※上野さん再び


目を開ければそこには見知った天井が広がっている。…あれ、生きてる?
体を動かそうと身を攀じれば激痛が走った。

「いっっ、、」

思わず目尻に涙が浮かぶ。あまりの痛さになんとか生き残ることが出来たのだと実感した。

「…凛?」

聞き覚えのある声が聞こえてくる。体は痛みで動かせないので目線だけそちらへ向ければ酷い顔色をした炭治郎が私の手を握ってこちらを見ていた。

「…炭治郎?」
「凛、凛…!だ、大丈夫か、本当に…目が、覚めたんだな…?」

私の手を握る炭治郎の手は震えていた。
ぼろぼろと大きな目から大粒の涙を流して私の手を握る炭治郎の力が強くなっていく。

「…生きた心地がしなかった、血塗れの…凛が運ばれてきた、時……もし、もし…死んでしまったら…お、俺…」

悲しませてしまったな、申し訳ないなぁ。生き残ったことと炭治郎を泣かせてしまったことくらいしか今の状況が分からない。相当消耗しているのか頭も回らないし…猛烈に眠い。

「凛、今、しのぶさんを呼んでくるからな…」

立ち去ろうとする炭治郎の手を今出来る精一杯の力で握り返せばそれに気付いてくれた炭治郎は再び私の近くへと戻ってきてくれた。

「どうしたんだ、凛…?」
「…あの時…最後に、思い浮かんだのは……炭治郎の、顔だったよ…」
「─!凛、それは…」

凛?凛!と私のことを呼ぶ炭治郎の声がどんどん遠くなる。ああ、駄目だ。凄く眠い。炭治郎のこと泣かせたくなかったな、彼にはいつも笑っていてほしいのに。
そんなことを思いながら私の意識は再び暗闇の中へと落ちて行った。



***



「ねえ、毎日来てるけど任務は?」
「お館様にお願いして凛が全快するまでは急務でない限り外してもらうことにした!」
「……鍛錬は?」
「ちゃんとしているぞ?朝と深夜に」
「ちゃんと寝なさいよそれは…」

意識が戻り体力も回復してきた私の側には常に炭治郎の姿がある。もうほんとに、いつも。
怪我が治りきるまでは絶対安静にと蟲柱様にも言われ言いつけ通り大人しくしているのだが本当に毎日炭治郎は通ってくる。炭治郎がここに通うため善逸や伊之助も度々訪れるようになりそれはもう、毎日賑やかなわけで。

「…休まらない」
「眠いのか?遠慮しないで寝ていいぞ」
「いや、大丈夫」

だって寝て目が覚めると炭治郎の顔が絶対に目の前にあるのだから。…もしかして寝ている時もずっと見ているのか?と思えば気軽に寝ることすらままならない。
そんな私の考えなどお構いなしに炭治郎は優しい表情を浮かべて私の手を握る。

「でも…本当に無事でよかった」

炭治郎が安堵したように言う。相当心配をかけてしまったらしい。私も助かるとは思っていなかったため状況は最悪だったのだろう。
最後の一撃を腹部に受けた私はそのまま意識を手放した。その直後近くまで来ていた音柱様が駆けつけ鬼を退治してくれたらしい。音柱様を案内してくれたのは上野さんだと聞いた。今度会った時にお礼を言わないと。

「凛が助からなかったら、なんて考えるだけで…俺…」

本気で落ち込んだ表情で炭治郎が言う。
ああ、それは駄目だ。私はこれが嫌だった。どうしても炭治郎の想いに答えられない理由が今、ここにある。

「炭治郎。私は炭治郎の大切な人になりたくない」
「ど、どういうことだ?」
「悲しませたくないから」

炭治郎は一番大切だった家族を禰豆子ちゃん以外亡くしてしまっている。その悲しみは計り知れないものだっただろう。
分かるよ。私もそうだったから。家族が大好きだった。決して裕福な暮らしではなかったけれど母と父と兄と四人で笑い合えていれば幸せだったのだ。それをあの日、一瞬で失った。目の前で惨殺される両親。最後まで私を庇うようにして死んでいった兄。忘れることなど出来ない。私はあの日、全てを失った。
大切な人を失うというのは想像を絶する苦しみを味わううえにその傷は決して癒えることはない。どんなに回復しようと心に負った傷が完治することはないのだ。
だから、鬼殺隊に身を置いている私を大切な人にしてほしくない。もし炭治郎にとって私が大切な人になってしまったら。そしてその私が鬼殺隊士として命を落とすことになれば炭治郎はまたしても「大切なものを失う苦しみ」を味わうことになる。炭治郎にはそんな思いをもうしてほしくない。
 
「…凛は優しいな」
「は?」
「でもすまないがそれは無理だと思う」
「なんで」
「俺の中では凛はもう一番大切な人だから」

あ、勿論禰豆子もだけどな!と幸せそうに笑う炭治郎に絆されそうになる。
違うよ炭治郎。私は優しくない。私は臆病なんだよ。結局いくら方便を並べたところで本当のことを言えば私が嫌なのだ。私のせいで炭治郎が傷つくことが。
炭治郎に傷付いてほしくない。それは紛れもない本心だ。だけどそれ以上に、私のせいで炭治郎が傷付くのを見たくなかった。

「私じゃ炭治郎を幸せに出来ない。だからもう諦めて」
「そんなことないよ」
「なんで、」
「俺が凛を幸せにするから」

その言葉と眩しい笑顔に少しだけ眩暈がした。

「……………」
「だから恋仲になってくれるか?」
「……………」
「凛?」
「…なりません」
「今日も駄目か…」
「ずっと駄目です。諦めてください」
「それは出来ない!」

