悪夢のような現実


「天元様、大きくなりましたね。雛鶴も綺麗になって」

それは幻覚かと見間違える光景で。俺達が里を抜けてから五年の月日が流れていた。なのに凛の姿は鬼の紋様というのだろうか。それが浮き上がっているだけで他は何も変わっていない。五年も経っているのに見た目に変化がなかった。

「凛…」

だと言うのに、俺は願望から馬鹿な言葉を口にしてしまう。

「生きて、いたのか…?」

どれほど願っただろう。そんなことはないと、分かりきっていたことなのに。もしかしたら凛は上手く逃げ延びて生きているかもしれない。そうであってほしいと。あの父と兄を相手にそんなことは無理だと分かっていても願わずにはいられなかった。だけど、こんな現実は望んでいなかったんだ。

「あは、これって生きてるって言えますかね?」

まあ死んではいませんけど。と凛は可笑しそうに笑う。どこか掴みどころがなくて楽しそうに笑う凛は五年前と何も変わっていない。しかし雛鶴にとってはそうもいかないだろう。この状況は雛鶴にとっては全てが異常だった。凛が目の前にいることも。「常に無表情」だったはずの凛が愉しそうに笑っていることも。全てが雛鶴を、そして俺を混乱させていた。

「天元様、柱になれましたか?」
「…残念ながら、まだだな」
「そうなんですね。私、鬼殺隊のことは結構知ってるんですよ。沢山相手をしましたから」

その言葉に息を飲む。凛は目に確かに上弦陸と刻まれている。一体どれだけの人間を殺せばその目を手に入れることが出来るのか俺は知らない。だが、凛の口から「柱」という言葉が出て、沢山相手にしたと言うことはつまり──

「天元様」

凛は俺の名前を優しく呼んで、自分の頚を指差す。

「上弦の鬼の頚です。天元様に獲れますかね?」

そう言うと凛は一瞬にしてその場から姿を消す。目では追えない!辺りに響く小さな音を手がかりに刀を構えると凛の一撃がその刀に吸い込まれた。

「あは、良い反応ですね」

凛は本当に嬉しそうに微笑む。相手は凛であって、上弦の陸の鬼なんだ。やるしかない。だというのに、俺の心に染み付いた「思い出」はどうしても俺の一撃を鈍らせるのだった。


***


凛は上弦の陸の鬼という割にはあまり強さを感じなかった。それもそのはずだ。凛は「血鬼術」を一切使ってこない。純粋に昔のままの忍の強さとして俺に迫ってきていた。だから、攻撃を防ぎ弾くことは容易に出来たがどうしても凛に斬り込めない。どうしたら、命の恩人である凛を。ずっと生きていてほしかったと思っていた相手に斬りかかれるというのか。

「うーん」

声を上げたのは凛だった。

「天元様。天元様の優しさは強さです」
「何…?」
「どうか、忘れないで」

そう言って凛はまたしても姿を消した。音もどんどん聞こえ辛くなっている。凛がこの場での戦い方を理解してきたのだろう。そして、凛の攻撃の矛先は俺ではなく──

「雛鶴!!」

凛は雛鶴に攻撃を仕掛けていた。明らかに強い殺気を放って雛鶴に一撃を振り下ろそうとしている。雛鶴は反応しているが、間に合わないだろう。俺は刀を握り直して一気に凛と雛鶴の間へと駆け抜けた。

「音の呼吸 肆の型 響斬無間 ──!」

雛鶴を守る。それだけを頭に型を繰り出すと今までは躱されていた攻撃に、確かに手応えを感じた。凛の体が宙に浮き、地面に落ちていく。俺は逃さずに仰向けになった凛に跨がってその頚のすぐ横に刀を突きつけた。少し腕を動かせば凛の頚は簡単に落ちるだろう。雛鶴に向けた殺気は本物だった。ここで凛を逃せばこれからも多くの人が死ぬことになる。鬼殺隊として、それは見逃せることではない。

「………」

それでも、俺には凛がどうしても斬れなかった。刀を握る手がカタカタと震える。俺が、俺が凛を殺す?凛の頚を斬る?誰よりも生きていてほしいと。もう一度会いたいと願っていた凛を。俺の手で今度こそ二度と会えなくするというのか?

「天元様」

凛が俺の名前を優しく呼ぶ。本当に、昔と同じように微笑んで。凛はさっきと同じように自分の頚を指差す。

「天元様、上弦の鬼の頚です」

優しく紡がれた言葉に、俺は最悪の考えが過った。

「……お前、まさか…」
「上弦の鬼の頚を斬って、天元様は柱になるんです」

凛の言葉に、優しすぎる笑顔に目を見開く。凛は知っていたんだ。鬼殺隊の柱になるためには「多くの鬼を討伐する」か「上弦の鬼を討伐する」ことが条件だと。じゃあなんだ、お前は、お前はまさか、

「俺を………柱に、するために……?」

嘘だと。そんなわけがないと。俺の過った考えが間違っていると言ってくれと願いながらも口にすれば、凛はやっぱり優しく微笑むんだ。

「天元様。私、上手くできましたか?」






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