※上野さん再び


「げっ」

鎹烏が次の任務について俺に詳細を告げればそんな声しか漏れない。今回は単独ではなく二人で任務に当たれとのことだ。その相手は前の任務で俺に喝を入れた後輩斎藤。
正直嫌だなぁ、あいつ苦手なんだよ。怖いし。竈門は優しいって言っていたけどやっぱり俺には分からない。なまじ美人だからこそ凄みが増すというか。
はぁ、と肩を落としながら身支度を整え集合場所へ向かえばそこには既に斎藤…と何故か竈門の姿が。え、もしかして竈門も一緒だったっけ?それなら幾分マシなんだけどな。

「いえ、俺は任務じゃありませんよ」

竈門に問えば即答で答えられる。

「そうなのか?ならなんでこんなとこにいるんだよ」
「少しでも凛と一緒にいたくて」

……ああ、はいはい。
竈門も諦めが悪いというかなんというか。斎藤といられるのが嬉しいと見れば分かるように顔を綻ばせて竈門はそんな風に言うけど斎藤はいつも通り変わり映えのない表情をしている。俺だったら一瞬で心折れてるね。

「上野さん、行きましょう」
「ん、ああ。じゃあ行ってくるな竈門」
「お気をつけて!凛も、無理しちゃ駄目だぞ」
「うん」

斎藤はそれだけを言うと振り返らずにさっさと歩いて行ってしまう。
おいおいまじかよ。気まずさを覚えながら竈門の方を振り返れば優しげな笑顔で手を振っていた。



***



「斎藤さあ、いい加減竈門のことちゃんと振ってやれば?」
「…はい?」

俺の言葉に対して斎藤は少し不機嫌な声を出す。うーん、やっぱり怖いなこいつ。
でも竈門は俺にとって可愛い後輩で、さっきみたいな態度をとられてるのを見たら流石に可哀想だと思う。竈門は諦めないと言うけれど、俺からしたらこんな脈も何もない恋よりも新しい恋を探した方がお互いのためになると思うわけで。

「いや、だから。ちゃんと断ったら竈門も素直に引くと思うんだけど…」
「断ってますよ。もう何回も」
「え、そうなのか?」

てっきりずっと躱したり流しているだけなのかと思っていたがそうではないらしい。何回も断られているのだとすると竈門、お前相当しつこいってことか?頑固だとは思っていたけどここまでとは…

「竈門、いい奴だぞ。男の俺達から見ても。まあ好きじゃないなら仕方ないと思うけど勿体無い気もするけどなぁ」

俺が女なら正直竈門に惚れててもおかしくないと思う。それくらい竈門はいい奴なんだ。実際竈門に想いを寄せている女隊士も何人か知っていたし竈門に告白して振られているのも風の噂で聞いた。まあでも、いくら他の隊士に人気があろうと斎藤が竈門のことを何とも思っていないのなら余計なお世話だったよな。また怒られたら嫌だなぁ。

「知ってますよ」

怒るどころか少しだけ優しげに微笑んだ斎藤に目を奪われる。そんな顔、するのか。

「炭治郎は良い人だから幸せになってほしいんです」
「? それって、」

俺が言葉を言い切る前に斎藤の足が止まる。勿論俺も歩みを止めた。─鬼の気配だ。
刀に手をかけ鬼の位置を探る。あまりの禍々しい空気にじわりと嫌な汗が背中を伝う。

「上野さん!!」

斎藤の大きな声が響き気付いた時には俺は斎藤に思い切り蹴飛ばされていた。


***


油断したな、としか思えなかった。
鬼に気付くのに遅れた私たちは不意打ちを食らってしまった。上野さんの背後に現れた鬼は確実に上野さんの命を刈り取るつもりだったのだろう。
凄まじい殺気を感じ私は上野さんを蹴り飛ばした。そこまでは良かったのだが鬼の射程範囲を見誤ったせいで脇腹に深手を喰らってしまった。

─このままでは二人ともやられる。

それならば、生存確率の高い方を逃すのが最適だろう。上野さんを背に庇い私は覚悟を決めた。

「上野さん、このままでは二人ともやられます。…私は見ての通り速くは走れません。上野さんはこの場を離脱して増援を呼んで来てください」
「は!?お、お前を置いていけるわけないだろ…そんな怪我までしてるのに…」
「駄目です。迷ってる暇ありません。躊躇すれば二人とも死ぬだけです」

話している最中にも鬼の攻撃が飛んでくる。どうやらこの鬼は姿を隠しながら戦うことに長けているらしい。ますます状況が悪い。姿が見えなければ頸を切ることもままらない。
未だに立ち去らない上野さんに私は叫んだ。

「早く行って!!」

そう怒鳴ると上野さんは悔しそうな顔をして走り去って行った。上野さんならきっと大丈夫。足も速いし強い人だ。間違いなく生き延びれるだろう。
さて、問題はこっちだ。増援が来るのが先か、私が死ぬのが先か。我慢比べだな。
時間が過ぎれば過ぎるほど体力も怪我も酷い私は不利になっていく。
鬼の攻撃は止まらず姿を現さない。見つけ出そうにも痛みで目が霞んできた。
その時、疲労からか足が縺れ倒れ込んでしまう。

(あ、)

これは駄目だ。死んだ。
自らの死を悟り時間が緩やかに流れるような錯覚に陥る。

『凛』

思い出されるのは優しい彼の笑顔。

『好きだよ』

どんなに拒んでも決して諦めない真っ直ぐな人。私も好きだよ。本当に大切だったんだよ。
─最後に思い出すのは炭治郎の笑顔か。
その事実に口元が緩む。

凄まじい衝撃音と共に私の世界は暗転した。


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