むんっ、と誇らしげに言う炭治郎に呆れてしまうがその様子がおかしくて堪えきれずに笑ってしまう。

「ふふ、本当に頑固」

そんな私を炭治郎はそれはもう愛おしげな目で見つめてくるものだから居心地が悪い。

「み、見ないで」
「凛は本当に可愛いなぁ」
「そういうの本当にいいんで…」

にこにこととても嬉しそうに笑う炭治郎といると調子が狂う。治るものも治りにくくなりそうだ…。
そんな問答を繰り返しているとこんこん、と音が聞こえ入口に目を向けるとそこには上野さんが立っていた。

「斎藤、調子はどうだ?」
「上野さん。もう大分いいですよ」

あの日、音柱様を案内してくれたのはあの場から離脱した上野さんである。彼の機転がなければ私は生きていなかっただろう。

「上野さん、本当にありがとうございました」
「何言ってんだよ。あの時斎藤に蹴っ飛ばされなければ俺は死んでたんだからさ」
「うっ…その節はどうも、すみません…」

全力で蹴ったよなぁ、私。女といえど鍛えてきた私の蹴りはまあまあ効いたのではないのだろうか。
だけど上野さんは全く気にも留めていないようでその事実に安心する。お互い無事で良かった。そう安堵していると上野さんは炭治郎に声をかけた。

「そんで?今日も竈門は通ってるってわけだ」
「はい、勿論です!」

いや何が勿論なのか。

「そういえば竈門、お前の言ってたこと分かった気がするわ」
「? 俺何か言いましたっけ」
「斎藤のこと優しいって言ってただろ?今回も斎藤には怒鳴られたけど走ってた時に思ったんだ。ああ、斎藤は俺のことを思って怒ってくれたんだなって」

…いや本人ここにいるんですけど。
上野さんと炭治郎は一体私のことをどんな風に話しているのか。…聞きたくないし聞かないほうがいい気がする。少しむず痒い気がして炭治郎のほうをちらりと見ればなんだか少し変な顔をしている。なに、その顔。

「……分かってもらえて良かったです」

思った以上に低い声で炭治郎が言う。顔だけでなく声色まで変だ。いつもの炭治郎じゃない。
不思議に思い炭治郎の顔をよく見れば炭治郎は笑顔を浮かべていた。…目は笑っていない気がするけれど。

「上野さん」
「なんだ?」
「駄目ですよ凛は。あげませんよ」
「は?」

あげるも何も私は誰のものでもないんですけど?
思わず出てしまった声に炭治郎が反応して私の顔をじっと見てくる。
その顔はなんというか、ちょっと拗ねたような顔で。

「ははは!取らねえよ!ただ竈門は随分前からそれに気付いていたんだなって感心しただけだよ。あと」

上野さんが私の方を見てニヤリと笑う。なんだか凄く嫌な笑い方だ。何?

「斎藤も誰かさんの幸せを一番に願ってるみたいだったし?」
「な─っ!」

んてことを言うんだあの人は!

「じゃあお邪魔虫は退散するぜ〜。ごゆっくりどうぞ〜」

爆弾だけ好き放題撒き散らして上野さんは部屋を出ていく。いや待って、待ちなさい上野さん。あの時は思い切り蹴ってすみませんと思っていたが前言撤回。今度会った時はもっときついやつをお見舞いしてやらねばと心に誓う。
………なんだこの居た堪れない空気は。上野さんが出て行ってから炭治郎も私も顔も上げず声も発さずに黙り込んでいる。気まずい。かなり気まずいぞこれは。

「凛…」
 
先に口を開いたのは炭治郎だった。

「……なに」
「誰の幸せを一番に願っているんだ?」
「…さぁ?」
「上野さんか?」
「は?」

どうしてそうなるのか。

「そうなのか?」
「いや違うよ」
「じゃあ、善逸や伊之助か?」

いやまあ、二人とも幸せになってほしいとは思っているけど一番では…その、ないからなぁ。

「いや、二人とも幸せにはなってほしいけど」
「なら、…俺か?」

炭治郎の言葉にうっ、と言葉に詰まってしまう。まずい。
ここで黙るのは絶対に良くない。良くないけど嘘をつくのも何か違う気がする。けども!伝える気もないわけで。

「…さぁ?」
「……凛」
「な、なに。もう、もうおしまい。この話はおわり。疲れたから寝る」

そう言って私は頭まで布団を被りこんだ。
そうだよ、炭治郎。私は貴方の幸せを願っている。
例え隣にいるのが私じゃなくても。炭治郎が笑ってさえいてくれれば私はそれで満足なんだ。
だから私なんてやめてもっと、普通の町娘で家庭的で、戦いなんかとは無縁の子と幸せになったほうがいい。それが普通なんだから。

「凛、俺も一番幸せにしたい人がいるんだ」

途端、体に暖かさを感じた。炭治郎の手が私に触れているんだ。相変わらず体温が高いんだな、なんて布越しに存在感を醸し出してくるのはもはやずるくはないだろうか。

「誰か…分かるよな?」

いつもと違い低めの声で炭治郎は言う。やめてほしい本当に。本当に心の底からやめてほしい。
耐えきれずバサっと布団から出て炭治郎の顔に枕を投げつければうぐっ、と炭治郎はくぐもった声を出した。

「知らない、馬鹿」

余程情けない顔をしていたのだろう。私の顔を見て炭治郎はそれはもう楽しそうに笑うのだった。


[ 9/12 ]




×
「#オリジナル」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -