運命の日でしかない

警戒区域というものがある。簡単に言えば近界民が現れやすいので入っちゃダメですよという場所だ。普通ならこの場所に人は入らないどころかあまり近づかないようにしてくれているのだけどごく稀にこういう人達がいる。

「あのー、ここ警戒区域なので入っちゃダメですよ」
「あ?いいだろ別に。誰にも迷惑かけてねーんだからよ」

いやだからですね。ここに入ってる時点で既に私には迷惑をかけているのですけど。
今日は駿は夜まで予定があるし一人で早めに帰ってゆっくりしようと思っていた私の目に入った警戒区域内の公園でイチャつくカップル。無視なんて出来るはずもなく声をかければ全く聞く耳持たず。でも引き下がるわけにはいかないしなぁ。

「いやいや、ここに入ってるだけで迷惑になっちゃうんです。それに近界民が現れたら本当に危ないので…」
「そしたらオレがボコボコにしてやるよ」
「タカシかっこいいー!」

いや、タカシさんとやら全然かっこよくないです迷惑です!

「警戒区域は本当に危険なんです。いつ近界民が出てもおかしくないですし」
「うるせえなぁ。これやるからどっか行けよ」

そう言ってタカシさんとやらは万札を5枚ほど地面に投げ捨て、私がそれを拾い集めるのを眺めて笑っている。全く何がそんなに面白いのか。拾い集めた万札を全て返すとタカシさんはますます不機嫌な表情を作った。

「んだてめぇ。なめてんのか?」
「舐めてません。警戒区域から──」

早く出てくださいと言う声は大きな音にかき消された。これはボーダー基地のサイレンだ!まずいと思って周りを見渡せば私達のすぐ後ろに門が発生している。

「逃げて!」

私がそう叫んでも私を小馬鹿にしていた二人はすぐには逃げ出さず門から出てきた近界民を目にした瞬間悲鳴を上げてやっと逃げ出してくれた。だけど逃げる二人に目をつけたのか近界民はその場に留まった私には目もくれず確実に二人の後を追う。
大声を上げても飛び跳ねても近界民の意識は私には向かない。このままではあの二人が危ない!

「トリガー…!」

咄嗟にトリガーを手にする。訓練生といえど私が所有しているのはアイビスだ。一発撃ち込めば注意を引きつけられるかもしれない。


【C級隊員は基地内以外でのトリガー使用を禁ずる】


それはボーダー隊員なら誰でも知っているルールで、そして最近それを破ったC級隊員がいたせいか私達C級隊員には再び厳守するようにとの通達が来ていた。わかってる、わかってるよ。私が換装したところで良くてあの二人を逃がせるだけでこの近界民を倒せないことなんて誰よりも分かっていた。そして、それがルール違反であることも。

「………っ」

でも、このままじゃ目の前の人達を助けられない。私は何のためにボーダーになったの?確かに最初は駿と一緒に面白そうだからって単純な理由だった。でも本当はそれだけじゃなくて。
自分の立場を守るために目の前の人を見殺しにするために私はボーダーになったの?

それは違うって
胸を張って言える

「トリガー起動!」

起動の意思を固めた私にトリガーは応えてくれる。換装体になってすぐにアイビスを構えて二人を追う近界民目掛けて弾を撃ち込む。大きな衝撃音とは裏腹に弱点ではない装甲を撃たれた近界民にダメージは見られない。だけど大成功だ。近界民は狙いを二人から私に移したようにこちらに向かってくる。
アイビスは重くて担いで速くは逃げれない。ならせめてもう一発。確実に私だけに狙いが定まるようにと弾を撃てば近界民は真っ直ぐに私へと向かってきた。

「よし…!」

アイビスを手放して近界民から意識を切らずに逃走を開始する。ここまでは狙い通りで上手くいった。そしてそこでやっと私は気付いた。

わたし、逃げられなくない?

