全身が痛い。任務先で怪我を負った俺は隠の人に背負われて蝶屋敷へと運ばれた。そこで手当てをしてもらい目を覚まして数日がたったある日、その違和感に気付いた。耳飾りが片方なくなっている。その事実が受け入れられなくて布団から飛び起きれば怪我が治りきっていない俺はすぐにしゃがみ込んでしまった。 でも、あれだけは探さなければ。日にちが経てば経つほど見つからない可能性が上がってしまう。俺は痛む体を鼓舞してなんとか部屋の入り口まで進み戸を開けようとすると、それは勝手に開かれた。
「「え」」
戸を開けた人物と声が重なる。戸を開けようとしていた手が宙をきりその勢いで戸を開けた人物に覆い被さるように倒れ込んでしまった。
「わっ」 「痛っ…ご、ごめん……凛」 「いや別にいいけど…炭治郎どうしたの?厠?」 「えっと……」
どうしよう。本当のことを話したら凛はきっと俺を止めるだろう。だけど、耳飾りを探しに行かなければ。痛む体を起こして立ち上がろうとすると凛はそんな俺の体を支えるように起こしてくれる。
「か、厠。そう、厠に行こうと思って」 「……ふーん?」
…全く信用していない匂いがする。俺もそんな凛を直視することが出来ず目を逸らせば凛はあれ、と声をあげた。
「炭治郎、耳飾りは?」 「え」
俺の片耳に耳飾りがないことに気付いた凛が不思議そうな顔をする。いつも寝る時ですら外さなかった耳飾りだ。人から不思議がられるのもおかしくないのかもしれない。だけど、失くしたと言えば彼女に心配をかけてしまうかもしれない。凛は優しいから。俺のせいで凛にそんな心配をかけたくなかった。なんと言っても俺は凛が好きなのだ。凛にも俺のことを好いてほしいと思っているし、そんな凛にこれ以上心配をかける気にはなれない。
「えっと、少し痒くて外してるんだ」 「…そっか。だけど炭治郎、汗凄いよ?体痛むんじゃない?」
さっきから無理矢理体を動かし倒れたりもしてしまったせいで凛が言うようにかなり体が痛い。この状態であの任務先まで行くのは無理だろう。少しでも早く耳飾りを見つけたいが辿り着く前に倒れてしまっては元も子もない。
「蟲柱様に言って薬をもらってくるから、炭治郎は一度布団に戻ろ?」
そう言って凛は俺を支えるようにして布団まで連れて行く。
「…凛は優しいなぁ」 「いや普通だよ」 「やっぱり好きだ」 「私は健康な人のほうが好きです」 「え」
それなら俺が健康体に戻ったら可能性はあるのか?そんな俺の言葉を察したのか言わせないように凛の指が一本俺の口に当てられる。
「じゃあ、いい子で待っててね」
優しげに微笑む凛に完全にしてやられた俺は言われた通り大人しく布団で待つことにした。 その後、しのぶさんから薬をもらってきてくれた凛は俺が眠るまでずっと他愛のない話をする。夜も更けているのに凛は優しい声色で話を続ける。それがあまりにも心地良くて俺はいつの間にか眠りに落ちていた。
***
次の日から俺が起きている時は必ずと言っていいほど側に誰かの姿がある。一番多いのは後藤さんで、次にすみちゃん達、アオイさんが多い。結果として一人になることが出来ず俺は耳飾りを探しに行くことが出来ない日々を送っていた。 有難いことに毎日のように誰かがお見舞いにも来てくれて賑やかなことは嬉しいが耳飾りのことを聞かれるのが辛くてもう片方も外して過ごしていたがどうしても落ち着かない。今まで肌身離さず付けていたのだ。一刻も速く探しに行かなければと焦る気持ちばかりが募った。 そしてもう一つ。あの日から凛は一度もここにきていない。凛も鬼殺隊士だ。任務が入ってしまったのなら仕方がないと思うが会えないのは寂しい。そして後藤さんから聞かされたのは
「斎藤?いや、任務があるとは聞いてないけどな」
なんて無情な言葉だった。 凛が最後にお見舞いに来て一週間になる。色んな人がお見舞いに来てくれて本当に嬉しいのに一番会いたい人に会えないからって落ち込むのは失礼だ。だけど、会いたい。明日は会いに来てくれるだろうかと考えながら布団に潜り込む。うとうととしていると微かに香るのは土や川水の匂いに混じった……凛の匂い?
