治郎君ならいつでも歓迎しますよ。…今日は本当にごめんなさい。折角炭治郎君も予定を空けてくれたのに…」

そんなの全然気にしてません、と何回伝えても凛さんは申し訳なさそうにしてしまうのはもう今日だけで十分分かってしまった。なら俺はあえて

「じゃあ、元気になったら今度こそ俺とゲームセンターに行きましょう」
「え?」
「凛さんと一緒ならきっとどこでも楽しいです。俺、今日も凛さんに会えて楽しかったし嬉しかったんです。今日はありがとうございました!」

凛さんを許すのではなく、凛さんに感謝の気持ちを伝えようと思った。
あんなにも辛そうにしながらも約束を守ってくれた凛さん。楽しみにしてたのに、という言葉だけで十分だった。確かに今日、ゲームセンターには行くことが出来なかった。それでも俺は間違いなく今日凛さんと入れて楽しかったし嬉しかったんだ。

「…はい!楽しみにしてます!」

凛さんは今日一番の笑顔を向けてくれて、傷が治るまでは無理をしないことを俺と約束してアパートへと帰って行った。


今日は本当に楽しかった。凛さんの私服は可愛らしかったし、…その。肩を貸した時は良い匂いもしたし。
だけど俺は結局凛さんに一番気になっていることを聞くことが出来なかった。きっと聞けば凛さんは教えてくれるだろう。彼女はそういう人だ。だからこそ真実を聞くのが怖かったのかもしれない。


── 俺達贖罪者は鬼狩りをしないと殺されちゃうからだよ?


贖罪者、殺される?それは一体どういうことなんだ?凛さん達は自分から鬼狩りをしているわけではなく、鬼狩りをしないと殺されてしまうというのか?そんな、どうしてそんなことが…?


『なに?アタシがアンタ達に何かすると思ってるわけ?』


ぴた、と足が止まる。彼女は……前世では上弦の陸の鬼だった。沢山の人を殺し罪を犯したのは間違いない。俺との戦いの最中にも何の罪もない人を殺したことを覚えている。それは、それは贖罪を言い渡されてもおかしくない事案だ。
なら童磨さんは?彼は無惨「様」と呼んでいた。それはまず間違いなく彼も鬼だったことを現していて──


「あ?どーま?ああ!前世で戦ったぜ!上弦の弍の鬼だろ!」

俺様達が倒してやったけどな!と伊之助は誇らしげにガハハッと笑った。今日は凛さんが休みだったため久し振りに善逸と伊之助と昼休みを過ごしていた。ふと、善逸か伊之助に童磨さんに心当たりがないか聞いてみれば伊之助は童磨さんのことを知っていて……上弦の、弍。それならば彼もまた前世では贖罪に値する罪人だったのだろう。

(それなら……凛さん、は)

嘘だ、そんなはずない。あんなにも優しくて自分よりも人のことを優先させてしまうような人が上弦の鬼に匹敵する罪を前世で犯したというのか?……でも、そうでなければ辻褄が合わない。そして、凛さんも前世に上弦の鬼と同じくらい罪を犯していたと仮定すれば全ての辻褄が──

「炭治郎、酷い音」
「…っ、ご、ごめん」
「いや謝らんでいいけどさぁ…何?そのどーまってやつと何かあったの?」

俺は未だに善逸と伊之助に何も話せていない。というか今となっては話せないんだ。凛さんが他の人にバラしてほしくないと言っていたから…隠し事をするのも嘘を吐くのも苦手な俺はなんとも居た堪れない気持ちで居ると善逸はそんな俺にデコピンをした。

「痛っ!相変わらず頭硬いな炭治郎!」
「デコピンをしたのは善逸だぞ…」
「そうですけどね!?別に何があったか無理矢理聞こうとは思わんけど、一人で抱え込むのはやめろよな」
「おう!しけた顔してんじゃねーぞ!」
「善逸、伊之助……ありがとう…っ」

二人の優しさに感謝と申し訳なさが募る。話せない俺に対して心配はしても追求はしてこない二人には本当に感謝しかない。
と、その時。中庭に歩いて行く一人の女子生徒の姿が目に入った。

(あ……)

それはあの夜、俺に軽蔑の目を向けた女子生徒の姿で。時計に目をやれば昼休みはあと残り5分しかない。それでも、俺は彼女と話がしたかった。

「善逸、伊之助!えっと、先生には腹痛で5限は休むって伝えておいてくれ!」
「凄い顔してるからな!?その顔は出さないように気をつけろよー!」

善逸の言葉を受けて、俺は人にぶつからないように中庭まで一気に走り抜ける。その女子生徒の目の前に姿を現すと彼女は凄まじく嫌そうな顔を隠そうともしない。

「は?何」

その迫力は凄まじいものだ。それこそ前世での戦いを思い出すほどに。俺は目の前の女子生徒──謝花さんの目を真っ直ぐ見て口を開いた。

「君と…話がしたいんだ」

俺の言葉に謝花さんの表情は一層不機嫌になる。重苦しい空気の中、キーンコーンカーンコーンと。チャイムはいつも通り鳴り響いていた。




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