「わ、わわっ…!」

あっという間に追いつかれた私は近界民に体を半分食べられるような形で捕らえられてしまった。換装体だから痛くないし体から下も食いちぎられたわけでもないらしい。でもこれは詰んでる。少しでも力を入れられたら換装体は破壊され変身が解けてそれで終わりだ。え、私死ぬのかな。

迫ってきた死の恐怖にどうすることも出来ないでいると私を食べようとしていた近界民の体が真っ二つになりそのまま崩れ落ちていく。私は訳もわからないままでいると誰かに抱き抱えられて九死に一生を得た。

「よう、大丈夫か?」
「あ、は、はい…!」

どうやらこの人が近界民を倒してくれて私を助けてくれたみたいだ。立てるか?と聞かれて抱き抱えられたままだったことに気付き全力で何回も頷くとその人は私を下ろしてくれた。そしてその人の顔をよく見ると──

「遊真、先輩…?」
「む?どこかでお会いしましたかな?」
「あ、違うんです!一方的に知ってて…その、私駿の幼馴染みなので」
「なるほどミドリカワの」
「はい。私、斎藤リンっていいます。すみません急に名前で呼んじゃって…」
「いいよ別に。おれもリンって呼ぶな」
「あ、はい、どうぞ!」

私を助けてくれたのは以前駿をボコボコにした遊真先輩だった。あれから駿とは上手くやっているようで駿からよく話を聞くので咄嗟に同じ呼び方をしてしまった。全然気にしてないみたいで良かった…とホッとしてる場合じゃない。

「遊真、俺はさっき保護した一般人を本部へ連れて行くが…」

そう言って姿を現したのはボーダー内で知らない人はいないだろう、大人気烏丸先輩だ。たまたま近くにいた二人は本部からの連絡ですぐに駆けつけて逃げていた二人を保護して私を助けに来てくれたらしい。私の姿を見て烏丸先輩は特に変わらない様子で、だけど事実を口にした。

「お前は…C級隊員か?」
「は、はい。C級隊員の斎藤リンです」
「そうか…あの二人が言ってた助けてくれた女の子ってのはお前のことか」

ふむ、と烏丸先輩は顎に手を当てて少しだけ何かを考えた後口を開いた。

「念のため聞いておくがC級隊員は基地内以外でのトリガーの使用を禁止されている。お前はそれを理解した上でトリガーを使用したのか?」

淡々と烏丸先輩は私がしでかした事実を突き付けてくる。当然だろう。私がやったことは完全なルール違反だしそれこそつい最近念を押すようにとの厳守の通達がきていたのだ。これがやってはいけないことだと理解した上で私はトリガーを起動したのだから弁明の余地もない。

「…はい。理解した上で使いました」
「ふーん。あいつらリンの知り合いだったのか?」
「いえ、知り合いじゃないですけど…」
「なのにトリガーを使ってまで助けたのか?赤の他人のために怒られるかもしれないのに?」

遊真先輩がどこか面白そうに私に質問を投げかけてくる。その言葉には優しさすら垣間見える気がして少し戸惑ってしまう。

「えっと…怒られたくないからって理由で目の前の人を見捨てるなんて出来なくて」

私のボーダーでの立場と目の前の人の命なんて秤にかける方が間違っている。

「助けられるかもしれないのに、その手段を私は持っているのに使わないなんて出来なかったんです」

だから私はトリガーを起動したことを後悔していない。きっとトリガーを起動しなかった方が後悔してたと思うし、そもそもその選択肢は私の中にはないから。
私の返答に遊真先輩は楽しそうな笑顔を浮かべてくれた。

「なるほどね。うちの隊長と同じタイプだ」
「え?」
「遊真。こいつも俺が本部に連れて行く。お前は先に帰っててくれ」
「りょーかい。またな、リン」
「あ、あの!遊真先輩!」
「む?」

手を振ってくれた遊真先輩を呼び止めれば不思議そうな顔で遊真先輩は私を見つめる。だって私はまだ言えてない。ちゃんと言わなければ。

「助けてくれてありがとうございました!」

そう言って深々と頭を下げる。遊真先輩が駆けつけてくれなかったら私は多分死んでいただろう。まだまだ死にたくないしそんな心の準備なんて全く出来てなかった。本当に怖かったし、助かって嬉しい。そんな気持ちを込めてお礼を言えばぽんぽんと下げた頭を撫でられ頭を上げると

「どういたしまして」

遊真先輩は満面の笑みを浮かべてくれていた。




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