※モブの名前は適当


「えー!あの人と寝たの?」
「もう声大きいって」
「どうだったどうだった?」

合同訓練が終わり奢ってあげるからと言われ私桜野と同期二人、そして後輩に当たる斎藤さんは一緒に茶屋へと足を運んでいた。
最初こそ訓練の話で盛り上がっていたがあれよあれよと話の内容は恋の話、そして猥談へと変わっていく。まいったなぁ、私そんなに猥談好きじゃないんだよね。そんなことを考えながらとりあえず場を持たせようと意味もなく笑顔を浮かべていた。

「いや全然駄目。あんなんじゃ満足出来ないわ」
「えー、意外」
「それに口吸いも下手くそでさぁ。まるで盛りついた犬!」
「ひどーい!」

盛り上がる二人をにこにこと見守る。どうかこっちに話を振られませんように。そんな私の願いは全く届かず。

「桜野は口吸いしたことある?」

なんて話題を振られる。

「えーいきなりなんで」
「こういう話あんまり乗ってこないからさぁ。経験ないのかと思って」

少し小馬鹿にしたように言われむっ、とする。

「別にあるけど…」
「え!そうなの?どうだった?」

うっ、この二人がどう思っているか知らないけどこんな白昼堂々変な話をしたいとは思えず「内緒内緒ー」と言葉を濁す。その反応にふっ、と鼻で笑われた。あ、今嘘ついたと思われたな。別にいいけど。

「斎藤さんは?」

それまで一言も喋らず愛想笑いの一つも浮かべていなかった斎藤さんに話を振るあたりこの子も怖いもの知らずだなと思う。
斎藤さんは鬼殺隊で密かに有名である。美人であり表情をあまり変えない彼女は儚いと評され男達に人気があるのだ。それを気に食わない女性隊士も中にはいる。例えば今話を投げかけたこの子とか。

「何がですか」
「男と寝たことあるの?」
「ないです」
「えー!意外。色んな男と寝てるのかと思った」

意地悪く笑えば斎藤さんはふぅ、と溜息をつく。

「そういう話興味がないので」

ご馳走様です。と言って斎藤さんは自分が食べた分の代金を机に置いて立ち去ってしまった。

「何あの子」

取り残された彼女は馬鹿にしたつもりがまるでこちらが馬鹿にされたような気がしてたまらない。と言った感じで怒りに震えている。
私は正直格好いいと思ってしまった。自分の意見をはっきりと告げ、自分の意思でここを立ち去った彼女が。

「ほんと顔だけでちやほやされて調子乗ってるよね」
「でもあんなに愛想が悪くちゃ男も寄ってこないでしょ」
「男の前では態度変えてるかもよ?」
「うわー、最悪」

立ち去った斎藤さんの悪態で盛り上がる二人の声が遠く聞こえる。

「美人さんなのに、勿体無いね」

私がそう呟くとだよねー!と二人は嬉々として盛り上がっていた。
だってあんなに綺麗なのに。良い人と巡り合って結婚とか出来そうなのにな。



***



数ヶ月後。斎藤さんと任務が重なり討伐へと向かえばすんなりとそれは終わった。鬼に襲われていた子供を助ければ「ありがとう」と泣きながら感謝をされる。救えてよかった。こういう時に鬼殺隊になってよかったと実感できる。
ふと、隣にいる斎藤さんに目を向ければ斎藤さんは優しい顔で微笑んでいて、その表情が暫く脳裏から離れなかった。


