※二人は既に恋仲の話です。 全年齢、そして御礼話のためこちらに掲載。
「天元様ぁ。これ見てくださいよー!」
そう言って須磨が俺に見せてきたのは正の文字が沢山書かれた紙切れ。なんだこれは?と首を傾げていると須磨が楽しそうに声を弾ませる。
「これ、隊内の憧れの恋人同士を聞いてまわってみたものを集計してみたんです」
なるほど。須磨が考えそうなことだ。 人の恋路と聞くと興味津々で足を突っ込むのが須磨だ。とはいえ俺もそう言う話は嫌いじゃない。特に若い奴らの恋路なんて面白いに決まっている。 一番正の字が多い恋人の二人の名前を見て俺はぶはっと吹き出した。
「へーえ。あいつら大人気じゃねーか」 「そうなんですよぉ!私達としてもちょっと鼻が高いですよね」
確かに。あの二人の相談事はよく受けていたからな。その相談事も俺から言わせれば可愛いもんで。例えばどうやったら口吸いが上手くなりますか、だの。胸が大きくなりますか、だの。相談事が相手のためにって時点でお互いが惚れ込んでるのなんて手に取るように分かった。
「そこで天元様、提案なんですけどぉ」 「なんだ?」 「二人にお互いの好きなところを改めて聞いてみませんか?私は凛ちゃんに。天元様は炭治郎君に」
憧れられる秘訣が分かるかもしれませんよー!と須磨が楽しそうに笑う。 確かに面白そうだ。あの二人はお互いのことがそれはもう大好きなのは伝わってくるけれどどこが、と言うのをきちんと聞いたことはなかっ…いや、俺は竈門からたまに聞かされるが。それならば。
「須磨、逆にしようぜ」 「逆ですか?」 「俺が凛に、須磨が竈門にお互いの好きなところを聞いてみるのはどうだ?」 「面白そうですねぇ!そうしましょう!」
こうして俺達は各々目的の人物のところへ出向くのだった。
***
「で、お前は竈門のどこが好きなんだ?」 「いや、突然すぎません?」
炭治郎と甘味処でお茶をしていると、そこに宇髄さんと須磨さんがやってきて「見てくださいよぉこれ!」と正の字が書かれた紙を見せてきた。一番多く正の字が書かれている横には私と炭治郎の名前が書いてあり、二人で首を傾げていると須磨さんが「凛ちゃんと炭治郎君は隊内で一番の憧れの恋人同士なんですよぉ」と興奮気味に言ってくる。 それはまあ、その、どうも。いきなりそんなことを言われてもなんて反応すれば良いのか分からないなぁと困っている私の腕を宇髄さんが引き、脇に抱え込むように私を抱え上げる。
「「え?」」
私と炭治郎の声が重なると須磨さんがすかさず炭治郎の腕に抱きつき炭治郎の動きを止め、その隙にあれよあれよと宇髄さんは私を攫うことに成功するのだった。
「なんだよ。竈門から引き離したことを怒ってんのか?お熱いことで」 「いやいや、そうじゃなくてですね…」
はぁ、と溜め息をつく。 この宇髄天元という男は良くも悪くも強引なのだ。そして、私の恋人に何を吹き込んだのか。…もしかしたら吹き込まれてないのかもしれないが炭治郎も間違いなく宇髄さんのような強引な一面を持つから困ったものなのだけど──ってそうじゃなくて。
「宇髄さん、ここが何処か分かってます?」 「あ?お前と竈門がよくお世話になってる茶屋だろ」 「はいそうですね!こんなところに恋仲でもない男女が一緒に入るのは良くないと思うので帰ります。さようなら!」
そう言って部屋を出ようとすると待て待て、と宇髄さんに腕を掴まれる。力の強い宇髄さんに掴まれびくともしない腕を引っ張り続けるが宇髄さんは涼しい顔をして笑っている。…駄目だ、用件を飲まないと帰してもらえそうにない。
「…分かりましたよ。でも、その」 「なんだよ?」 「……変なことはしないでくださいね?」
いや、あんな綺麗なお嫁さんが三人もいるし私だって宇髄さんのことは信頼している。でもその、場所が場所だ。その壁の模様や天井を見れば嫌でも炭治郎との行為を思い出してしまう。ここはそういう場所なのだ。 私がそう言うと宇髄さんはお腹を抱えて笑った。
「はははは!小娘に欲情なんてしねーよ!」 「くっ…!」
顔が熱い。は、恥ずかしい…!自意識過剰すぎる自分に嫌気がさしながらも私は宇髄さんに向かい合うように腰を下ろしてさっさと帰れるよう宇髄さんの用件を聞くことにした。
「それで…炭治郎の好きなところですか?」 「おう。いくつでもいいぜ」 「………」
