「にいちゃん、明日暇?」

竹雄にそう声をかけられ明日、という単語に過剰に反応してしまう。いつもなら俺は大体休みは空けている。母さんの手伝いだったり弟達の面倒を見たり。それこそ前世で出来なかった分まで家族に尽くしたかったからだ。だけど、

「ごめん竹雄。明日はにいちゃん昼から出かけるんだ」
「え?全然良いけど…珍しいねにいちゃんが休みに出かけるなんて。彼女でも出来た?」
「ぶはっ!!」

あまりの衝撃に飲んでいたお茶を吹き出してむせてしまう。ゴホッゴホ、と咽せる俺の背中を隣に座っていた禰󠄀豆子が摩ってくれるがそんな俺の反応に竹雄は心配よりも興味津々といった表情で俺を見つめていた。

「え!?ほんと!?へー!やっぱり高校生になると彼女って出来るんだ!」
「ち、違うぞ!彼女じゃない!そういうのじゃないんだ!」
「え、なーんだ。でも女の子と出かけるわけ?」
「うっ」

その言葉に今度は沈黙してしまう。別に、そうだぞと返せばいいのだけど話の流れで言いにくくなってしまったのだ。そんな俺を見て竹雄はますます楽しそうに表情を綻ばす。

「でもさぁ、高校生の男女が休みの日に出かけるのって世間一般ではデートって言うんじゃないの?」
「……お、俺はただ。あの人に喜んでほしくて…」

いつも人のために駆け巡ってしまう凛さん。まるで他人のために存在しているような彼女に自分のために喜んでほしくて、笑ってほしくて。…もっと自分を大切にしてほしくて。

「はいはい竹雄。お兄ちゃんが困ってるでしょ。その辺にしてあげて」
「ごめんにいちゃん、ちょっとからかいすぎちゃった。明日は楽しんできてね!」


それが昨日の話。
あれから俺は着ていく服はこれでいいかな、とか待ち合わせ時間のどれくらい前に着いていたらいいかな、とか。何も分からず禰󠄀豆子に相談すると禰󠄀豆子は「私の意見で良ければだけど」と快く指導をしてくれた。
服とか、時間とか。こんなにも悩んだのは初めてでよく考えると俺は生まれ変わってから女の子と二人で出かけるのは初めてだった。そわそわ、と。結局待ち合わせより30分も早く着いてしまった俺は緊張しながら凛さんを待つこととなった。休みの日に凛さんに会えるのは、思った以上に楽しみで嬉しい。

早く会いたいな。そんなことを考えていると時間なんてあっという間に過ぎて。──本当にあっという間に過ぎて。気付けば約束の時間を30分も経過していた。


***


解り易く言うのならば私の一日に使える治癒の力は100が限界です。治癒はどの術よりも燃費が悪く攻撃特化の者は使用することすら不可能で。しかも治癒の力は本来被害に遭ってしまった人間に使うものであって自分に使うものでは決してないとされているため、自身に向けて使う治癒は更に燃費が悪く使い勝手が悪いのです。さて、私が昨日負った傷は良くて300の力で完治するものでしょう。昨日は皆の言葉に甘えて全ての治癒の力を自分に使いましたがそれでも治ったのは表面だけ。だというのに本日分の治癒の力は空っぽ。ゆっくり休めば治癒の力もほとんど回復するけれど、要するに全治約五日ほどの怪我を私は負ったわけです。まあこの力が無ければ病院送り、しいては入院を免れない大怪我だった自覚もあるのでこの力に感謝するしかないのですが。

「………スカートは、無理ですね…」

今日の約束のために用意していた服に着替えるものの、何をしていても脇腹は燃えているかのように熱く痛みを訴えかけてくる。何もしてなくても痛い。動けば更に痛いし、スカートをベルトでなんて止めたら流石の私も動けない。ホックを止めることも無理なほど脇腹は痛みを訴えかけていた。出来る限り肌に触れない服ではないと動くこともままならないだろう。はあぁ、と深いため息をついて私は部屋着として着ている大きめのロングワンピースを頭から被る。これならあまり傷口に服が触れることもないだろう。だけど、どうせなら。折角炭治郎君とお出かけ出来るならもっと可愛い格好をしたかったな、なんて。そんな普通の女の子のようなことを夢見ることも許されないんだなと自嘲の笑みを浮かべるしかなかった。

ドアに手をかけるとほとんど力が入らないことに呆れて笑いが零れてしまう。こんな状態で出かけるなんて言ったら堕姫ちゃんに殴られそうだな、なんて。昨日あんなにも心配そうに私を見送ってくれた堕姫ちゃんに心の中で謝って私は待ち合わせ場所へと向かうことを決めた。

待ち合わせ場所まではバスなら10分、徒歩なら30分ほど歩けば到着出来るだろう。本当ならバスに乗るのが一番だったがあの揺れにはきっと耐えられない。それなら自分のペースで歩いたほうが勝手が効く。そう判断して待ち合わせ時間より1時間前に家を出たというのに足取りは重く、どこかに手をついていないと歩くことも大分辛い。気をしっかり持たなければ気絶してしまいそうなほどの激痛に耐えながら私は足を前に動かす。まるで永遠にも思えた道のりにもちゃんと終わりはあり、目的地には彼の姿が既にあった。

「……炭治郎君、」



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