「斎藤さん、今でも恋愛には興味ないの?」

帰路で唐突に尋ねれば斎藤さんは少し驚いた顔をした。

「桜野さんもそういう話が好きなんですか」
「え?」
「苦手なのかと思っていました」

数ヶ月前での茶屋のことを言っているのだろうか。愛想笑いをしていたのが見破られていたということだろう。

「大っぴらにするのは好きじゃないかな。でも人並みには興味あるよ」
「そうなんですね」
「斎藤さんはこういう話嫌い?」

嫌いならやめるけど。と言えば少しの沈黙の後に斎藤さんが口を開く。

「嫌いというか、縁がないと思っていて」
「え、どうして」
「誰かの特別になりたくないんです」

斎藤さんの瞳が寂しそうに揺れる。誰か、とは思い浮かぶ相手がいるのだろうか。それを聞いても斎藤さんは答えない気がしたし聞いてはいけない気もした。

「それは、受け入れる自信がないから?」
「…誰かの特別になってしまったら、もし私が死んだ時にその人が悲しむことになるから」

もう家族のような存在は作りたくないんです。と斎藤さんは寂しそうに言う。
この鬼殺隊には私や斎藤さんのような人がほとんどだ。親や家族、恋人や友人を鬼に殺された人達。そんな存在を失う辛さを私たちは身をもって知っている。

「ねえ斎藤さん、聞いて」
「?」
「私茶屋でさ、口吸いしたことあるって言ったの覚えてる?」
「…? はい」
「その人はね、将来を約束した人だったの。でも鬼に殺されてしまった」

私の言葉に斎藤さんは悲しそうに俯く。表情は豊かではないけれどこの子は決して冷たい子ではないんだな。

「悲しかった、辛かった。…こんな思いをするなら恋仲になんかならなければ良かったと思った。だけどね、やっぱり私はあの人を好きになったことを後悔していないよ」
「そんな辛い思いをしたのに、ですか?」
「うん。それでも一緒に過ごした日々は本当に楽しかった。失ってしまった時は凄く悲しかったけど、彼が私の特別な人で良かったって思ってる」
「……」
「だから斎藤さん、逃げないで。貴女は幸せになれる。その道から目を逸らしちゃ駄目」

私の言葉に斎藤さんが黙り込む。…踏み込みすぎてしまっただろうか。でも、幸せな道から目を逸らそうとするこの子をどうしても放っておけなかった。

「あの、」
「ん?」
「男の人ってやっぱり…普通の女の人と夫婦になったほうが幸せだと思いますか?」
「? 普通ってよく分からないけど、好きな人と一緒になるのが一番の幸せなんじゃないかな」

そういう言うと斎藤さんは「そうですか…」と小さく呟いていた。



***



「色々考えたんだが」

そう、俺は本当に色々考えた。
凛への想いを自覚し伝えてから一年近くが経っていたが凛のことを考えない日はなかったのではないか。初めに振られたあの日以降も凛とはいい友人関係を築けている。そう、友人関係を。
でも俺はやっぱり凛が好きだ。だけど勘のいい凛は所謂「そういう雰囲気」になろうものなら颯爽と立ち去ってしまう。追いかけても追いかけても捕まらない凛を不思議と諦めようと思う時はなかった。
そして今。まさにそういう雰囲気を醸し出し逃げ出そうとした凛を逃すまいと壁際に追い込むことに成功した。物凄く迷惑そうな顔、そして匂いを凛は醸し出しているけれどもう知るもんか。今日こそ逃さないから覚悟しろ。

「やっぱり俺は凛を愛している」
「はいはい」
「凛は言ったよな。俺を悲しませたくないから大切な人にしたくないって」

凛が大怪我をしたあの後、俺は彼女にそう言われた。最初は俺のために言ってくれているのだと、やっぱり凛は優しいなと思っていたのだが考えれば考えるほどそれは彼女にも当てはまるんじゃないのかと思い至った。
家族を全員鬼に殺されてしまった凛。その気持ちは痛いほど分かる。俺には禰豆子がいたけれど凛には誰一人残されなかった。その時感じた悲しみは誰にも分からないだろう、凛以外には。
きっと凛はもう失いたくないんだ。失うくらいなら手を伸ばしたくない。それはつまり、本当なら手を伸ばしたいと思っているということではないのだろうか。

