人形が戦う理由


信じていた。
雛鶴を狙えば天元様はきっと私を斬ってくれると。

忍にはね、感情なんていらなかったの。私も物心ついた時からそんなものは捨てろって酷い折檻を受けていつからかそんなものは必要なくなった。嬉しいとか悲しいとか。そんなこと思っても何も変わらなかったから。でも私はくの一だったから潜入任務とかでは感情を理解しなければいけないなんて言われて。捨てろと言ったり理解しろと言ったり勝手なことを言うな、と思ったけど感情のあるフリは私が抜群に上手かったんだって。まるで魂の入れ替えが自由な人形のようだなんてよく言われたっけ。

そんな私が天元様の救護係に任命されたのは簡単な理由で。宇髄家は天元様かその下の弟様が後継者になると睨んでいたんだけど天元様は自分では捨てたつもりでも感情が捨てきれていなかった。弟様は感情を捨てて機械のようになることが出来たんだけど、実力は天元様のほうが上だった。だから私が天元様の感情に訴えかけて天元様にとってかけがえのない存在になって、天元様の目の前で殺されることによって天元様の心を壊す予定だったの。あの時から私の命の終わりは決まっていて。最後まで感情ってどんなものだったか思い出せなかったな、なんて思っていたんだ。

「凛は忍のくせに…感情豊かだよな」

だから天元様にそう言われた時は本当に可笑しかった。私から見たら天元様のほうが出会った時から感情を持っていて、無理矢理殺していたそれは私と話していくことによってどんどん解き放たれて。──ある日、そんな天元様との日常が「楽しい」と感じる自分がいることに酷く驚いてしまった。

「……俺の嫁になれよ」

顔を真っ赤にしてそう言ってくれた天元様。きっと私が普通の女だったら嬉しくてすぐに良い返事をしたのだろう。でもどうしても頷けなかった。天元様にとって私が特別になればなるほど、父様の策が上手くいってしまう。このままいけば私という存在を目の前で殺された時、天元様はきっと絶望してくれるだろう。天元様は優しい人だから。

「ごめんなさい天元様。私、幸せにしたい人がいるんです」

私では絶対に幸せに出来ない人。だけどいつからから。どんな形でも良いから天元様に幸せになってほしいと、そのために何か力になれないかと考えるようになっていた。だって、天元様のおかげで私は知ることが出来たから。楽しいと思うことも、愛しいと思うことも。感情として理解しているだけではなく、自分で体感するとこんなにも感情とは大切で尊いものなのだと。天元様が私に教えてくれたんだ。

「…そいつのことが好きなのか?」
「はい、好きです」

だから、私の全てを捧げてでも天元様に幸せになってほしいと思った。そのためには天元様をこの凄惨な家から逃さなければならない。その時に寄り添う嫁が必要で、転がり込む場所も必要だ。私は昔任務の帰りに出会った「鬼殺隊」という組織のことを覚えていた。今思えば無意識にあの組織に惹かれていたのだろう。「過去を問わない」という殺し文句は魅力的だったから。


きっと天元様なら、里を出れば幸せになれると。そう願うことしか出来なかった。


「凛、裏切るのか」

父様と弟様はいつでも戦闘体制に入れるようだった。どうやら天元様がこの家のやり方に嫌気を刺していることにはとっくに気付いていたようで、逃げるのならば殺すつもりだったのだろう。そんな二人を目の前に私は愛しい姿を思い返した。

「はい。私は天元様の幸せを願っていますので」

天元様はちょっと派手なくらい笑って怒って騒いでるほうがお似合いだ。あの人には笑顔が似合う。こんなところにいて、天元様の心が死んでいくのなんて私が許せない。私の返答に気を悪くした父様が右手を挙げると弟様が凄まじい速さで私に迫ってきた。
最初から勝てるとは思っていなかった。私は守りに徹して徹して。一切攻めることなく体にどんどん傷を増やしていく。私が時間を稼ぐほど天元様達は逃げ延びられるだろう。それだけを心に攻撃を防ぎ続けた。

「もういい、殺せ」

その冷酷な言葉に弟様が私の内臓を貫いた。致命傷なのは一目瞭然で、私は信じられない量の血を吐いた。外に捨てて来いと、そんな声が聞こえて殆ど何も見えなくなった。塵のように投げ捨てられた気がして、酷く寒い。天元様、逃げられたかな。良かった、今夜戦っていたら天元様は弟様にきっと勝てなかっただろう。天元様の強さは優しさです。でも、優しさに負い目を感じている間は弟様には勝てません。どうか、優しさは弱さではなく強さだと分かる日がきますように。そんなことを考えていると誰かが声をかけてきた。

「おやおや、可哀想に」

目はもう見えなかったけど、誰かの気配を感じる。その相手は私の返事など待たずに話し続けた。

「俺は優しいから放って置けないんだ。鬼になれるようあの方に選ばれるといいね」

私に手を差し伸べたのは神様なんかじゃなくて。それでも私はこの奇跡に感謝するしかなかった。鬼になればもう少しだけ天元様のために出来ることがある予感がしたから。






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