本当のお前は?


俺達は里を無事に抜けることが出来た。父も弟も、誰一人として俺達を追いかけてくることはなかった。そう。誰一人として。振り返ることは許されない。俺たちを里から逃すために命を賭してくれた恩人のためにも俺達は生きるしかなかった。
凛が俺に最後に教えてくれた「鬼殺隊」という連中には深夜に移動している際に出会うことが出来て、俺達は出会った隊士の善意によってこの鬼殺隊の頭である「お館様」を紹介してもらった。お館様は俺の生い立ちを聞くと「つらいね、天元。君の選んだ道は」と俺の境遇や考えに寄り添ってくれて、俺の過去を知った上で嫁三人と共に鬼殺隊に快く迎え入れてくれたのだった。

元々忍として過酷な修行を乗り越えた俺は鬼殺隊士としてもすぐに成果を上げることが出来た。あんなにも辛かった修行が生きてくるとは皮肉なもんだ。だけど、俺はこの組織で居場所を作らなければならない。大事な嫁三人と、俺の幸せを願ってくれたあいつのために。


「え?」

俺も嫁達も故郷の話はいつしかしなくなっていた。思い出しても辛いことが多く、良い思い出も今となっては苦い思い出に変わってしまっているからだ。ただ、今日だけは。二十歳になった今日だけはあいつのことを強く思い出してしまった。いつか、酒を飲み明かしたいと話していた凛。そういえば凛が何歳なのかも俺は知らなかった。俺よりも歳上で、いつも笑っていた凛。そんな凛の話題を俺は初めて雛鶴に振ると雛鶴は目を丸くして首を傾げた。

「どうした?」
「いえ…その、天元様のお話されてるのは救護係だった凛様のことですか?」
「ああ、そうだ」

凛様、と。実力のあった凛は雛鶴よりも上の立場だったのかと少し笑ってしまう。俺の前では笑ったり人を揶揄ったりしていた凛がそんな風に呼ばれていたなんてな。

「………」
「雛鶴?」

どうした、と尋ねると雛鶴は何度か悩んだように瞬きをした後、俺の目を真っ直ぐと見て口を開いた。

「私の知る凛様は、笑っているお姿なんて晒したことがありませんでした」
「は?」
「いえ、私だけではありません。天元様の父様や弟様、他の忍とも連絡事項を交わしている時も常に無表情で…私は彼女が怖かったです」

雛鶴は一体誰の話をしているのだろうか。凛とは同じ名前なだけでそれはきっと別人だろう。だってあいつは大体いつも笑っていて、優しくて、一緒にいるとこっちまで楽しくなってしまうような奴で…

「天元様。天元様は何故私達三人が天元様の嫁に選ばれたかご存知ですか?」
「それはお前達が優秀な忍だったからで…そんな決め方は関係ねえ。今となっては三人とも愛してる」

俺の言葉に雛鶴は少しだけ驚いた顔をした後、恥ずかしそうに眉を下げる。確かに雛鶴達は父に「用意された」嫁だ。だけど、経緯なんて関係ない。俺は今、三人の嫁を誰よりも大切に想っている。

「…ありがとうございます。ですが、私達を選んだのは天元様の父様ではありません。凛様の推薦です」
「…は?」

それは寝耳に水だった。俺は昔、凛に嫁になってほしいと想いを告げて断られた。幸せにしたい奴がいると。好きな相手がいると凛が言ったからだ。雛鶴の話の通りならあの時にはもう雛鶴達を選んでいたのかもしれないな。俺の想いは全く凛には届いていなかったのだと今更ながらに痛感させられる。

「私達よりも優秀な忍はいました。それこそ、凛様はとても優秀で。それなのに選ばれたのは私達三人だったんです」
「…雛鶴、それは」

何故だ。と問えば雛鶴は悲しそうな表情を浮かべる。

「私達三人が…宇髄家のやり方をよく思っていなかったからと、凛様は教えてくださいました」



「わ、私達が宇髄家のご長男の嫁に…ですか…!?」

それを伝えに来たのは宇髄家長男の天元様の救護係である凛様だ。近くにいるだけでも恐ろしい。彼女の冷たい目が私はとても苦手だった。

「決定事項です。天元様の嫁として最善を尽くしなさい」

淡々と、表情も声色も変えずに凛様が私達に伝える。まきをは言葉を失って絶句しているし、須磨はむむむ、無理ですよぉ…と小声で漏らしながら泣きべそをかいている。その気持ちは痛いほど分かる。何故、私達なのだろう。それこそ凛様が適任であるのには間違いがなかったはずなのに。

「…凛様。私は凛様が宇髄天元様の嫁になられると思っていました」

こんな言葉を投げても無視をされるだろう。凛様は無駄なことは言葉にしない人だったから。だけど、言葉を投げるだけなら自由だ。

「私では駄目です」
「え?」
「私ではあの方を幸せに導けません」

まさか返事が返ってくるなんて思ってもおらず、そしてそんな言葉を吐くとは思ってもいなかったため私達三人は何も言い返せずに言葉を失ってしまった。幸せに?この家の未来に幸せなんてあるのだろうか?いや、ない。それだけは断言出来る。この家に囚われる限り、宇髄天元様にも私達にも「幸せ」なんて訪れないと。

「貴女達三人は私が推薦しました」
「え、…ど、どうしてですか…?」

くるり、と。凛様は踵を返してしまう。これ以上語ることはないということだろうか。どうやってこんな家で幸せに導くのかと、そればかりが頭をぐるぐると回っていると凛様は背中を向けたまま私達に言った。

「貴女達三人はこの家のやり方をよく思っていなかったから」

気のせいだったかもしれない。表情は全く見えない。だから、先程までと同じ無表情のまま言葉を発した可能性のほうが大きい。
だけど、何故かその最後の言葉が私にはとても優しい声で呟かれたように聞こえた。



雛鶴からの思いもよらない告白に考えがまとまらない。それは、なんだ。凛はつまり、いつからかは分からないが俺をあの家から逃がそうと考えていたんだ。その時自分が囮になることもとっくに決めていて。嫁達は俺が里を抜ける時に異議を申し立てない三人を選んで。

「……馬鹿野郎が…っ」

なあ凛。お前、何を考えていたんだよ。俺の前で楽しそうに微笑む凛と、雛鶴達の前で無表情に振る舞う凛。どっちが本当のお前なんだ?お前は何を思って俺を逃した?何故、俺の幸せをそんなにも願ったんだ?

「カアァア!伝令!今夜西ノ雑木林ニ到着セヨ!」

空気を読まずに鎹鴉が任務を伝えにくる。俺は混乱しきった頭を覚ますために両頬をバチンッ!と叩いて首を左右に振った。考えるのは任務を終えてからだ。連日の任務でまきをと須磨はまだ眠っている。動けるのは俺と雛鶴だけだろう。

「行くぞ、雛鶴」
「はい。天元様」

そうして俺達は伝令を受けた西の雑木林へと駆けた。多くの鬼を斬って、少しでも人の助けに。そしてお館様の力になる。柱になってしまえば嫁達にも良い屋敷暮らしをさせてやれるかもしれない。今はただ、必死に任務をこなすしかなかった。


雑木林で見つけた鬼は、目に「上弦 陸」と刻まれていた。上弦の鬼に遭遇するのは初めてのことだったが、そんなことはどうでも良かった。俺も雛鶴も全く現実が受け入れられない。だって、俺達はあの鬼を確かに知っているから──


「あは、天元様。雛鶴。お久し振りですね」


上弦の鬼──凛はあの日最後に別れたままの姿で俺達に微笑みかけるのだった。






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