「凛は自分じゃ俺を幸せに出来ないって言ったけどそれこそ逆なんだ。凛じゃないと俺を幸せに出来ないと思う」
「……」
「俺も凛も鬼殺隊士である身だ。どちらもいつ死ぬか分からない。…だけど死なないよう精一杯努力する。大切な人を悲しませたくないから」

約束するよと言えば凛は俺のことを真っ直ぐと見た後、目を逸らすように俯いてしまう。
みるみる顔を真っ赤にして恐る恐る上目遣いで俺のことを見てくる姿はあまりにも可愛らしく思わず喉をごくりと鳴らしてしまうほどだ。

「…そんなに私のこと好きなの?」
「好きだ」
「……」
「大好きだ」
「………」
「愛してる」
「も、もうわかったから…」

顔を真っ赤にさせて消え入るような声で凛が言う。
なんというか、その反応は反則ではないか。

「凛、俺と恋仲になってください」

改めて、だけど今までのどの瞬間よりも気持ちを込めてそう伝えると凛は優しく微笑んだ。

「……いいよ」
「え!」
「約束、忘れないでね」
「忘れない。絶対に幸せにするからな、凛」
「私だって、炭治郎のこと…幸せにするから」

そう言う凛があまりにも愛おしくて思い切り抱きしめれば凛も優しく俺のことを抱き返してくれた。



***



「ああー、つかれたぁ」

単独任務から帰ってきた私は堪えきれずにそうぼやく。甘味処に寄りたいな。とりあえず糖分を補給しよう。そうと決まれば足取りは少し軽くなりお気に入りの甘味処へと移動した。

「あ」

甘味処で団子を食べていると懐かしい顔が目に入る。斎藤さんだ。そういえば一年くらい会ってなかったなぁ。

「…?」

斎藤さんなんだか、凄い女っぽくなってない…?気のせい?一年も経てば成長期だし女らしくもなるのかな、なんて呑気に考えていると斎藤さんの元に一人の男性が駆け寄ってくる。
あの子も見たことがあるな。あの痣…そう、確か竈門君。そうか、あの二人同期だったなそういえば。懐かしい顔ぶれに顔を綻ばせていると竈門君は一目も憚らず斎藤さんに抱きついた。

「えっ」

あまりにも想像外の行動に声が出てしまう。
すぐに斎藤さんが離れるけど竈門君はそれはもう愛おしそうな表情で斎藤さんを見つめている。斎藤さんはと言うと──

「……そっか」

顔を真っ赤にさせながらも竈門君を見るその目は明らかに彼を想っている目だった。斎藤さん、幸せな道を選べたんだね。うんうんそうか。

「斎藤さん、竈門くん。久しぶり」
「え、…!桜野さん、お久しぶりです」
「桜野さん!お久しぶりです」

声をかければやはり前よりも柔らかくなった雰囲気で斎藤さんは応え、竈門君は相変わらずの眩しい笑顔で対応してくれた。

「久しぶりに見かけたと思ったら随分お熱いことで」
「…え!」

察したのか斎藤さんの顔が赤く染まる。恋する乙女はここまで変わるものか。「そういう話興味がないので」とばっさりと言い切った斎藤さんに見せてやりたい。貴女一年後こうなりますよーって。

「はい!凛とお付き合いさせてもらってます」
「声が大きい!」
「本当のことだから良いだろう?」
「で、でも…恥ずかしいから…」

なるほど。竈門君が斎藤さんを好きで堪らなかった感じかな。思えば恋愛の話を踏み込んだあの時既に竈門君から迫られていたのかもしれないな。なら私感謝されてもいいのでは?斎藤さんの背中ちょっとは押せたんじゃない?

「斎藤さん」
「は、はい」
「ちゃんと逃げなかったね、偉いよ」

そう言って笑うと斎藤さんはそれはもう綺麗な微笑みを浮かべた。



「逃げなかったって俺からか…?」
「え、…うーん。半分正解?」
「! 絶対に逃してやらないからな!」

そう言うと凛はとても嬉しそうに笑うのだった。



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