「まずは階級の確認をさせてください」

人に聞かれるには良くない話ということでアタシ達は凛の家に連れてこられた。信じられないことに凛はアタシよりたった一つしか違わないのに一人暮らしをしている。まだ実年齢は小学生よ?あり得ない。だけどコイツらの組織は鬼狩りのためなら何でもありなのだという。このアパートも凛名義ではないとのこと。まあ前世の記憶があるのだから一人で暮らすのは容易なものだと思うけれど。

「階級?なによそれ」
「術をかけると首元に浮かび上がるんです。なるほど、堕姫は捌ですね」
「捌…?」

凛に触れられた首筋を鏡で確認すると確かに「捌」と浮かび上がっている。が、それも少ししたらすぐに消えてしまった。お兄ちゃんの首元には「漆」と浮かび上がった。

「ありがとうございます。階級は術の強さ、適正の高さの指針となります。拾から壱の順に贖罪者として適正が高いとされています」
「は?じゃあアタシはほとんど適正ないってこと?」
「いえいえ。この数字が浮かび上がる時点で適正がありすぎるんですよ」
「なんだぁ?この数字は才能ってことかよおぉ?」

俺が一番嫌いな言葉だとお兄ちゃんは不満げだ。それはアタシだってそうだ。勝手にこんな訳の分からない話をされて下から数えた方が早い適正だと言われて。ふざけているとしか思えない。

「いいえ、才能じゃありません」
「じゃあ何だって言うんだぁ?」
「前世で殺した人数、殺し方、罪の重さ。それが数字になって現れるんです」

そう言って凛は自分の首元に手を当てて数字を浮かび上がらせる。は?と。アタシもお兄ちゃんも息を飲んだ。アタシ達は前世で沢山の人間を殺して沢山の命を貪った。そのアタシ達に与えられた数字は捌と漆。目の前の女は──

「前世で犯した罪が重いほど強い力が与えられるのは今世でより多くの贖罪をこなす為だと言われています。この数字は決して誇りではないことを理解してください」
「…アンタ、前世で何やったわけ?」

アタシがそう尋ねると凛は家に着いてすぐに交換した連絡先に一つのメッセージを送ってきた。メッセージにはURLとパスワードだと思われる文字の羅列が添付されている。

「そのURLの先にパスワードを打ち込むと贖罪者として適応のある人物の前世が全て閲覧可能になります。私も堕姫と妓夫太郎の前世には目を通しました」
「は!?なんでそんなものがあるのよ!?」
「…私達の罪は消えないんです。確実に覚えているものがいる。それは人か世界か分かりませんが…」

URLに飛べばパスワード画面が開かれる。添付されていたパスワード打ち込み、贖罪者というメンバーリストが開かれた。アタシの名前もお兄ちゃんの名前も……凛の名前も確かに載っている。

「贖罪者に前世を隠す資格はない、とのことです。気になるのなら私の罪はあとで閲覧してくださいね」

さて、と凛が話を仕切り直す。これからのことについて話すようだ。

「私達がこれからしなければならないのは深夜の鬼狩りです。この時代には恐らく貴女達の時よりも多くの鬼…野良鬼とでもいいましょうか。それが溢れています」

鬼。前世では鬼として生きた時間の方が長い。鬼は人間よりも強く丈夫で。人間の身で戦うなんて頭のおかしい連中しか考えつかないことだった。

「その鬼を殺し人間を救うのが私達の役目です。鬼を殺す方法は頚を斬るか術で心臓を破壊することです」
「その術ってのは何なのよ」
「一つは血鬼術です。これは前世からの遺産ですね」

確かにアタシもお兄ちゃんも前世の名残りのような能力を持ってはいたけれど、まさかそれが本当に血鬼術として扱われることになるとは思ってもいなかった。しかも人間を救うため?反吐が出るわ。

「他の術はこれから取得しなければなりません。適性のない術は取得出来ないのですが強化と防護は誰でも取得出来るので必ず取得してもらいます」

淡々と当たり前のように説明していく凛に腹が立つ。なんでアタシ達が?確かに人は殺したわよ。でもそれってアタシ達だけが悪いわけ?

「あのさぁ、もし鬼狩りをしなかったらアタシはアンタに殺されるの?」
「いえ、違います。贖罪者を殺すのは階級壱の精鋭です。彼女達に目をつけられたら必ず殺されるそうです。私はこの地域の責任者なので何かあった時には報告の義務が課せられています」
「は、要するにチクるってわけ?」

上から目線で喋りやがって。アタシやお兄ちゃんが鬼狩りをしなければコイツがチクって殺されるってわけね。コイツを殺してしまっても伝達が届かなくなって処分されると。ふざけんじゃないわよ──!

「堕姫は鬼狩りをしたくないんですね」
「当たり前でしょ!鬼狩り自体はどうでもいいわよ。贖罪?人間のために?ふざけんじゃないわよ!アタシやお兄ちゃんを地獄に落としたのは誰?人間じゃない!なんでアイツらは罰されずにアタシ達ばかり罪を償えとか言われなきゃいけないわけ!?」

アタシだって前世で今のように恵まれていたら人なんて殺さなかった。鬼にだってなろうと思わなかったしお兄ちゃんだってあんな酷い扱いを受けていない今世では穏やかなんだ。全部全部アイツらが悪い。人間ってだけでそんなに偉いの?人間ってだけでアタシ達を追い詰めてもいいわけ!?

