※モブの名前は適当
「竈門、まだ斎藤のこと諦めてないのか」
藪から棒に先輩隊士である上野さんが聞いてくる。任務帰り上野さんと村田さんと合流した俺は奢ってやるからと言われ甘味処へと足を運んでいた。二人とも気の良い先輩で尊敬もしている。 まあなんというか、こういう普通なら聞きにくいことをずばっと聞いてくることが出来るのも上野さんの長所なんだと思う。短所でもあるかもしれないが俺は嫌いじゃない。
「はい、諦めません」 「斎藤のどこがそんなに良いんだよ。確かに美人だとは思うけどなんていうか」 「? 何ですか」
顎に手を置いてうーんと上野さんが唸る。そんな上野さんを他所に村田さんは団子美味いな、とさして気にしていないように甘味を方張っていた。
「怖くないか?あいつ」 「怖い?」 「上野、この前の任務で後輩でもある斎藤に喝入れられたんだよ」
あ、言うなよ村田!と上野さんがばつの悪そうな顔をする。 なるほど。俺は凛を怖いと思ったことはないけれど上野さんには少し苦い思い出があるようだ。それにしても、先輩でもある上野さんに対してもしっかりと意見を言える凛はやっぱり凄いし好きだなと。この場にいない凛に想いを馳せてしまうのだから俺も相当だと思う。
「いやだからさぁ。竈門ってもっと優しい子が好きなのかと思ってたんだよ」 「凛は優しいですよ」
思わず即答してしまう。 すると上野さんは目を丸く開いて驚いていますと言わんばかりの顔をした。
「え、本気で言ってるのか?」 「本気ですよ。多分、上野さんに怒ったもの上野さんを思ってだと思います。凛は自分のためだとか誰かを傷つけるために怒るような子じゃないですから」 「そう、か…?」 「俺、凛のそういうところも好きなんです。自分が例えどう思われようと人のために言葉を伝える。そのくせ実は言いすぎたかなっていつも気にしてるんですよ」
俺は匂いで分かってしまうから。自分の言葉に嘘もなく伝えたことに後悔もしないけれど、傷付けてしまったかなと心配してしまう。そんな優しくて少し不器用な凛がいつも可愛くて仕方がない。
「…竈門お前。本当に惚れてるんだな」 「はい!大好きです!」 「はー、聞いてるこっちが恥ずかしくなるわ」 「凛は強くて真っ直ぐで、だけど繊細で優しくて。もうとにかく可愛くて仕方がないんです!」
力説しているとぺち、と頭を誰かに叩かれた。振り返らなくても分かる。だって後ろからは俺の一番好きな匂いがしていたから。
「ちょっと、往来でもう、やめて」
やっぱり。思い浮かべていた通りの人物の声が聞こえ振り返ると気まずそうに顔を赤らめている凛の姿が。俺と目が合うと少しだけ睨んだ後ふん、と目を逸らされてしまった。 ああもう、そんな仕草も可愛くて仕方がない。本当なら抱きしめたいけどそれはまだ許されていない。そう、まだ。俺の想いは受け入れてもらってはない。けれど確かに凛に伝わっている。その証拠に俺が想いを伝えようとすると凛はすぐに逃げてしまうのだから。
「凛!任務帰りか?」 「うん…炭治郎。いつもあんな風に私のこと喋ってるの?」 「え、ああ。どうだろう。あまり気にしたことなかったからな」 「いつもだよいつも。惚気られる俺達の身にもなってくれよ〜」
村田さんが悪戯っぽく言う。俺はそんなにいつも凛のことを話していたのか。 無自覚だったため急激に恥ずかしくなり顔に熱が溜まるのが分かる。そんな俺を見て凛は呆れたように溜息をついた。
「なんで炭治郎が照れてるの」 「いや…俺は本当にいつも凛のことを考えているんだなって」 「………」 「凛、好きだよ」
あ、言わせてしまった。そんな顔を凛がする。 俺が告白するようになってから最初こそ戸惑っていたが、次第に凛は俺が想いを伝えようとする前に逃げるようになっていた。だから俺も逃げられる前に想いを伝えようとこのように不意をつくのが我ながら上手くなったと思う。 凛は俺の目を見て優しく笑うと