炭治郎の好きなところ、といざ言われると難しい。だってそんなの意識して考えたこともなかったから。 例えば、私を見つめる目が愛情たっぷりなところとか。私の名前を愛おしげに呼ぶところとか。案外融通が効かないところとか。いつもは人ばかりを優先しちゃうところとか……考えだしたらキリがないけれど、その、
「……全部?」
そう、全部。むしろ嫌いなところがない。
「全部ぅ?つまらん!」 「いやそんなこと言われましても…」 「あえて言うならこういうところが堪らないってとことかあるだろ?思い出してみろよ」
ええ…と頭を悩ませる。 炭治郎の堪らないところ?…隣にいるだけで幸せだし、それこそ我儘を言うところも──
「あ」 「お?あったか」 「そうですね…私にだけ我儘だったり甘えたがりなところは、可愛いです」
炭治郎は長男ということもあってとても我慢強い。それこそ人のために我が身を切ってまで尽くしてしまう危うさすら持ち合わせている。きっと後輩隊士達に聞いても炭治郎が我儘を言ったりするところは想像出来ないと思う。 だけど、炭治郎は私と二人きりになると「長男」をやめる。甘えたいだけ甘えて、時には駄目だと言っても我儘を貫き通す。…あんな甘えた声や表情で「駄目か?」と言われて断れる人はいないと思う。卑怯だ。…そんなところも好きなんだけど。
「ほーーーーー?竈門が甘えたがりねぇ」 「…はい!もう良いですよね?帰りますよ」 「まあ、待て待て。そろそろだと思うからな」 「? そろそろって何が──」
ですか?と聞こうとした途端、扉が思い切り開かれた。え、この部屋って鍵付きだよね?凄まじい音がしたけれど壊したの?素手で?
「凛!」
血相を変えて現れたのは話題の人物である炭治郎であった。
***
一体なんだというのか。 突然現れた宇髄さんは凛のことを軽々と持ち上げると颯爽とその姿を消してしまった。追いかけようとした俺の腕にしがみつくように須磨さんが抱きついていて、俺は二人を見失ってしまった。 はぁ、と呆れたように溜息をついて須磨さんにとりあえず離れるようにお願いすれば二人を今すぐには追わないという条件付きで離れてもらうことになった。
「須磨さん…一体これはどういうことですか?」 「炭治郎君、私の質問に素直に答えてくださいね?」 「質問?」 「はい!炭治郎君は凛ちゃんのどこが好きなんですか?」 「全部です!」
俺が即答すると須磨さんは「はわ…」とよく分からない声をあげたので二人を追おうとすればがしっとまたしても腕にしがみつかれる。
「いや、駄目です!ちゃんと詳細に教えてください!」 「ええ…?」
詳細にと言われても。 それこそ凛の好きなことろを語っていいと言うのなら永遠にでも語ることが出来る自信があるのだが。酒の席で善逸と伊之助に酔った勢いで延々と凛について語っていたら善逸には頭を齧られたし、伊之助には飽きた!寝る!と相手にされなくなったほどだしなぁ。 例えば俺を見つけると目を細めて嬉しそうにするところも、隣にいると楽しそうにしてくれるところも、酒に弱いくせに酒が好きなところも、恥ずかしがり屋ですぐ逃げようとするところも全部好きだ。 いや、本当にずっと考えられるが今は宇髄さんに連れ去られた凛が気になって仕方がない。
「そうですね…凛は、俺にとって唯一無二の存在なんです」 「というと?」 「凛にだけは、何も隠さず俺自身のことを曝け出すことが出来るんです。…俺が甘えると凛は嬉しそうな匂いをさせてくれて、それが堪らなく愛しくて。甘えてるのは俺なのに、それを自分のことのように喜んでくれる。俺はあまり甘えたりすることは得意じゃないけれど、凛にだけは何も考えずに甘えられるんです」
そんなことが出来るのは、凛に対してだけで。気が張っている時や疲れている時、凛が側にいてくれるだけで心が和らぐんだ。 そんな存在、凛しかいない。禰豆子も善逸も伊之助も大切だけど、やっぱり俺にとって凛は誰よりも特別で唯一無二の存在なんだ。
「きゃーー!盛大に惚気られちゃいましたねぇ!」 「で、須磨さん。凛と宇髄さんは何処に行ったんですか?」
頬を両手で覆いながら興奮したように叫ぶ須磨さんに二人の居場所を聞くと、須磨さんが悪戯っぽく笑う。
「炭治郎君達がよく使っている茶屋ですよぉ」 「え!?」
茶屋って、あの!?