「……凛?」
そう言って目を開けると凛の姿がある。夢かと思って腕を掴んでみるとしっかりと掴める。その感覚に覚醒して起き上がると凛は少し気まずそうに目を逸らした。
「…? 凛、こんな時間にどうしたんだ?」
時間は深夜だろう。月が高く登っているし凛はどうしてこんな時間にきたのだろうか。よく見れば顔や衣服に汚れが目立つ。やっぱり任務だったのだろうかと思えば凛は掴まれていない方の手を差し出してきた。
「はい。これ、落ちてたから…」 「え、 こ、これ…」
そう言って俺の手に乗せたのは失くしていた片方の耳飾りだった。どうしてこれを凛が?落ちていたから?どこに?色々な考えが頭を巡り一つの正解へと辿り着く。
「…ずっと、探してくれていたのか?」
一週間前のあの日から。俺が耳飾りを失くしたと気付いて任務先まで足を運んで…俺が耳飾りを落としたのは林の中だと思っている。そして凛はこの一週間その林の中を探してくれていたのだろうか。いや、間違いない。だって凛の体に付いている泥や川水の匂いは嗅ぎ覚えがあったから。
「大切なものなんでしょ」
だから気にしないでと。凛はやっぱり少し気まずそうに言う。その姿にいてもたってもいられず俺は思い切り夢主を抱きしめた。
「ちょ、私汚れてるから!離して!」 「嫌だ離さない」 「…? 炭治郎?」
ぽんぽん、と凛は背中を優しく摩る。限界だった。俺はぽろぽろと涙を流して凛を抱き締める。それに気付いたのか凛は俺の頭を撫でてくれた。
「凛…ありがとう。これは、本当に大切なものだったんだ…」 「うん。見つかって良かった」 「誰にも迷惑をかけたくなかったから…黙っていたんだけど凛には分かってしまうんだな…」 「分かるよ。丸分かり。それに誰も迷惑だなんて思ってないから」
凛の言葉一つ一つがあまりにも嬉しくて愛おしくて。抱きしめた腕に力が篭る。いつもならこんなことを許す凛ではないが今は許してくれるらしい。嬉しい。何もかもが嬉しくて尊い。
「凛…」 「だめ」 「え、」 「今の流れで言うのはずるいからやめて」
断りにくい。と俺の告白を聞く前から断ることを告げてくる凛に思わず笑ってしまう。どうやらまだ俺の気持ちは受け入れてもらえないらしい。もう、どうでも良かった。凛が受け入れてくれないのなら受け入れてもらえるまで待つだけだ。俺は長男だ。辛抱強さには自信がある。凛以上に好きになる人なんてもう現れないと断言できるのだから、俺はその俺の気持ちを信じよう。
「凛」 「もう、だめだってば」 「夫婦になりたい」 「……それもだめ!」
いつもと違う告白をしてみれば少し呆気にとられたような匂いをしてからしっかりと断られる。でも、凛の耳が赤くなったのを俺は見逃さなかった。
「うん、やっぱり炭治郎は耳飾りを付けていた方がしっくりくるね」
早速見つけてもらった耳飾りと、外していた耳飾りを耳につけると凛が嬉しそうにそう言ってくれる。
「ああ、俺もしっくりくる。凛、本当にありがとう」 「どういたしまして」
耳飾りを耳につけると今までのようにからん、という心地のいい音が響く。それに嬉しそうに微笑めば凛も嬉しそうに微笑んでくれた。 …これからこの耳飾りを意識する度に凛のことを思い出してしまいそうだなと思ったのは内緒だ。 同じ耳飾りだけど、失くしていた右の耳飾りは俺にとってかけがえのないものとなった。
***
炭治郎と別れ蝶屋敷の外へ出ると一羽の鴉が私に近寄ってくる。腕を伸ばせばその鴉は私の腕にとまりカァ、といつもより小さく声を上げた。
「松衛門君、一週間ありがとね」 「カァッ!オ安イ御用ダ!」
松衛門君は炭治郎の鎹鴉だ。一週間前、きっと任務先で耳飾りを無くしてしまったのだろうと気付いた私は炭治郎にいらぬ心配をかけないようお館様にお願いして、密かに炭治郎の鎹鴉に任務先を聞いて案内してもらっていた。松衛門君も炭治郎のことを心配していたようで案内しただけではなく耳飾りが見つかるまでずっと共に行動をしていてくれたのだ。
「炭治郎ト恋仲ニナルノカ?」
松衛門君の言葉に思わず吹き出してしまう。…鎹鴉とはいえ鳥にまで気持ちがばれている炭治郎。いやもしかしたら松衛門君にまで私のことを話しているのだろうか?…炭治郎のことだ、あり得なくはない。
「ならないよ」 「炭治郎ノコト、好キジャナイノカ」
色んな人にそう聞かれた。あんなにも必死に想いを告げる炭治郎。その姿に惹かれないのかとか好きにならないのかとか。炭治郎は人望が厚い。見ていると応援したくなる気持ちも分かる。私だって自分が当事者じゃなければ同じようなことを聞いていたかもしれない。炭治郎はいい人だから、幸せになってほしいと思うし。
「好きだよ」
カァ、と松衛門君が小さく鳴いた。 私は炭治郎のことが好きだ。それこそ、告白された時にはきっともう彼のことが好きだった。真っ直ぐで嘘がつけなくて優しい炭治郎。最初は人として憧れた。こんなにも一緒にいて苦にならない人がいるのだと驚いたほどに。
「内緒ね」
口に指を一本当てて松衛門君にそう言うと私の意を汲んでくれたのか少し沈黙をした後ワカッタ。と松衛門君は小さく呟いて私の腕から飛びったった。 好きだから、幸せになってほしいから。私は炭治郎の告白を断り続ける。それが炭治郎の幸せに繋がると信じているから。
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