「お断りします」
といつものように俺の想いを受け入れなかった。 そして俺達に軽くお辞儀をしてその場を立ち去ろうとするので俺は追いかけるように駆け出して凛の隣に並ぶと凛はやっぱり呆れたように溜息をついた。
「いや、なんでついてくるの」 「蝶屋敷に行くんだろ?俺も一緒に戻ろうと思って」 「はぁ、勝手にどうぞ」
少し振り返って村田さんと上野さんにお辞儀をすれば二人とも困ったような笑顔で手を振ってくれた。
***
「どう思うよ村田」
残った団子を食べながら上野が聞いてくる。先程の二人のことを言っているんだろうな。 俺が気付いた時には竈門はもう斎藤に惚れていて、そして振られていた。丁度ごめん、と言われているのを聞いてしまって「まあなんだ、元気出せよ竈門」と声をかけると「はい!次も頑張ります!」と訳の分からないことを言っていたがなるほど。別の日にも斎藤に告白をして振られている竈門を目にしてこういうことだったのかと納得した。つまり、竈門は斎藤を諦めるつもりは毛頭にないということだ。
「相手があの竈門だからな。時間の問題だと思うけど」
斎藤が竈門のことを嫌いだというのなら話は別だがあの様子だと嫌っているわけではないのだろう。何かしら斎藤にも竈門の気持ちに応えられない訳があるのかもしれないが、相手が悪かったな斎藤。竈門はきっとお前のことを諦めてくれないと思うぞ。
「凄いよな。あそこまでばっさり振られてるのに諦めない竈門も」 「まあ、斎藤も竈門には絆されつつあるって感じだったけどな」
だって斎藤のあんな顔を俺は、いやきっと竈門以外の奴は見たこともないと思う。そんなに表情を表に出さない斎藤がああも照れたり呆れたり。竈門の前では素直に感情を出しているのだ。いつになるかは分からないが、きっと竈門に軍配が上がるのだろうなと思う。
「いやーでもさ」 「なんだよ」 「あんな顔するんだな、斎藤」
上野も同じことを思っていたようだ。そうだよなぁ、斎藤のあんな顔は竈門と一緒じゃないと見れないからな。俺達は任務以外では斎藤とあまり行動はしないため真剣な顔をした斎藤を目にすることが多かった。 だけど竈門と一緒にいる時の斎藤は年相応の顔をする。それは見ていて微笑ましいほどに。
「あれはまあ、竈門が惚れる気持ちも分からなくはないな」 「上野、言っておくけど斎藤はやめておけよ」 「分かってるよ。俺は竈門みたいに辛抱強くないからな」 「いや、というよりも」 「?」 「斎藤に関しては、本人より竈門に目をつけられた方が多分やばい」
あ、あー。と上野が納得したように肯く。 全く笑ってしまう。竈門といえば優しいという言葉が形となって現れた男だと思われることも多いはずだったのに、斎藤が絡むとそんなものはどこに行ったものか。「俺のものだ」と威嚇する空気すら感じさせる。
「まあ竈門も男だったってわけだ」
可愛い後輩の成長を笑い合いながら俺と上野は残りの団子を平らげた。
***
「今日は良い日だ」 「そう?」 「ああ、凛と会えたからな」 「…そうですか」 「凛」 「聞かないよ、もう今日は聞かないから」 「好きだよ」 「…私は今日は良くない日」 「どうしてだ」 「炭治郎に会ったから!」
そう言って凛は走って行ってしまうので俺もそんな凛を追いかける。 良くない日だなんて。そんなに耳まで真っ赤にしながら言われても説得力なんてないのに。 いつか素直になってくれる日を夢見て今日も俺は凛に想いを馳せるのだった。
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