「天元様の夜の技は凄いですからねぇ?いくら凛ちゃんといえどあっという間に崩落──」
須磨さんの言葉を全て聞く前に全速力で走り出す。 いやまさか、宇髄さんだぞ?あの人はそんな不誠実なことをする人じゃない。信じている。 だけど、あの茶屋に恋仲でもない男女が二人でいること自体が良くない!良くないと思う! 俺は一心不乱に足を動かして茶屋へと向かうのだった。
「もう。そんなの私が許すわけないじゃないですかぁ」
揶揄い甲斐がありますねぇ、と言いながら須磨もまた炭治郎の後を追うのだった。
***
部屋の扉を壊して登場した炭治郎は私の姿を確認すると一目散に私を抱き抱えて宇髄さんから距離を取った。
「だ、大丈夫か!?宇髄さんにその、変なことをされてないか…!?」 「さ、されてない!されてないよ!落ち着いて?」 「そ、そうか……良かった…」
ほっと胸を撫で下ろす炭治郎を見て宇髄さんがはははっと笑う。気付けば須磨さんが笑顔で宇髄さんの隣に並んで座っている。
「なんだよ須磨。俺が凛を襲ってるとでも言ったのか?」 「違いますよぉ。天元様の夜の技が凄いって自慢したら炭治郎君が勘違いしちゃったんです」 「いや!あれは!誤解を招く言い方だと思います!」
そう言いながらも炭治郎は私を抱き込むようにぎゅう、とその力を強くする。おお…これは大分焦ってくれたみたいだ。勘違いだけど。
「それで?面白い話は聞けたか?」 「それが即答ですよぉ。炭治郎君は凛ちゃんの全部が好きなんだそうで」 「え!?」
咄嗟に声が出てしまう。 そうか、宇髄さんが私に炭治郎のことを聞いたように須磨さんも炭治郎に私のことを聞いたんだ。 ばっ、と炭治郎の顔を見ると「全部好きだぞ?」と当然のように口にする。いや、その、
「なんだ竈門もか。凛も炭治郎の全部が好きですぅ〜って言ってたしな」 「ちょ、ちょっと!?」 「それに炭治郎は私に甘えてくれるし我儘も言ってくれるし…もっと滅茶苦茶にしてほしい…なんて言ってたよな」 「言ってない!?主に最後の方は捏造ですよね!?」 「え、凛は俺に滅茶苦茶にしてほしくないのか?」
炭治郎が私を腕に捕らえたままじっと見つめてくる。うっ、いつもの卑怯なやつだ。 いや私は滅茶苦茶にしてほしいとは言ってないよ。完全に今にも笑い出すのを堪えているあの疫病神の捏造だよ?だけど、してほしくないのか?と聞かれれば、その、あの……
「だ、」 「だ?」 「駄目だと思う!こういうのは!人前では!」
そう言って炭治郎の顔に両手を当てる。きっと今の私の顔は信じられないくらい真っ赤になってしまってると思うから。恥ずかしい、もう、逃げたい!
「ひゃあっ!?」
あろうことか炭治郎はその私の手をべろりと舐め上げた。
「凛……」 「う、嘘!まだ、宇髄さん達もいるからさ…!」 「あ、俺達もう帰るな」 「炭治郎君、凛ちゃん。お幸せにー!」 「え!?」
鍵壊れてるから気をつけろよーと言って二人は扉を閉めて出て行ってしまう。え、嘘でしょ。この状態になった炭治郎をこのまま置いていく?
「ま、待って待って。明日任務…!」 「うん、ごめんな?」 「いや、ごめんじゃなくて……あー!」
やっぱりちょっとは我儘を許さないほうがいいのかな、と毎回のように思う凛であった。
アンケート一位。「幸せになってほしい人」 投票して頂き本当にありがとうございました!
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