選んだ道


俺に出来た嫁は三人とも美しく優秀で健気だった。皆、「天元様」と俺を慕ってくれる。心の底から愛おしいと思うし可愛らしいと思う。そして、俺はそんな嫁達を命に代えても守ると誓ったんだ。

「天元様」

一番聞き慣れたその声にすぐに振り返ると凛が笑顔で立っている。そうか。今日はこの覆面を付けての修行だと聞いている。俺は凛から覆面を受け取ると、凛は困ったように目を伏せた。

「やっぱり、救護係は雛鶴に託したほうが良くないですか?」

雛鶴は俺の嫁の一人だ。俺の嫁は三人とも優秀だが雛鶴は頭一つ抜き出ている。その雛鶴が救護係を務めると言うのなら何も不安はないだろう。だが、不満はある。

「確かに雛鶴は俺の嫁で信頼もしている。だが、凛。お前が俺の救護係だろ」
「それはそうですけど…」
「お前がいたから俺は生きてこられたんだ。今更俺の救護係を降りるなんてのはナシだぜ?」

俺がそう言うと凛は困ったように眉を下げて笑い、いつものように「お気をつけて」と俺を送り出してくれた。凛は嫁とは違う大切な存在なんだ。四人とも纏めて俺が守り抜いてやる。そのためにはまずは俺が生き残らなければならない。

俺は覆面を付けて、襲ってくる敵と必死に攻防を繰り広げた。今までのどの相手よりも強い敵を一人。そして二人目を手にかけた時、吐き気がするような違和感を覚えた。

──あまりにも、自分と動きが似ている。

それはまるで、今日この日まで自分と同じ修行を受けてきた者の動きだった。俺は覆面を外して、殺した相手の覆面もすぐに解くとそこには殆ど喋ったことはなかったけれど、間違いなく自分とあの過酷な修行を生き抜いた兄弟の姿だった。

「………そういう、ことかよ…」

父は、俺達兄弟を全員殺し合わせる気なんだ。そして最後に残った一人を後見人にすると…。そんなことを考えていると断末魔が響き渡る。覆面で聴覚も遮られていたが、今の俺の耳には聞きたくなくてもその声は届いてしまう。声がした方へ向かうとそこには父の生き写しになってしまったような弟が小太刀を真っ赤な血で染めて兄弟だったものを無表情に見下ろしていた。

(……欠陥品…)

それは果たして、俺と弟のどちらのことを指すのだろう。俺は、ああなりたくないと思った。心のまま感情を曝け出したいと。いつも俺に笑いかけてくれたあいつのように生きたいと思った。心や命を消耗するだけの生き方にはもう、うんざりだったのだ。


俺が覆面を取ったことを父が悟り、覆面を取らない弟にそれでは対等ではないと今日の修行は打ち切られ生き残った俺と弟の決着は明日の朝一番で行われることになり、今日は各自体を休めるようにと部屋へ帰された。そして俺は決めた。凛と嫁を連れて抜け忍になろうと。俺は父や弟のような忍になんてなりたくない。俺はお前みたいに生きたいんだ。

「そうですか」

だから俺は誰よりも先に凛に今夜里を抜けると告げた。凛も一緒に行こうと手を差し伸べると凛はいつかのように首を横に振った。

「凛、こんなとこにいたらお前までおかしくなっちまう。俺達と一緒に…」
「天元様。鬼殺隊という組織をご存知ですか?」

凛は俺の話を遮って聞いたこともない組織の名を口にする。知らねえ、と言えば凛は鬼殺隊について詳しく話し続ける。
この世の中にはあまり認知されていないが人を食う鬼が存在する。それを滅する組織を鬼殺隊と呼ぶのだと。

「この組織はそれまでの行いや身分を問いません。里を抜けたらこの組織に厄介になるのが理想です」

確かに俺達には何のアテもないため、里を抜けたらそれまでの身分等を問わない鬼殺隊という組織に身を寄せるのは最適だと思われる。だが、何故。

「ああ、分かった。でもお前を置いていくつもりはねえ」

餓鬼の頃から俺の側にいてくれた凛。嫁三人と同じように凛もまた俺の大切な存在だった。俺が逃げてしまい、凛がこの家に残っていては何をされるか分かったものじゃない。だから俺は。

「無理矢理にでも連れていく」

俺の言葉に凛はとても嬉しそうに笑う。それが俺にはとても寂しげに見えて…

「あは、天元様は本当に人間らしくなりましたね」
「お前のおかげだ」
「いえいえ、天元様は元々…いえ。雛鶴とまきをと須磨をよろしくお願いします。三人ともとても良い子なので」
「凛!どうしてお前はそこまで──!」
「囮は私が引き受けます」

その言葉に俺は息を飲んだ。俺は今夜、嫁と凛を連れてこの里を抜けるつもりだった。だがよく考えればそれを父は許すのだろうか?今も見張っていて、もし俺が逃げ出そうものなら嫁諸共俺を始末してもおかしくはない。そして凛はそうなることが分かっていたんだ。

「天元様」

凛が優しく俺の名前を呼ぶ。

「大丈夫ですよ、私は強いので!」
「凛…俺は……っ」
「囮になるご褒美に私のお願いを聞いてくれませんか?」

凛は今まで俺に何かを強請ることなど一度もなかった。いつも強請っていたのは俺の方で。そんな凛が俺にお願いをしようというのだ。叶えてやりたい。凛が願うことなら何でも……

「三人を連れて里を出て、幸せになってください」

その言葉に血が滴るほど拳を握り締める。ここで凛を置いていけば、凛は死ぬだろう。強いと言っても今の凛は俺よりも弱いはずだ。そして凛が迎え撃つのは父と弟の二人で生き残るほうが難しい。しかし凛を置いて行かなければ父の目は欺けず嫁諸共俺も凛も死ぬ可能性がある。選ぶべき道、そして優先するべき命も決まっていた。

「凛………」
「はい」
「……約束、絶対に果たすとお前に誓おう。……今まで、ありがとう…」

震える声でそう言うと凛は満足そうに微笑んでくれる。

「こちらこそ。まるで夢のようなひとときでした」

そう言って凛は俺の目の前から姿を消した。急がなければ。凛が文字通り命を賭して時間を稼いでくれているのだ。俺達は死んでもここから逃げ出さなければならない!

「雛鶴!まきを!須磨!ついてこい!」

何も説明をする時間がなかったと言うのに、三人は俺の様子を見るとすぐに俺についてきてくれた。そんな三人の嫁を俺は絶対に守らなければならない。そうしなければ、凛の命も無駄になってしまう。

「天元様…?」

雛鶴の声に振り返ることもなく走り続ける。振り返ることなんて出来るわけがなかった。枯れ果てていたと思っていた涙がこんなにも溢れるなんて自分でも驚いていたのだから。






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