「……うん、わかるよ」

アタシの言葉に凛は反論することもなく静かに頷いた。それに拍子抜けしたアタシは息を整えて、…でも何を言ったらいいか分からなくて沈黙をしていると凛が口を開く。

「もし堕姫が鬼狩りをしたくないと言うのならしなくてもいいですよ。堕姫の分は私が引き受けますし上に報告も勿論しません」
「……は?」
「妓夫太郎も。嫌だったら教えてください。今日は一度お開きにして明日の同じ時間にもう一度ここに来てもらってもいいですか?」

凛の提案を受け入れてアタシ達は家に帰ることにした。お兄ちゃんもアタシも、何も口にせずにとぼとぼと帰り道を歩く。今日のことは悪い夢だったんじゃないだろうか。そんなことを考えながら家に着くと今世の父と母は優しく迎えてくれた。

(…人間の世界を守る)

それはこの人達も守れるということだろう。馬鹿らしい。戦隊モノでもあるまいし。大体恩のある父と母のことを守るのは良いとしても不特定多数の人間のために深夜に鬼を狩らなきゃいけないなんてやっぱり納得がいかなかった。
夕飯を済ませ部屋のベッドにぼふっ、と身を預ける。凛。変な奴だった。あんなに「良い人」みたいな雰囲気を出してるくせにあの数字。インチキじゃないの?

「あ……」

そういえば。アイツは自分の前世を知りたければ閲覧しろと言っていた。メッセージを開いてURLを開きパスワードを入力する。画面をスライドさせて「凛」という文字に触れる。ばっ、と出てきた多くの文字に嫌気をさしながらもアタシは凛の前世に目を通して──

「……なに、これ…」

その前世に何を言えばいいのか分からなかった。アイツは、凛はこんな前世を送ったくせに文句を言わずに贖罪者として鬼を狩っているというの?馬鹿じゃないの。意味が分からない。だってこんなの。

「梅ぇ」

お兄ちゃんの声にベッドから起き上がる。どうやらお兄ちゃんも凛の前世を閲覧したようでなんとも言えない、苦虫を潰したような顔をしている。分かる。そういう顔しか出来ないよ、こんな……

「俺はよぉ、前世で鬼になったことは全く後悔してねぇ。奪ったら奪い返す。やられたらもっと酷くやり返す。そうやって生きたことに一切後悔はねぇんだ」

アタシもだよお兄ちゃん。
アタシも鬼になったことも嫌なことは全てやり返したことも後悔なんて一つもしてない。

「殺す時は自分の意思でぶち殺してた。殺したいから殺した。…でもよぉ、コイツは……」

お兄ちゃんがスマホに目を落とす。そこにあるのは凛という女の前世だろう。確かにあの数字に匹敵する前世なのも頷けた。納得出来ないのは感情の問題だ。



「こんばんは。気持ちは決まりましたか?」

翌日、同じ時間に凛の家に尋ねると凛は笑顔で迎えてくれる。昨日と今日ではアタシとお兄ちゃんの心境は全く違った。目の前のコイツの前世をアタシ達は知ってしまったから。…あんな前世なら知らないほうが良かったかもしれない。

「アンタはなんで贖罪者をやってるの?」
「え?」
「アンタの前世、見させてもらったわ。理不尽だと思わないの?アンタは……」
「思いません。私は生まれてからずっと償いたかった。優しい両親や恵まれた環境に身を投じることが何よりも辛くて、許せなくて。だから私に贖罪者としての適性があると分かった時は嬉しかったです。やっと生きててもいい理由が出来たので」

凛の言葉に驚愕してしまう。コイツは本気だ。本気で、あんな仕打ちを受けたくせに償いたいと思っている。アタシとお兄ちゃんに鬼狩りをしなくても良いと言ったのもきっとその分自分に皺寄せがくるのを「善し」としているからだ。信じられない。どうしてそこまで自分を責められるの?普通誰よりも自分が一番自分を庇うはずでしょ?

「俺はやるぞおぉ」
「え?」
「鬼狩り。人間がどうとかってのは興味ないけど前世で殺しまくったのは本当だしなあぁ」
「妓夫太郎…分かりました。今日からよろしくお願いしますね」

そう言って凛が笑う。漂う雰囲気は本当に優しくて。……アタシは嫌だった。人間が悪いのよ。アタシ達を追い詰めたアイツらに仕返しをして何が悪いって言うの?その気持ちは今も変わらない。だけど、あんな仕打ちを受けても償いたいと罪と向き合い続けるコイツを見て前世で沢山の人を殺したという事実と向き合わないのは癪だった。

「アタシもやるわ」
「え?良いんですか?」
「アンタを見てたら前世を無視するのも馬鹿らしくなったのよ」

そう言って凛の手を取る。ありがとうございますと。どうしてアンタがお礼を言うのよと言えば凛はやっぱり嬉しそうに笑うのだった。




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